福島とチェルノブイリ。国際評価尺度レベル7の原発事故が起きた現場である。もちろん、単純に比較対象とすることは難しい。だが、チェルノブイリの例から、福島がより良い方向にむかうためのヒントがあるのではないか。今回は、ここ10年にわたりチェルノブイリと福島の両方を訪れ、その様子を撮り続けている写真家の中筋純氏が、特別寄稿という形で日刊SPA!に書き下ろしてくれた。
福島とチェルノブイリのシンクロニシティー
昨年秋に来日したベラルーシのノーベル賞作家、スベトラーナ・アレクセビッチさん。チェルノブイリ事故当事者の表に出ない声を綿密にまとめあげた受賞作『チェルノブイリの祈り』で知られる彼女が、福島を訪問した際の言葉の一節が忘れられない。
「この状況を直視し、言葉を紡ぎ伝えていかねばならない」
原発事故の最大の特徴は、環境に放出された放射能が長期にわたって物理的、社会的に影響を及ぼし、それらが可視化しづらいことから被災地域の周辺から時間の経過とともに記憶の風化が始まる点だといえる。震災と東電原発事故から6年を経て、アレクセビッチさんの言葉は我々が今後取るべき態度や行動を暗にほのめかしているように感じる。
チェルノブイリと福島。同じ国際評価尺度レベル7の事故は25年の時間と約8000キロの距離を隔てた時空間で起こったものだが、果たしてその後の足跡はどうだったのか? 復興論議が主流を占める中において、時代も国体も違うチェルノブイリ事故との状況比較はバイアスがかかった捉え方で、いわば復興に水を差す後ろ向きのアクションであると指摘されることも多いが、参考にすべき点は多いのではないだろうか?
⇒【写真】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1300111
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原発事故をきっかけに我々は時間軸を直視せざるをえなくなったのかもしれない。そもそも放射能は地球という惑星が約46億年前に誕生した時の記憶の封印ともいえる。いわば「起こされた寝た子」ともいえる環境に放出された放射能は、約700万年の歴史しか持っていない我々人類にとって時間概念を狂わす存在であるといっても過言ではない。汚染の指標となるセシウム137の半減期は30年、消滅にはその5倍以上の時間がかかるといわれている。チェルノブイリ原発の核燃料の取り出しはあと100年近くかかるともいわれ、フィンランドの高レベル核廃棄物最終処分場「オンカロ」ではガラス固化体にした廃棄物の安全性を10万年後を視野に議論されている。10万年といえば人類の足跡をたどればネアンデルタール人から現代人までの時間だ。果たしてネアンデルタール人が我々現代人の姿を想像していたであろうか? そして我々が10万年後の人類の姿を想像できるであろうか? これはもうおとぎ話やSFの世界である。「起こされた寝た子」が再び眠りにつくまでは限りない時間と向き合わねばならない。
だが一方で6年を経て原発事故後の社会的状況は25年を隔てたシンクロニシティーが当てはまらない様相を呈してきた。徹底的な放射能封じ込めを目指し除染作業を行い、その上で残留土壌放射能の人体や環境への影響を重要視した上で区域の色分けを行い、当該住民のその後の生活権利を「国家」が「法律」で保障しようとしたチェルノブイリ事故のその後に対し、福島事故のその後は除染工事の終了によって避難住民の半強制的帰還があるのみだ。その基準とされるのは「土壌」汚染度ではなく風向きなどの気象条件によってばらつきが出やすい「空間」の放射線量なのだ。長く続く土壌の放射能汚染という原発事故の災禍の核心と向き合ったチェルノブイリの経験は生かされることはなかったといえる。
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また、避難指示の解除は帰還を望まない住民にとっては賠償や住宅支援の打ち切りを意味することになる。当該区域に住んでいた人々は今年度末を境に避難者から「自主」避難者へと扱いが変わるのだ。事故以前の20倍に設定された被曝限度をもとに土壌汚染の詳細を無視した避難指示の解除に多くの人々が依然として不安を感じている現実に反して、行政側は廃炉作業の進捗や復興インフラの整備、産業誘致のビジョンばかりを提示しその現実に対してはひたすら「安全」を繰り返すばかり。原発「安全」神話崩壊後6年を経て姿を表した「安心」神話の誕生だ。
この不明瞭な神話のもとに本来なされるべき東電福島事故への真摯な検証や反省はもちろんのこと、避難者、自主避難者を含めた福島県民という当事者を始め、この事故を経験した多くの日本人というある意味での当事者を含めた闊達な議論は表舞台に出ることはなく、福島原発事故はどんどん闇に葬られていくのではないか。そしてその闇は国民の間に原発事故に対する認識のずれや温度差を生み出す。昨年から明るみに出始めた原発避難者に対するいじめ問題はその象徴ともいえよう。
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