Tag Archives: 法廷闘争

【福島原発かながわ訴訟】「もっと注意喚起してくれたら…」「子どもたちを被曝させてしまったかもしれない」女性原告が意見陳述~横浜地裁で第2陣の第3回口頭弁論 via 民の声新聞

2011年3月の福島第一原発事故で福島県から神奈川県に避難した人々が、事故の原因と責任の所在を明らかにし完全賠償を求めて起こした「福島原発かながわ訴訟」。2021年9月3日に提訴した第2陣(5世帯16人)の第3回口頭弁論が12日午前、横浜地裁101号法廷(高取真理子裁判長)で行われた。幼い息子とともに福島県福島市から避難した50代女性が意見陳述。国や自治体からの注意喚起がほとんどなく「子どもたちに被曝をさせてしまったかもしれない。申し訳なさを持ち続けています」などと述べた。次回期日は4月20日14時。原告の意見陳述が予定されている。 【初期被曝への後悔】 「家族それぞれ、充実した毎日を送っていましたが、その生活は原発事故で一変してしまいました」 女性は生まれ育った福島市で、夫と高校生の娘、幼稚園に通う息子と4人暮らし。娘は高校のダンス部に所属し、息子は幼稚園に隣接する山で伸び伸びと遊んでいた。女性はいずれ店を引き継ぐことを視野に入れながら、実家の美容室で働いていた。2011年3月の震災・原発事故が起きるまでは…。そこに降り注いだのが、大量の放射性物質だった。 「放射線に関する知識はなかったので何をしたら危険なのかが分からず、事故後の行動について後悔することとなりました」 被曝リスクに関する情報は乏しく、福島県も福島市も注意喚起をするどころか〝安全〟を強調するばかり。女性は当時の行動で子どもたちに無用な被曝をさせてしまったのではないかと悔やんでいるという。 「事故後も幼稚園に通常通り通園していました。しかし、4月に入ってから、幼稚園も、幼稚園の隣の山も線量が高いことが分かり、山の中は立入禁止となりました。山は竹林なので除染もできないということでした。また、娘の通っていた高校も周囲の施設も、線量が高いことが分かりました」 生活用水を汲んでいた場所はホットスポットだった。放射性物質を室内に入れないため換気扇を回さない、洗濯物を汚染させないよう外干ししない、など被曝リスクを避けるための情報が届いたときには、既に初期被曝をしてしまっていた。福島第一原発で爆発事故が起きた直後になぜ、注意喚起をしてくれなかったのか。「特に子どもたちには、事故直後に危険なことをさせてしまったと、今でも申し訳なさと不安な気持ちでいっぱいです」。 夏でも長袖にマスクをして生活するような場所に住み続けていいのだろうか、という想いが日増しに強くなった。そして原発事故発生から半年後の2011年9月、女性は決断した。 【「誰にも相談できなかった」】  女性は幼い息子を連れて福島市を離れた。娘は受験を控えていることもあり、2人だけで関東に向かった。「しかし、母と息子2人だけでの避難生活は本当に辛いものでした」。 内気な息子は、知らない土地での新しい生活になじめず、精神的に不安定な日々が続いた。進学した小学校で〝避難者いじめ〟に遭わなかったのはせめてもの救いだった。 女性も、徐々に不安定になった。 「頼れる人が1人もいない、息子を守れるのは私1人。張り詰めた気持ちでいるうちに、涙が止まらないなど不安定な日々が続きました。福島県外に避難したことで、実家の美容室を継ぐことも叶わなくなってしまいましたし、父が亡くなった際には最後のお別れもできませんでした」 娘は進学先の大学で「放射能が移る」、「近寄るな」などの心ない言葉を浴びたことがあったという。なぜ、こんな想いをさせられなければならないのか。 […] 【「区域外避難者への賠償低すぎ」】 法廷では、山﨑健一弁護士も「原発事故により原告らが被った精神的損害」について意見陳述した。 「原子力損害賠償審査会(原賠審)の中間指針等においては、政府による避難指示等対象区域内からの避難者に対しては、原則として1人当たり月額10万円、区域外からの避難者に対しては、子ども及び妊婦について1人当たり40万円、その他の者は1人8万円を目安として賠償基準を提示している。しかし、そもそも、政府による避難指示等は科学的な根拠に基づくものではなく、避難による社会的混乱等を考慮した政策的な判断に過ぎなかったのであり、その対象区域によって賠償に水準に大きな格差を認めることに合理性は認められない。とりわけ、対象区域外からの避難者に対する賠償額は、その被害実態に照らして余りに低額に過ぎ、著しく不合理というほかない」 昨年12月に公表された原賠審の「第五次追補」については「約9年振りの指針の見直しであり、本件原発事故の被害救済の必要性からすれば、遅きに失したものと言わざるを得ないが、同種集団訴訟で認められた『避難を余儀なくされた慰謝料』、『ふるさと喪失・変容慰謝料』等を新たに中間指針等に取り込むものであり、被害の救済範囲を拡げた点において大きな前進」と評価。一方で問題点も指摘した。 「目安として定められた賠償額は、本件原発による被害の深刻さに照らせばいまだ不十分。また、政府による避難指示等対象区域間において不当に大きな賠償格差が残されたままであることも問題。特に、自主的避難等対象区域に関する賠償額については、現時点で十分な判決例の集積がないこともあってか今回の見直しではほとんど踏み込んだ検討がされておらず、今後の大きな課題だ」 そのうえで、裁判所には次のように求めた。 「中間指針等には多くの課題が残されており、その適正な見直しがなされるためにも、本件原発事故の深刻な被害について個別具体的に検討した上での適正な司法判断が必要」 「本件訴訟においても、個別具体的な事情を踏まえて原告らの被害実態に見合った適正な賠償額を評価する必要がある。他方で『第五次追補』で示された対象区域には該当しない各原告に対しても、居住区域だけを理由に各賠償の対象とならないとすることは許されず、やはり個別具体的な事情を十分に考慮して被害実態に見合った適正な賠償を認めるべき」 全文

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【原発避難者から住まいを奪うな】裁判官忌避申立も国際人権法もぜーんぶ無視して「国家公務員宿舎から出て行け」 怒号飛ぶ法廷で福島地裁が2世帯に判決言い渡し via 民の声新聞

2023/01/14 11:50 福島県が2020年3月、区域外避難者4世帯を相手取り国家公務員宿舎「東雲住宅」(東京都江東区)の明け渡しと未納家賃の支払いを求めて提訴した問題で、福島地裁の小川理佳裁判長は13日午前、審理が併合された2世帯に対し、福島県の主張を全面的に認める判決を言い渡した。小川裁判長を巡っては、避難者側が「訴訟指揮が不公平」などとして忌避申立。最高裁の結論が出ていないにもかかわらず判決言い渡しを強行した。判決内容も「避難者側が主張した国際人権法や知事の裁量権逸脱などをまったく検討していない」(柳原敏夫弁護士)。避難者側は仙台高裁に控訴する意向を示した。 福島県の主張を全面採用】 小川裁判長は小さな声で判決文を言い渡した。早口でメモもままならない。途中、傍聴席から「声が小さくて聞こえない」と声が飛んだが、小川裁判長は気にも留めずに主文を読み続けた。 退去済みの避難者には未払い家賃(131万8647円)の支払いを、退去できていない避難者には明け渡しと未払い家賃(147万5268円)と明け渡しまでの家賃(月額6万4863円)の支払いを命じる判決。傍聴席が騒然とするなか、小川裁判長は逃げるように法廷を後にした。その間、わずか40秒だった。 […] 「一時使用許可の期間が満了した場合において、社会権規約によって、期間経過後も本件各建物での居住を継続する具体的権利が保障されるものではない」などとして、避難者たちの居住権を否定した。 だとすれば、国内避難民の人権に関する国連特別報告者セシリア・ヒメネス・ダマリーさんはなぜ、訪日調査後の「予備的所見」(6月に最終報告書が提出される予定)で、次のように指摘しているのだろうか。 「援助や支援を受けるという点での『強制避難者』と『自主避難者』という分類は、実際にはやめるべき。人道的な保護と支援は権利とニーズに基づくべきであり、国際人権法に根拠のない地位に基づく分類に基づいて行われるべきではない」 「ある種の公営住宅に今も居住しているIDPs(国内避難民)は、現在、彼ら/彼女らを相手取って提訴された立ち退き訴訟に直面している。IDPsがどこにいようとも、政府は、特に脆弱な状態にあるIDPsに対して住宅支援の提供を再開すべきであると勧告する」 避難者の代理人を務める柳原敏夫弁護士は閉廷後「一番大事な『国際人権法』と『裁量権の逸脱・濫用』に触れた部分は1ページほど。ここに裁判所の姿勢が端的に現われている。私たちはこの点こそ、きちんと審理して十分に説明して欲しかった。5秒もあれば書ける判決だ」と批判した。 […] 全文

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【子ども脱被ばく裁判】「判断権者の尋問欠かせないのに…」仙台高裁が福島県知事ら5人への証人尋問申請を全却下 「必要性ない」と裁判長~控訴審第5回口頭弁論via民の声新聞

2022/11/15 19:30 原発事故後の福島県内の被曝リスクや行政の怠慢を正面から問う「子ども脱被ばく裁判」の控訴審。第5回口頭弁論が14日午後、仙台高裁101号法廷(石栗正子裁判長)で行われ、石栗裁判長は控訴人(一審原告)から出されていた5人への証人尋問申請をすべて却下した。高裁は福島県の内堀雅雄知事など判断権者の話を聴かないまま、SPEEDI情報隠蔽や学校再開についての「年20mSv基準」など、国や福島県の原発事故対応について判断する。次回期日は3月27日15時。2月1日には、審理が分離され結審した行政訴訟(子ども人権裁判)についての判決が言い渡される。 【「立証趣旨は理解しているが…」】 石栗裁判長が全員却下を伝えると、「ええええええ」と傍聴席がどよめいた。 5人全員とはいかないまでも、何人かの尋問は実現するだろう。誰もがそう考えていた。開廷前の事前集会でも、井戸謙一弁護士(弁護団長)は「何人かの採用はあるはず」と話していた。しかし、石栗裁判長は言葉遣いこそていねいだったが、控訴人側からの申請を一切認めなかった。 「結論を申し上げます。立証趣旨としてお書きになっているところについては裁判所としては理解しておりますけれども、この5人の方の証拠調べ(証人尋問)が必要であるというふうには考えておりませんので、いずれも採用しないことと致します」 すぐに井戸弁護士が立ちあがった。 「裁判所が必要ないという考えなのであれば、前回わざわざ審理を分離しなくても良かったのではないか。分離してわざわざ今日の期日を設けていただいたということは、何人になるかは分からないけれども、採用していただけるというお考えなのだろうと期待していた。前回期日から今日までに考えが変わられたのか?」 石栗裁判長は「そういうことではありません」と否定した。 「前回期日も、行政事件については十分ご主張が整っているとは思わなかったが、時間的にあの時点で審理を終結しなければ年度内に判決を言い渡すことが難しい状況だったので分離した…あの時点で証拠調べについて何らかの考えを持っていて、それが変わったということはございません」 古川健三弁護士も納得がいかないという様子で立ち上がった。 「すいません、もう一度不採用の理由を説明していただけないでしょうか」 しかし、石栗裁判長は同じ言葉を繰り返すばかりだった。 「控訴人らの立証趣旨について、お書きになっているところは理解しておりますが、立証趣旨との関係で、この方々の人証調べが必要であるというふうには考えていないということです」 古川弁護士は「私どもとしては少なくとも福島県の内堀氏か荒竹氏かは採用していただけると考えていたので非常に残念」と述べたが、裁判所の判断が覆るはずもなかった。 […]  ※弁論の併合と分離について 「子ども脱被ばく裁判」はこれまで、「行政訴訟」(通称・子ども人権裁判)と「国家賠償請求訴訟」(通称・親子裁判)の2つの訴訟を併合し、同時進行で進められてきた。 「行政訴訟」は、福島県内の公立の小・中学生である子どもたち(原告)が、福島県内の市や町(被告)に対し、被曝という点において安全な環境の施設で教育を実施するよう求めた。 「国家賠償請求訴訟」は、3・11当時、福島県内に居住していた親子が原告。国と福島県(被告)の『5つの不合理な施策』(①SPEEDIやモニタリング結果など必要な情報を隠蔽した②安定ヨウ素剤を子どもたちに服用させなかった③それまでの一般公衆の被曝限度の20倍である年20mSv基準で学校を再開した④事故当初は子どもたちを集団避難させるべきだったのに、させなかった⑤山下俊一氏などを使って嘘の安全宣伝をした)によって子どもたちに無用な被曝をさせ、精神的苦痛を与えられたとして、損害賠償(1人10万円)を求めている。 しかし、行政訴訟は子どもたちが中学校を卒業してしまうと原告資格を失うため徐々に原告が減り、来年3月にはついに原告がゼロになる事態を迎える。そこで、控訴人(一審原告)側は仙台高裁に弁論の分離を申請。石栗裁判長は前回9月の期日で分離を認めたうえで行政訴訟を結審。判決を2月1日に言い渡すとことを決めた。一方の「国家賠償請求訴訟」は審理が継続しており、今回の人証申請は「国家賠償請求訴訟」に関するものだった。 2つの訴訟の違いや争点などについては2021年2月20日号で詳報している。 原文

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甲状腺がん裁判で20代女性が追加提訴へ via OurPlanet-TV

福島原発事故後に甲状腺がんになった男女6人が東京電力を訴えている裁判で、原告側の弁護団は2日、女性一人が新たに追加提訴すると明らかにした。女性は中通り出身で、現在は首都圏に住む20代。同裁判の第2回口頭弁論が行われる9月7日に提訴する。 原発事故当時小学校6年生だったという女性は、1年前の2021年夏に甲状腺がんの半分を摘出する手術を受けた。会見に臨んだ女性は、手術後、「殻に閉じこもる生活」をしていたところ、父親から裁判のことを聞かされ、「自分以外にも苦しい思いをしている人たちがいるんだ」と、提訴を決意したという。 女性のがんが見つかったのは、福島県が実施している甲状腺検査の4回目検査。過去3回の検査では、毎回「あなたは健康です。何も心配ありません」と言われたため、「安心しきっていた分、ショックだった」という。2年ごとに検査を受けているにもかかわらず、腫瘍はすでに1センチを超えており、医師には「手術を後回しにすれば再発や転移のなどの確率はあがる」と説明を受けた。 「病気になってしまたのは仕方がないとあきらめたくはありません。どんな結果になろうとも、原告として、最後まで覚悟を持って、この裁判に挑みます」と力を込めた。 「311子ども甲状腺がん裁判」の原告はこれで男性2人、女性5人のあわせて7人となる。同裁判の第2回口頭弁論期日は9月7日の14時から、東京地裁の806号法廷で開かれる。 ビデオを見る

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原発避難者訴訟 国の責任は否定されたが…最高裁判決文に異例の反対意見 三浦守裁判官が痛烈批判 via 東京新聞

 東京電力福島第一原発事故の福島県内外の住民らが国と東電に損害賠償を求めた4訴訟の最高裁判決。国の責任は否定されたが、1人の裁判官は他3人の多数意見の判決を痛烈に批判し、国が東電に規制権限を行使しなかったのは「国家賠償法1条1項の適用上違法だ」とする反対意見を書いた。原告らはこの反対意見を「第2判決」と呼び、後続の第2陣や全国各地の同様の訴訟で、最高裁で勝つまで闘い続ける覚悟を固めている。(片山夏子) […] 判決文の実質的な判断が書かれた部分が4ページなのに比べると、反対意見の内容は多岐にわたり、判断も詳細な理由が述べられている。「多数意見は国や東電の責任を問う裁判で、最大争点である津波の予見可能性や長期評価の信頼性への明確な評価を避けるなど、触れていない重要なことが多い」  一方で、三浦裁判官は長期評価も予見可能性も認めた上で「想定された津波で敷地が浸水すれば、本件事故と同様の事故が発生する恐れがあることは明らかだった」とし、遅くとも長期評価公表から1年後の2003年7月頃までには、国が東電に何らかの対策を取らせるべきだったとした。  また判決の多数意見は、予想された津波以上の津波が敷地を襲っており、対策も防潮堤以外は一般的でなかったとし、「仮に津波対策が取られていたとしても、事故が発生した可能性が相当ある」と判断。国が東電に対策を義務づけなくても、原発事故の発生に因果関係はないと結論づけた。 ◆多重的な防護対策「検討すべきだった」  これに対し、三浦裁判官は津波が予想された方角以外からも遡上そじょうする可能性の想定をするのは「むしろ当然」とし、津波の大きさも相応の幅を持って考えるべきだと言及。津波の侵入口や経路をふさぐ水密化も国内外で当時実績があり、それら多重的な防護対策を「万が一にも深刻な災害が起こらないようにする法令の趣旨に照らし、検討すべきだった」とした。  さらに三浦裁判官は、原発の技術基準は電力会社の事業活動を制約し、経済活動に影響する一方で、原発事故が起きれば多くの人の生命や、身体や生活基盤に重大な被害を及ぼすと言及。「生存を基礎とする人格権は憲法が保障する最も重要な価値」とした上で、「経済的利益などの事情を理由とし、必要な措置を講じないことは正当化されるものではない」と断じた。馬奈木弁護士はこう解説する。「つまり原発稼働による経済活動を優先し、人の生命や身体を脅かすことは許されないということ。これはまさに原告側が訴えてきたこと。もっとも注目されるべき点ではないか」  国の規制権限は「原発事故が万が一にも起こらないようにするために行使されるもの」という三浦裁判官の反対意見は、1992年の四国電力伊方原発を巡る最高裁判決が説いた内容を受けたもの。馬奈木弁護士は言う。「重要な争点にも触れないなど判断を避けた部分が多く、今回の最高裁判決は、後続裁判が縛られるものではない。この第2判決の意見が多数派になり、再び最高裁まで勝ち上がって勝訴するまで闘う」 ◆「希望持てる」続く裁判に光  三浦裁判官の反対意見をよりどころに今後も国の責任を追及していくとしても、やはり17日の最高裁判決の衝撃は、原告団にとって大きかった。  「こんな判決認めねぇぞー。許せねー、許せねー」17日午後、最高裁正門前で福島訴訟の服部崇事務局次長(51)は声を振り絞って叫び、泣き崩れた。東電の3幹部を訴えた刑事訴訟も含め、国や東電の責任を問う全国各地の約30の被災者訴訟で、弁護団が連携して積み上げてきた十分な証拠があり、勝訴だと信じてきたから「パニック状態だった」と振り返る。  翌日の原告団らの判決検討会には、服部さん含め原告団幹部が顔を出さなかった。服部さんも抜け殻のようになり、福島で判決を待つ原告仲間にもどう言っていいのか分からず、福島にも帰れなかった。心配して電話をかけてきた馬奈木弁護士に「泣いてばかりいたら、これで終わってしまうぞ」と言われ、気力を振り絞った。南雲芳夫弁護士にも「判決文を読め、希望が持てるぞ」と言われ、福島に戻り判決文を読んだ。  「三浦裁判官の反対意見は俺たちが求めていた判決だった。俺は自分のためじゃなく、原発事故の被害にあった福島県民全体のために頑張ってきた。闘いの第1章は終わったけど、これから第2章だ」。闘う力が体内から湧き上がってくるのを服部さんは感じた。 ◆二度と原発事故が起きない社会を […]  2016年以降に福島地裁に提訴した「福島訴訟」第2陣の原告は、1200人を超える。判決直後の週末に行われた弁護士による原告募集説明会には、54人が参加。その場で原告に加わった人のほか、「国の責任を認めない最高裁判決はおかしいと思って参加した」という人もいた。7月も現時点で、県内各地で14回の説明会が予定され、弁護団は「原告を第1陣、第2陣合わせて早い段階で1万人としたい」と意気込む。 福島訴訟は、各地域で共通する最低限の被害を立証し、原告以外の同じ地域にいる住民も同等の賠償が得られるように考えており、原発事故の被害者全体の救済を目指す。「放射性物質が飛び散った福島県民は全員、被害を受けた近隣の県の人たちも原告になれる」と弁護団は説明する。  判決後、福島訴訟の原告団が東電や経済産業省、原子力規制委員会、福島県議会の各党を回り、被害者の早期救済や賠償基準を定めた中間指針の見直しを求める行動には、第2陣提訴がなく今回の最高裁判決で敗訴が確定した「群馬訴訟」代表の丹治杉江さん(65)や、「千葉訴訟」共同代表の瀬尾誠さん(69)も参加した。 丹治さんは福島市内で開かれた記者会見で「後続の裁判を支えるなど、いろいろな形で不正をただしていきたい。未来を担う子どもたちのためにも、この悔しさをエネルギーに闘っていきたい」と話した。  「あれだけの原発事故を起こしながら、国にも東電にも過失責任がないとされ、対策を取ったとしても事故は防げなかったと多数意見はした。対策を取っても防げないのならば、深刻な被害を出す原発事故を防ぐには、原発の稼働を止めるしかないということになる。社会としてそれでも原発を稼働するのかが問われている」と馬奈木弁護士。  もともと最高裁判決が出ても終わりではなく、原告団は解散しないことは決まっていたと明かした中島孝原告団長(66)はこう語る。「このままでは原発事故の責任を誰も取らず、あの事故の教訓も何も学ばないまま。原発事故はまた起きる。二度と原発事故が起きない社会を次世代に引き継ぐまで闘い続ける決意は変わらない」  デスクメモ 国も東電も悪くない。悪いのは想定外の津波を起こした「自然」だと最高裁判決。あまりと言えばあまりな理屈だが、逆説的に原発推進側にとっても痛いはずだ。いくら防護をしても自然には無力で事故は防げない、と認定されたのだから。これでどうやって再稼働をするというのか。(歩) 全文

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「若者が希望持てる判決を」 原発事故被災者愛媛訴訟の原告・渡部寛志さん via 東京新聞

連載「6・17最高裁判決/原発被災者4訴訟」④愛媛 ◆避難、離婚…家族はバラバラに  「フクシマさん、フクシマさん」。福島県南相馬市から愛媛県に避難した渡部寛志さん(43)は、愛媛で知り合った人からこう呼ばれることがある。東京電力福島第一原発事故から11年がたっても、「避難者」であり続ける。そして、差別もなくならない。 福島から愛媛に避難しているのは、わずか22人(4月時点、復興庁調べ)。人数が少ないだけに「避難者が目立ち、差別につながりやすい」。住居を購入しても、近所の人たちに福島から来たことを隠し続けている避難者もいる。  事故前、原発の北約12キロにある南相馬市小高区で妻と娘2人と暮らし、専業農家をしていた。政府の避難指示で町を離れ、事故から1カ月後、大学時代を過ごした愛媛に避難した。 遠く離れた地での避難生活が長引き、妻と意見が衝突することが増え、2019年に離婚した。渡部さんと次女(13)が残り、長女(17)は元妻と福島県須賀川市に移った。家族がバラバラになった現実に、「原発事故が起きなかったなら…」との思いが拭えない。 ◆国の冷酷な態度見せつけられ 国と東電を相手に裁判を起こすきっかけとなったのは、松山市内の住職の呼びかけで事故直後に始まった避難者の交流会。月1回集まると、「経済的に苦しい」と窮状を訴える声が相次いだ。賠償を東電に任せ、避難者支援も不十分なまま放置している国が許せなかった。  交流会に参加する避難者を一軒一軒訪ねて説明し、原告を募った。子育て世代の避難者が多く、事故時に20歳未満だった原告は8人と3割に上る。  15年1月、松山地裁での第1回口頭弁論で、国の冷酷な態度を見せつけられた。避難生活の苦しさを法廷で意見陳述しようとしたところ、国の代理人は「(裁判の)証拠にならないから不要だ」と、耳を傾けようとしなかった。その後も延々と科学的な論争が続き、傍聴席で疑問に思った。「この裁判に、避難者の居場所はあるのだろうか」 ◆「避難者の学校ほしかった」 […] その中に、いじめに遭い不登校になった兄弟がいた。弟は20年秋に自殺した。22歳の兄は「避難者同士が通える避難者学校を全国につくってほしかった」と吐露し、「『悪かった』と素直に謝罪ができる国だったら、そもそも事故は起きなかった」と憤った。  渡部さんの中学2年の次女は「同級生は原発事故をあまり知らない。知らないとまた事故を起こすから、判決が出たら『国の政策によって起きた事故』と教科書に載せてほしい」。  若い原告の声を聞き、渡部さんは思う。「これからも事故を背負って生きていく若者が、希望を持てる判決を言い渡してほしい」(小野沢健太)  愛媛訴訟 東京電力福島第一原発事故で福島県内から愛媛県内に避難した住民が2014年3月から順次提訴し、25人が国と東電に慰謝料を請求。一審松山地裁(久保井恵子裁判長)は19年3月26日、国と東電に計2743万円の支払いを命じた。21年9月29日、二審高松高裁(神山隆一裁判長)も、東電に津波対策を講じさせなかったのは「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」と国の責任を認め、計4621万円の支払いを命じた。東電の賠償責任は最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)が22年3月30日付で東電の上告を退け、確定した。 全文

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「ふるさと奪われ、なんでこんな仕打ちを…」 原発事故被災者千葉訴訟の原告・南原聖寿さん via 東京新聞

連載「6・17最高裁判決/原発被災者4訴訟」③千葉 ◆福島ナンバーだけで嫌な視線   「すっかり体力が落ちちゃったね。5月に出場した障害者スポーツ大会の100メートル走は21秒。精神的なものもあるけど、白髪が増えるわけだ」  足に障害がある南原聖寿せいじゅさん(62)はスマートフォンに保存された過去の写真を見返し、年月の経過を実感することが多くなった。  東京電力福島第一原発の20キロ圏内にある福島県南相馬市小高区の自宅から、家族で千葉県君津市に避難して11年が過ぎた。東電と国の責任を追及するため千葉地裁に提訴してから既に9年を超え、ようやく17日に最高裁が国の責任について判断する。  「原告団の中には亡くなった人もいるし、加齢で表舞台に立てなくなった人もいる。長すぎる」 君津市は妻の園枝そのえさん(63)の実家が近くにあったが、苦労は尽きなかった。「乗る車が福島ナンバーというだけで、嫌な視線を感じた」。疎外感を覚えずにはいられなかった。 就職した長男(25)は事故当時、転校先の中学校で「放射能がうつる」と言われるなどのいじめに遭い、不登校に。知的障害のある長女(22)は事故後、車いすでの生活に変わった。園枝さんも足の障害が悪化し、車いすを手放せない。 ◆最高裁は忖度しないで判断を ◆最高裁は忖度しないで判断を  住み慣れた地からの転居で、長年勤めていた半導体メーカーの退職を余儀なくされた。消化器系の持病が悪化し、アルバイトもあきらめた。生活保護で家賃と生活費をやりくりしながら、園枝さんと長女の3人でアパート暮らしを続ける。  「福島にいたころはいろいろな人と交流があったけど、現在の自宅周辺は住民同士のつながりが薄く、家族で外出するのは買い物や病院に行く時ぐらい。町内会活動でもあればいいけどね」 […]  裁判を通じて「国は東電に責任をなすりつけ、東電は安全対策よりも経営のことしか考えていない」と痛感した。5年ぐらいで終わると思っていた裁判は、想像以上に長期化した。「責任の有無はすぐに分かるはず。どうしてここまで引き延ばすのか不思議でならない」と嘆く。  南原さんはかつて、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスが発生する火力発電よりも、原発は環境に優しいと前向きにとらえていた。だが、放射能で汚染した土の保管や長期化する廃炉作業を目の当たりにし、考え方は完全に変わった。  「国の管理監督責任をもっと拡大することが将来のためになる。最高裁は忖度そんたくせずに判断を下してほしい」(山口登史、写真も)  千葉訴訟 東京電力福島第一原発事故で福島県内から千葉県内に避難した住民47人が2013年3月11日、国と東電に損害賠償を求めて提訴。17年9月22日の一審千葉地裁判決(阪本勝裁判長)は国の責任を認めず、東電に計3億7600万円を支払うよう命じた。21年2月19日、二審の東京高裁判決(白井幸夫裁判長)は、国の責任について東電に津波対策を講じるよう「規制権限を行使しなかったのは違法」と認め、国と東電に計2億7800万円の支払いを命じた。東電の賠償は最高裁第2小法廷が22年3月2日付、東電の上告を退け、確定した。5月末までに原告7人が亡くなった。 全文

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「悔しいから、くじけなかった」 原発事故被災者群馬訴訟の原告・丹治杉江さん via 東京新聞

連載「6・17最高裁判決/原発被災者4訴訟」②群馬 ◆事故を防ぐ機会は「何度も何度もあったのに」  10日午後6時前、JR前橋駅前で、丹治たんじ杉江さん(65)はマイクを握っていた。  「事故の原因をはっきりさせ、2度と同じように涙を流す人を見たくない」  2012年11月から毎週金曜に始めた脱原発を呼び掛ける活動は、483回目。次回17日には駅前に立たない。その日、自身の裁判で最後の判決が最高裁で言い渡される。  「過酷な事故を防げる機会は何度も何度もあったのに、国は対策をしたとしても事故は防げなかったと主張した。やりもしないでやっても無駄だったなんて、一番腹が立つ」 […]  「過酷な事故を防げる機会は何度も何度もあったのに、国は対策をしたとしても事故は防げなかったと主張した。やりもしないでやっても無駄だったなんて、一番腹が立つ」 法廷に毎回通い、他の避難者の訴訟を応援するため、各地に足を運んだ。交通費や休業手当が出るわけでもない。自宅には、読みあさった原発関連の本や資料が山のように積んである。  「勉強し、人の話を聞き、発信して。こんな濃密な日々はなかった。後悔はない。でも、これが自分の望んだ人生だったのかな」 ◆罵声のような言葉 一人で泣き、叫んだ […] 放射能への不安、子どもを安心して育てられないなど、それぞれの事情で避難を余儀なくされた。にもかかわらず、自主避難には「勝手に逃げた」とレッテルを貼られた。  「裁判が福島の復興を邪魔している」と、罵声のような言葉を浴びた時もあった。「何度も車の中で一人、泣いたり、大声で叫んだりした」。それでも、原告団の先頭に立ち続けた。原告は4人が亡くなり、末期がんで苦しんでいる人もいる。「くじけなかったのは、悔しいからですよ」 ◆裁判が終わってもするべきことがある  国の責任を巡る最高裁の統一判断は、約30ある他の訴訟に絶大な影響を与える。「怖い。これで終わりだから。考えると、眠れない」。勝っても劇的に生活が変わるわけではない。でも、責任を認めさせたい。  「原発事故の被害者が安心して暮らせるよう、たくさん施策を作っていかないと。原発事故後を生きる大人の責任として」。裁判が終わっても、するべきことがある。幹夫さんと将来を語り合うのは、まだもう少し先だ。(小川慎一)  群馬訴訟 東京電力福島第一原発事故で福島県から群馬県内に避難した住民と家族ら137人が国と東電に慰謝料を求め、2013年9月11日に提訴。17年3月17日の一審前橋地裁判決(原道子裁判長)は集団訴訟では最初の判決で、国について「規制権限に基づき対策を取らせるべきなのに怠った」と責任を認め、東電と国に計3855万円の支払いを命じた。だが21年1月21日、二審の東京高裁判決(足立哲裁判長)は一転、国の責任を否定。東電のみに計1億1972万円の支払いを命じた。東電の賠償責任は最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)が22年3月2日付で東電の上告を退け、確定した。 全文

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原発事故で国の責任認めない判決 「実際の津波は試算された津波と規模異なる」避難者訴訟で最高裁が初判断 via 東京新聞

東京電力福島第一原発事故によって被害を受けた住民や福島県内から避難した人たちが、国に損害賠償を求めた4件の訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は17日、原発事故について国の賠償責任を認めない統一判断を示した。裁判官4人中3人の多数意見で、三浦守裁判官(検察官出身)は「国や東電が真摯な検討をしていれば事故を回避できた可能性が高い」として、国の責任はあったとする反対意見を出した。全国で約30件ある同種訴訟への影響は必至だ。  判決は、東電が試算した津波は実際の津波とは規模や方角が異なり、仮に国が東電に対策を命じていたとしても事故は防げなかった可能性が高いと判断した。  4訴訟は国と東電を相手に福島、群馬、千葉、愛媛で起こされ、高裁段階では群馬以外の3件で国の責任が認められていた。東電の賠償責任については今年3月に最高裁で確定し、賠償総額は4件で計約14億円となっている。  主な争点は、巨大地震による津波を予見できたかと、対策を講じていれば事故を回避できていたか。 […] 全文

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「妻返してくれ」東電訴える福島の男性 原発事故が奪った最愛の時間 via 毎日新聞

 長年連れ添った妻と、定年退職後に古里で農業に取り組んで自給自足――。満ち足りた暮らしは、予想もしなかった事態で台無しになり、妻は自ら死を選んだ。「私らは何か悪いことをしたのか」。福島県田村市の今泉信行さん(74)は、例えようのない怒りに突き動かされている。  のどかな山林に囲まれた田村市都路地区。春に山菜、秋にはキノコがよく採れる。今泉さんはこの地で生まれ育ち、ずっと暮らしてきた。15年ほど前に会社を定年退職してからは、1ヘクタールの水田と10アールの畑を耕し、ほぼ自給自足の生活に。母と妻、長男夫婦と孫2人の7人で、穏やかな日々を過ごしていた。  そんな暮らしは、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故によって一変した。震災発生の翌日、2011年3月12日。国は第1原発から20キロ圏内にある都路地区東部に避難指示を出し、市は地区全域に避難指示を出した。今泉さんらは自宅を離れ、避難生活を余儀なくされた。高齢で体が不自由な母は老人ホームに預け、同年8月に妻と市内の仮設住宅に入った。  だが、慣れない生活は、知らず知らずのうちに家族の負担になっていた。妻峰子さんは見知らぬ人たちに気を使う生活に疲れ切り、12年10月に自ら死を選んだ。54歳だった。峰子さんは11歳年下で、職場で出会った。笑いの絶えない明るい人だった。  今泉さんは当時、生活のために除染の仕事に従事する傍ら、仮設住宅の自治会長を務めていた。「追い込まれていることに気付けなかった」。峰子さんはその後、震災関連死と認定された。  今泉さんは葬儀の後、市内にある東電事務所を何度も訪れた。「妻を返してくれ」。謝罪をしてもらいたいと思い、応対した社員に詰め寄った。だが、相手は無言のままだった。今泉さんの左手に握った峰子さんの位牌(いはい)に涙が落ちた。  今泉さんは15年2月、都路地区の住民たちとともに、国と東電に1人当たり1100万円の慰謝料などを求める裁判を起こした。今泉さんは原告団長となった。  都路地区は、原発事故に翻弄(ほんろう)され、分断されたと感じている。第1原発20キロ圏内で旧避難指示区域にあたるエリアの住民は、1人当たり月額10万円の賠償金が18年3月まで支払われた。一方、20~30キロ圏内で旧緊急時避難準備区域にあたるエリアの住民は、1人当たり月額10万円の賠償が12年8月に打ち切られた。  原告は全員が20~30キロ圏の住民だ。裁判の意見陳述で、今泉さんは「20キロ圏内外で分断が始まり、仲の良かった住民の絆がずたずたになった」と訴えた。  「原発事故さえなければ、妻と仲良く暮らせていた。地域が分断されることもなかった。どんな結果になろうとも最後まで闘う」と今泉さん。仮設住宅を経て、17年に元の自宅に戻った。峰子さんがいなくなってからは除染作業の行き帰りに弁当を買って食べるのが日課になった。「家に帰りたい」が口癖だった母ミヨノさんは施設から戻れぬまま、19年に103歳で亡くなった。  よく食べていた山菜は、放射線量が気になってしばらく食べられなかったが、昨春ようやく口にした。昔と変わらない懐かしい味がした。線量が気になって自宅に戻れずにいた長男夫婦とは、孫が県外の大学に進学したのを機に、今春から同居している。 […] 全文

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