2024/9/22
国の援護区域外で長崎原爆に遭ったため被爆者と認められていない「被爆体験者」に関して、岸田文雄首相はきのう、医療費助成を拡充し被爆者と同等にする救済策を発表した。全ての体験者を対象とし、年内に開始するという。
同時に体験者の一部を被爆者と認めた長崎地裁判決について控訴する方針を示した。控訴期限が24日に迫る中、被告の長崎県知事、長崎市長と公邸で面会して伝えた。
救済策は高齢化が進む体験者に支援が行き渡る点で異論はない。だが「被爆者並み」というなら、なぜ被爆者と認めず線を引き続けるのか。岸田氏が長崎原爆の日に体験者へ約束した「合理的な解決」とは到底胸を張れまい。
現行の医療費助成は被爆者援護法の枠外で、被爆体験によるうつ病、不眠症などの精神疾患とその合併症や、胃がんなど7種類のがんが対象。申請時や毎年1回の精神科受診を必要としている。対象は約6300人とされる。
救済策は精神疾患の条件をなくし、遺伝性や先天性の疾患などを除く全ての疾病を助成の対象とする。被爆者と同じく医療費の窓口負担はなくなるが、特定の疾病罹患(りかん)で支給される被爆者向けの手当は対象外だ。
地裁判決は、援護区域外の一部地域に放射性物質を含む「黒い雨」が降ったとの判断を示した。提訴した体験者44人(うち4人死亡)のうち、死亡2人を含む15人を被爆者と認めた。29人の訴えは退けたため、新たな線引きが生じてしまう格好になった。
面会に同席した武見敬三厚生労働相は、「黒い雨」が降ったとの事実認定が先行の最高裁判決とは異なることなどから「援護法の公平な執行は困難で控訴せざるを得ない」との考えを示した。
これには納得できない。「疑わしきは救済」という援護法の趣旨に沿えば、放射線による健康被害を否定できない限り被爆者と認めるのが筋だ。広島高裁が3年前、広島原爆の援護対象区域外で黒い雨を浴びたとされる原告全員を被爆者と認めた判決は、その原点に立ち返ったと言えよう。
菅義偉前首相はこの高裁判決を受け入れて上告せず、同じような条件下にある人を被爆者として救済する方針を示した。被爆地広島が地盤の岸田氏は当時、上告断念を働きかけていたはずだ。
一方で、国は高裁判決が内部被曝(ひばく)の健康影響を広く認めるべきだとした点は受け入れなかった。体験者に援護対象が広がること、そして東京電力福島第1原発事故の被害認定に波及するのを恐れたからではないか。今回の救済策はその姿勢と変わっていない。
武見氏は「高齢の方が多くいるので速やかに対応した」と強調したが、原爆被害は国が起こした戦争でもたらされたことを忘れては困る。
広島と長崎、被爆者と被爆体験者が分断されたままでいいはずがない。退任を控えた岸田氏による全面解決への期待は大きかった。控訴せず、被爆体験者が被爆者かどうか、これ以上争わなくて済む政治判断をすべきだった。