Tag Archives: 小出裕章

嘉田氏「原発再稼働は不要」 日本環境会議で政府対応批判 via 京都新聞

環境問題について専門家が議論するシンポジウム「第32回日本環境会議」滋賀大会が3日、大津市北比良のびわこ成蹊スポーツ大で行われた。前滋賀県知事で「卒原発」を唱えた嘉田由紀子同大学学長らが原発再稼働の危うさを語った。 日本環境会議(東京都)が主催し、毎年開催している。滋賀県での大会は2回目。今回は「地域環境保全と原子力発電」をテーマに全国から約220人が参加した。 講演では、嘉田学長が県知事時代の活動を報告。「政府は住民を原発事故から守る意志が欠落しており、避難計画も実効性に欠ける」と批判し、「事故が起きた場合、琵琶湖の放射能汚染は免れない」と訴えた。 元京都大原子炉実験所助教の小出裕章さんは、東日本大震災による東京電力福島第1原発事故で大気中に放出した放射性物質セシウム137が広島に投下された原爆の約170発分に匹敵すると紹介し、「原発事故は途方もなく悲惨で、再稼働はやめるべきだ」と主張した。 続きは嘉田氏「原発再稼働は不要」 日本環境会議で政府対応批判

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電通は日本のメディアを支配しているのか?via 内田樹の研究室

電通は世界第五位のコミュニケーショングループで、日本の広告市場の過半を握っている。日本のメディアの自由に、とりわけ原子力産業について語る場合のメディアの自由に、強い影響力を行使している。 参院選の夜、型破りの反原発候補者であった元俳優の山本太郎はどこの政党の支持も受けず、ツイッターで選挙運動を展開してきたが、東京の参院議席を獲得し た。メディアの検閲を受けながら、この熱情的な若い候補者は原発と並んでメディアに対しても激しい批判を向けていた。メディアは「広告代理店の支配下にあ り、それゆえ電力会社に買収されている」「原発に関するすべての情報をシステマティックに検閲している」と彼は主張したのである。 あるテレビ局が彼に放送の最後に発言機会を与えたが、まずスタジオにいるジャーナリストに業界擁護の弁明をさせた。画面では、若い参院議員は返答のために 1分弱の時間しか与えられなかった。「僕は簡単な例を挙げます。これから食糧はキロ当たり100ベクレルまで含有することができる。それは食事を摂るだけ で被曝するということを意味しています。しかし、このことをテレビは放送していない」そこまで言ったところで山本は発言を遮られた。番組終了のジングルが 鳴り、スタジオの司会者は嘲笑しながら番組の終了を告げた。 (略) 福島の事故後、山本太郎はその犠牲にされた。彼はタレントとしてそれまでスタジオにレギュラー出演していたが、反原発の立場を明らかにしたために、いきな りテレビ界そして映画界においてさえ、「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからざる人物)に認定された。今に始まったことではない。ずっと以前から、広 瀬隆や小出裕章のような反原発運動の中心人物たち、ベストセラー作家は事実上テレビスタジオに登場することがなかった。福島の事故以後も。 (略) これらの民間のメディアの中にあって、NHKだけが受信者から直接受信料を徴収することで、この広告帝国の支配を免れており、独立性を誇っている。だが、 残念ながら、NHKの状況はさらに劣悪である。会長籾井勝人はNHKは安倍政権のスポークスマンであるべきだと何の遠慮もなく繰り返し断言している。 200人の退職者を前にした最近の宣言の中で、籾井はNHKの記者たちに九州での地震については当局からの確かな公式発表と地震が列島南部のみを伝えるこ とで満足するように、また列島南部で稼働中の原発に地震が与えるリスクについては独立的な専門家の意見には耳を貸さないように厳命した。 (略) だが、原発再稼働がいくつかも法廷で争われ、高浜原発のように稼働停止判決が下され、国民の多くが原発再稼働に逡巡しているうちに、原発促進の賭け金はど んどん吊り上がっていった。2015年の原発再稼働の後、2016年は原発広告のひそやかな再稼働の年となった。広告はまず原発が設置された地方の地方紙 と地方テレビ局に登場した。本間龍氏は彼の最近の発見を誇らしげに見せてくれた。「2016年2月から、関西電力は福井新聞に何度か全面広告を打ちまし た。福井は高浜原発が再稼働してから一月後に稼働停止の仮処分を受けたところである。新潟日報と新潟の地方テレビ局では、東電の世界最大の原発柏崎刈羽原 発再稼働のための広告が独特の文脈で登場した。現在の新潟県知事ははっきりとした反原発の立場にあり、再稼働一般に反対しているが、彼の任期が終わる年末 に選挙がある。東電による原発広告の再開は新潟の市民たちの怒りに火を点けずにはいなかった。とくに福島からの避難民たちは広告の停止を求める請願を行っ た。 (略) 先月公表された報道の自由度についての報告で「国境なき記者団」は日本を世界72位に格付けした。これはハンガリーやタンザニアよりも下位である。日本は 6年前はこのランキングで世界11位であった。東京を訪れた国連の調査員もまた日本のジャーナリストたちが受けている圧力が、民間でもNHKでも、日々強 まっていることについて警告を発した。問題になっているのは政府による圧力の強化である。これは特定秘密保護法の施行によって一層強まった。特定秘密のう ちには原子力に関するものも含まれている。この規定の曖昧な法律は「秘密」情報を漏洩したジャーナリストを投獄すると恫喝している。この状況を象徴するよ うに、三人のジャーナリスト、それぞれ硬骨で知られた人々がテレビのレギュラーを辞職するということが起きた。その中の一人『報道ステーション』のキャス ターであった古舘伊知郎は、本間龍氏によれば、数年前から原発政策と安倍政権の政治に対する批判的な態度ゆえに、電通の標的になっていた。 全文は電通は日本のメディアを支配しているのか? 元記事はLe publicitaire Dentsu tire-t-il les ficelles des … Continue reading

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原発 言っておきたいこと=山田孝男 via 毎日新聞

(略) 「原発は、安全か、危険かという問題ではない。原発は危険だ。原発がある限り、事故は起きる」  今でこそ断言する今中だが、初めは違った。  被爆2世。広島大付属高から1969年、大阪大工学部原子力工学科へ。東工大大学院在学中、大手原発メーカーに職を得るつもりでいたが、石油ショックで求人が冷え、断念。中国電力へ行こうかと迷い、76年、京大原子炉実験所の助手に採用された。  本格的な原子力発電が始まって間もない黎明(れいめい)期。日本はそこから原発大国へ上りつめ、暗転した。その興亡とともに半生を歩んだという感慨がある。  転機は米スリーマイル島事故(79年)だった。原子炉は、水がなければ溶けて破局的災害に至ると思い知った。チェルノブイリ(86年)も、福島も。      ◇  「放射能汚染地域で暮らすなら、余計な被ばくはしないほうがいい。一方、汚染地域で暮らす以上、それなりの被ばくは避けられない。(何が最優先か、人の判断は異なるので)自分で考えて決めるしかない。学者は情報を出す」  −−と今中。  低線量被ばくの長期的影響は不明である。  今中は、縁あって福島県飯舘(いいたて)村で線量測定や聞き取り調査に携わった。その経験から、莫大(ばくだい)な国費投入にもかかわらず、除染が効率 的に進んだとも言えない現状の見直しを要請。被災地の子どもたちの、定期検診と被ばく評価のデータベース化も提言した。 (略)  最終講義の聴衆は150人。昨春、退官した小出裕章元助教(66)が司会を務めた。小出は熊取を去ったが、今中は、しばらく実験所に残るという。  最新統計によれば、世界で運転中の原発は計431基。建設・計画中を合わせれば614。建設・計画中だけで56とズバ抜けて多いのが中国である。 全文は原発 言っておきたいこと=山田孝男

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原子力ムラの対極、熊取6人組の安全ゼミ終わる via BLOGOS (Blog vs. Media 時評)

福島原発事故で原子力ムラが見せた狼狽と無責任の対極にある存在が、京大原子炉実験所を拠点にした批判科学者集団「熊取6人組」でした。2月10日、彼ら が35年余り続けてきた原子力安全問題ゼミが幕を閉じました。グループで最後の実験所職員、助教の今中哲二さん(65)が定年退官するためです。最後の講 演で今中さんが「行政の意思決定や政策実行に係る人々、つまり役人や政治家に間違いや不作為があった場合には個人責任を問うシステムが必要だ」と締めくく りました。世界の原子力史で未曽有の惨状を招きながらぬくぬくとしている原子力ムラの政治家・官僚・学者への痛烈な非難です。 (略) 福島原発事故でこうしたデータ主義と現場主義が鮮やかだった例は『飯舘村南部に広い高汚染地域:現地調査で確認』(2011/04/04) で伝えたケースです。飯舘村での高い汚染が今中さんたちの現地踏査で初めて目に見える地図になりました。これには前段があって第253回「高汚染無視で飯舘村民を棄民する国とメディア」(2011/04 /01)で「国際原子力機関(IAEA)が福島原発の北西40キロ、飯舘村で測定した土壌の放射線レベルが極めて高かったのに、原子力安全・保安院は無視 を決め込み、マスメディアは事態の意味を理解しようとしません。国とメディアが一体になった文字通りの棄民です」と指摘した状況を打ち破る実測データでし た。 その飯舘村の今について今中さんは「除染という名の環境破壊が進み、惨憺たる有様です。国は来年には村民を帰す方針ながら、村民1人当りで何千万円とい う無駄な除染費用を使っています」と主張します。個人の生活再建こそが目的のはずなのに、村の再建に目標がすり替わり、除染しても放射能レベルは半分にし かならないのですから多くの村民は帰村しないでしょう。 今中さんや小出さんたちと福島原発事故の関わりは第258回「在京メディアの真底堕落と熊取6人組への脚光」(2011/05 /11)でまとめています。原子力ムラが発する「がん発生のリスクが高くなるという明確な証拠があるのは100ミリシーベルト以上」とする恐ろしく一方的 な断定を当時のマスメディアが臆面もなく報道する中で、中央官庁に依拠しないオルタナティブ情報源としての熊取6人組の価値が大きく見直されたのです。 この第112回安全ゼミの最後で小出さんが厳しい発言をしています。「福島原発事故で出された原子力緊急事態宣言は5年経っても未だに解除されていませ ん。この宣言があるために放射線防護関連法令が停止され、これから何十年もこのままでしょう。それなのに経済優先の安倍内閣は『アンダーコントロール』と 嘘をついてオリンピックを誘致しました。こんな国なら私は喜んで非国民になります」。他の地域なら放射線管理区域並の汚染として禁じられる場所に、福島で は人が住み、飲食をして寝ているのです。 全文は原子力ムラの対極、熊取6人組の安全ゼミ終わる 当サイト既出関連記事: 京大・今中助教が退職講演 反原発運動で住民側支援via朝日新聞 『迫害され続けた京都大学の原発研究者(熊取6人組)たち 危険性を訴えたら、監視・尾行された』 via 現代ビジネス [講談社]

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【国道6号】批判の中、実施された清掃ボランティア~子どもたちの充実感の陰に潜む内部被曝のリスク via 民の声新聞

中高生が参加することへ批判が高まった、清掃ボランティア「みんなでやっぺ!! きれいな6国」(NPO法人・ハッピーロードネットなど主催)が10日、福島県・浜通りを走る国道6号(新地町~いわき市、約50km)で一斉に実施された。広野町や楢葉町を中高生と一緒に歩くと、子どもたちは被曝に対する不安を否定し、参加したことに誇らしげな表情を浮かべた。砂塵舞う中、マスクせずにごみを拾い続けた子どもも。しかし、笑顔の向こう側に潜む内部被曝のリスクを考慮すれば、子どもは参加させるべきではなかったと言わざるを得ない。 【舞い上がる砂塵。マスクしない子も】 […] ほぼ半数の子どもがマスクを着用しないまま国道沿いの歩道を歩いた。大熊町からいわき市に避難しているという中学1年生の男の子は、震災時は小学2年生。下校途中で巨大な揺れに遭遇した。「放射線量が高いから、あれから一度も(大熊町の)家に帰れてない」と寂しそうに話す。彼も含めて、被曝の危険性について認識している子どもは皆無だった。 参加している誰もが、誇らしげな、充実した表情を見せた。別の女子高生は「ボランティア活動に参加してみたかった」とうれしそうに話した。双葉翔陽高校の男子生徒も「この場所に来ることが出来て本当に良かった」と開会式でスピーチした。遠藤智・広野町長は「浜通りが復興していることを全国に発信する好機となる」と語ったが、子どもたちの充実感と大人の満足感の向こう側には、被曝のリスクが潜んでいることを忘れてはならない。 【「無理解な人が東京で騒ぎ立てている」】 「いろいろなご意見があります」 NPO法人「ハッピーロードネット」の西本由美子理事長(62)の元には、2011年以降中断していた国道6号の清掃ボランティアを再開させるにあたり、子どもたちの参加に対する批判が少なからず寄せられたという。吉田栄光福島県議(自民、浪江町)も、あいさつで「様々なご意見があろうかと思う」と触れた。「子どもたちの未来と健康を守るプロジェクト・郡山」が中高生の参加に反対を表明すると、全国約70の団体から賛同の連絡があったという。 しかし、西本理事長は「子どもたちが清掃をするのは通学路。国道6号が通学路になっているなんて知らないでしょ?地元を全く理解しない人達が東京で騒ぎ立てているんですよ」と反論した。「私は、自分で納得して広野町に戻ってきた。今日、参加した子どもたちも、家庭で散々話し合って出て来たと思う。それに対して、周囲が良いとか悪いとかを云々することはできないと思いますよ」。 […] 長年、子どもたちと接してきた西本理事長なりの教育論にはしかし、現実の被曝のリスクは考慮されていない。それもそのはずだ。昨年3月、日本商工会議所の「日商ニュース」に寄せた文章の中で、2013年9月に行ったチェルノブイリ視察を基にこう綴っている。 「今の日本の放射線に対する情報は偏見に満ちている」 「原発さえ安定していれば、私たちの故郷は何の不自由なく安心して住める」 【小出さん「子どもを動員するな」】 「やってはいけないことです」 本紙は元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さん(66)に対し、主催者が清掃ボランティアに中高生を参加させたことへの是非を伺った。小出さんは「間違っている」とするコメントをメールで寄せた。 続きは 【国道6号】批判の中、実施された清掃ボランティア~子どもたちの充実感の陰に潜む内部被曝のリスク

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<小出裕章さんに聞く>行き場のない「核のゴミ」が溢れる日本 via アジアプレスネットワーク

九州電力・川内原子力発電所が再稼働に向けての準備を着々と進めている。早ければ7月にも再稼働と噂されているが、事故が起きた時の避難経路や火山の問題 など解決されていない課題が多い。その中でも、放射性廃物、いわゆる「核のゴミ」の問題は解決の見通しすら立っていない。この問題を京都大学原子炉実験所 OBの小出裕章さんに聞いた。(ラジオフォーラム) (略) 小出:核のゴミというのは人間の手で消せないのですね。だから、仕方がないので私たちの生活環境から隔離しよう ということになっているわけです。そのため、深さ300メートルあるいは1000メートルのような穴を掘って、地底に埋めてしまおうというのが現在、日本 の国の計画なのです。 しかし、埋めてしまってから、その毒性が消えるまで、一体何年間その場所にじっとしていてくれればいいのかと言うと、100万年という時間なので す。そんなものは、現在の科学で保証できる道理がないわけであって、本当は埋めるなどということは、やってはいけないことなのです。 私も国と長年そういう喧嘩を続けてきたわけですけれども、彼らとしても100万年はやはり保証できないだろうということで、上手くいかないとなった ら、すぐ掘り出せるようにしておかなければいけない、というか、そうしないと住民を説得できないと彼ら自身が思い始めたのだと思います… ※小出さんの音声をラジオフォーラムでお聞きになれます。 ※「小出裕章さんに聞く 原発問題」まとめ [非会員でもご覧いただけます] ■ <小出裕章さんに聞く> ドイツの脱原発から日本は何を学べるか ■ <小出裕章さんに聞く>核ゴミは過疎地押し付けが国・東電の基本方針 ■ <小出裕章さんに聞く>年間20ミリシーベルトは安全なのか?国際機関も加担する「社会… ■ <小出裕章さんに聞く>成長途上にある子どもが一番放射線に敏感です ■ <小出裕章さんに聞く>電力会社によるメディアへの圧力を振り返る

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差別生む原発許さない 定年退職の小出裕章・京大助教(中日新聞) via こどもたちの未来へ

中日新聞・特報  2015/3/27 朝刊 京都大原子炉実験所の小出裕章助教(65)が、今月末で定年退職する。強大な「原子力ムラ」と対決してきた四十年余。その歩みは負け続きだったと 回想する。大学で教授のポストに就くことはなかったが、自らの思いには誠実に生きてきた。それは生後半年で亡くなった愛息に教えられたことでもあったとい う。福島第一原発事故の終わりが見えない中、大学を去った後も、自分にしかできない仕事を模索していきたいと語った。 今月十七日、大阪府南部の熊取(くまとり)町にある京大原子炉実験所。小出助教の研究室の書棚を埋めていた大量の本や資料などは、数えるほどに なっていた。「廊下や倉庫の書棚にあった分を含め、捨てました。どれも実験所の仕事にまつわるもの。定年と同時にその仕事はなくなります。これからの私に とっては意味のないもの」 節目を迎える感慨についても「何もないです。定年は単なる社会的制度。雇用関係が切れるだけ」。あっさりした言葉は、簡単に語り尽くせない半生の裏返しのように聞こえた。 一九四九年八月、東京都台東区の下町で生まれた。進学校の開成中学・高校時代は一日も休まない「良い子」。盛んに宣伝された「原子力の平和利用」という言葉に感化され、担い手になることを夢見た。 都市化が進む東京を嫌って東北大へ。大学のある宮城県では女川原発の建設計画が浮上していた。原発立地を都会ではなく、あまりに危険であるが故に過疎地に押しつける差別の構図を知る。大学三年の七〇年、反原発の立場に転じた。 「原発に反対するのは私自身のため。だまされた自分にオトシマエをつけるためです」。本人はこの姿勢を「徹底した個人主義」と名付けるが、独善と は一線を画すという。「地球上の命は全て掛け替えのない存在と考えるのが、私の個人主義。誰かの命を犠牲にし、差別を生む原子力は許せない」 […] 反原発運動も一時の勢いを失ったように見える。「今は福島が忘れ去られる過程にある」。どうしたらいいのか、という問いには「分かりません」とだけ答えた。 小出助教は「負け続きだった」と振り返る。ただ、助教というポストについて「実験所で最下層の地位」と認めながらも「私には大変恵まれた立場。居心地がよかった」と話す。 実験所での仕事は、所内で出る放射性排水などの処理だった。「自分の仕事をきちっとやる限り、上司は一切注文を付けず、自由にさせてくれた。私は 最下層の職員なので、命令する人もおらず、自分がやるべきこと、やりたいことに集中できた。個性を重んじる京大の校風があったからこそで、反原発を訴え続 けても最後の最後まで弾圧されることはなかった」 定年退職後、新たな定職には就かないという。生まれ育った東京にも戻らない。「信州で暮らします。暑いところが苦手ですし。妻と相談して、何年も前から決めていました」 がらんとした研究室で、小出助教は達観したように「仙人になります」とも語った。しかし俗世と距離を置くことは、そう簡単にできそうにない。「福島原発事故は、敷地の中でも外でも進行中です。完全に目をつぶることはできません」 実験所を離れれば、放射線関連の機器も使えなくなる。さらに自らの老いも実感している。しかし、淡々とこの先を見据える。 「定年なんて、本当に大したことじゃない。年を考えると、仕事はだんだん減らさざるを得ないですが、私でなければできない仕事があるのなら、引き受けようと思っています。ただ、半年先という範囲で。半年以上先は、生きているかどうか分かりませんので」 全文は 差別生む原発許さない 定年退職の小出裕章・京大助教(中日新聞)

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特集ワイド:続報真相 大人は福島原発事故の責任を取れ 京大原子炉実験所助教・小出裕章さん最終講義 via 毎日新聞

原発の危険性を40年以上にわたって指摘してきた京都大学原子炉実験所(大阪府熊取町)の小出裕章助教(65)が今月末の定年退職を前に、2月27日、実 験所内の自主講座で最終講義をした。豊富な知識と分かりやすい語り口から小出さんは、東京電力福島第1原発事故以降、全国での講演やラジオ番組へと引っ張 りだこだった。最終講義のテーマは「原子力廃絶までの道程(みちのり)」。その詳細をお届けしたい。 (略) 福島原発の現状をこう切り出した。「事故の収束なんてとんでもない。肝心な現場が見えず、溶け落ちた核燃料などの炉心は、いまだにどこにどのよう な状態で存在するのか分からない。人が近づくと即死するほどの放射能があるからです。こんなに過酷な事故は、発電所では、原発でしか起こらない。4年たっ ても原子炉の現場に立ち入ることができないのです」 膨大な「汚染水問題」で政府が対策に本腰を入れたのは2013年夏だったが、小出さんはその2年前の11年5月、ラジオ番組で地下に遮水壁を張り 巡らせるよう主張していた。講義では、そこで働く作業員にも目を向けた。「この4年間は、核燃料をこれ以上溶かさないようにしようとひたすら水をかけ続け た。水は当然、汚染水になり、50万トンもがタンクに詰められている。今や、敷地内は放射能の沼のような状態。そこで苦闘する7000人近くの労働者は、 きちんとした仕事をしようとすれば大量に被ばくしてしまうため、タンクからの水漏れの対応すら難しい。現場を担っているのは下請け労働者たちで、放射能を 閉じ込める作業を今後何十年も続けなければならない」 (略) 小出さんは言葉を大切にする。「放射性廃棄物」と言わず、「放射性廃物」と呼ぶ。放射性物質はその毒のために棄(す)てられないという考えからだ。 所内で「当番の月」が回ってくると、実験で出た「放射性廃物」の廃液などの処理を担当し、水から丁寧に放射性物質を捕捉しては、ドラム缶に詰める作業など を地道に続けてきたのだった。 ところが、その努力もむなしく思えるほど福島事故で放射性物質が飛び散った。「避難指示区域よりもはるかに広い東北や関東の一部地域が、放射線管 理区域の基準以上の汚染レベルになった。これは、日本政府が示した事実であり、風評でも何でもない。そこに人々が普通に暮らしている。それなのに誰も処罰 されず、責任を取ろうとしない」 最も強調したのは「この広大な土地に子どもたちが生きている」ことだった。「残念ながら私には時間を戻す力はない。こんな事態を許してしまった私 たち大人はどんなことをすべきか。私がやりたいのはたったひとつ、これです」。子どもたちを被ばくから守る構図の柚木ミサトさんのイラストを示した。 (略) だが「自分の愚かさに落とし前をつけるため」と、原子炉実験所という原子力の専門の場に残った。「原子力の廃絶を目指したが、原子力を進める組織はあまりに巨大で、私は敗北を続け、ついに福島事故が起きてしまった」 落とし前は「つけられなかった」と考えている。「福島事故を契機に原子力廃絶に向かうならばまだしも、福島のことがまるでなかったかのように、原発を進めてきた人は責任を取らず、この国は原発の再稼働、新設、輸出へと動いている」からだ。 小出さんは原子炉実験所での41年間を助教のまま終える。教授にも、准教授にも昇進しなかった。でも反原発を公然と掲げる小出さんに学内での「迫 害」はなかったと断言する。それは「京大の独創性を重んじる学風に関係するかもしれない」とみる。「(職務さえ果たせば)ずっとやりたいことができた。全 国で闘う仲間たち、熊取6人組の仲間にも恵まれた」と話を終えた。 (略) 6人組のうち福島事故の汚染・被ばく調査をする今中哲二助教(64)が現役のしんがりだ。1年後には定年退職を迎え、京大原子炉実験所という学問の現場か ら全員がいなくなる。小出さんは「今中さんの退職前には、最後の安全ゼミを私が呼びかけます」と力を込めて宣言した。それは「6人組の火は、簡単には消え ない」と告げたように聞こえた。【大島秀利】 全文は特集ワイド:続報真相 大人は福島原発事故の責任を取れ 京大原子炉実験所助教・小出裕章さん最終講義

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<小出裕章さんに聞く>研究所、病院の核ゴミはどう処理してる?viaアジアプレスネットワーク

「核のゴミ」は原発から出るものだけではない。それ以外にも、研究所、病院などいろいろなところで放射線が用いられ、「核のゴミ」は生み出される。それらはどのように処理されているのだろう。 [..] 小出:まず、「放射性廃物」という言葉を使って下さってとてもうれしいです。普通は皆さん「放射性廃棄物」という言葉を使うのです。そして、廃棄物というのは「ダメになったから棄てる物」と書くのです。 […] けれども放射能に関しては、自然には全く分解作用も浄化作用もありませんので、放射能のゴミは棄ててはいけないのです。だから、私は廃棄物ではなくて廃物と呼ぶようにしてきたのです。 […] 小出:私自身、京都大学原子炉実験所の中では放射能のゴミのお守りをするという部署におりまして、なんとか放射能を環境に漏らさないようにして、長い間、仕事を続けてきた人間です。なんとかこれまでは、福島第一原発のような大きな事故は起こさずに稼働させてきました。けれどもこれからは、核のゴミの始末が本当にできるのか、頭の痛いことになってしまっています。 R:聞くところでは、核のゴミはこれまではアメリカに引き渡されていたということですが、2019年5月以降、この契約は延長されない可能性があるということですね。まず、研究炉での使用済み燃料がもしも今後アメリカに引き取ってもらえないということになったら、どうなるのですか。 […] 小出:おっしゃる通りです。原子力発電所の原子炉もそうですし、研究用の原子炉も全て日本というこの国では、米国におぶさってきたという歴史です。 R:そうですね。そうして私たちが突然、大量に残されていく放射性廃物を目の当たりにして、どう引き受けて処理したらいいのかという問題が、今後突きつけられていくというのが実情なのですね。 小出:そうです。いずれにしても研究炉であれ、これから長い年月動かすことはできませんし、原子力発電所にしたって、どちらにしてもウランは枯渇してしまって、数十年の後にはもう動かなくなるわけです。けれども、その後には膨大な放射能のゴミが残されてしまって、そのゴミのお守りを何百年、何千年、あるいは何十万年と引き受けなければならないということになるのです。 原発の燃料となるウランは数十年後には枯渇する。わずか数十年しか続けられない原子力発電のために、我々は数千年、数十万年先の人類までをも苦しめる放射性廃物をせっせと生み出していることになる。きっと多くの人が、原発が人類にとって「割に合わない」ものだと気付き始めている。その一方で、石油や天然ガスを輸入するよりは「安くつくから」と原発の経済性を唱える人々が数多いる。人類の遥かな未来より、自分だけの明るい明日をイメージする方が簡単だ。 もっと読む。

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京大の小出裕章助教、定年退職へ 原発危険性を長年訴え via 47 News

 原発の危険性を長年訴えてきた京都大原子炉実験所(大阪府熊取町)の小出裕章助教(65)が3月末で定年退職することが19日、分かった。市民が参加できる勉強会「原子力安全問題ゼミ」で今月27日、最後の講演をする。 福島第1原発事故以前から原発の危険性を指摘し、事故以後も積極的に発言を続けた。 (略) 88年に明らかになった岡山、鳥取両県境の人形峠のウラン試掘による残土問題では、科学者として住民訴訟にも関わった。 全文は京大の小出裕章助教、定年退職へ 原発危険性を長年訴え

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