【傍聴記】311子ども甲状腺がん裁判 via ウネリウネら

《あの日は中学校の卒業式でした。

友だちと「これで最後なんだねー」と何気ない会話をして、部活の後輩や友だちとデジカメで写真をたくさん撮りました。そのとき、少し雪が降っていたような気がします。》

 記者は人の話を聞くのが仕事だけれど、こんなに必死になって人の話に耳を傾けたのは、久しぶりかもしれない。プライバシー保護のため、東京地裁103号法廷の中央はパーテーションで仕切られている。その仕切りの奥から、原告の方の声が聞こえてくる。

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午後2時の開廷から約1時間後、原告の1人による意見陳述は始まった。その声が聞こえてきた瞬間、法廷の空気は一変した。先ほどまで余裕ぶった表情で裁判に臨んでいた東電側の弁護士たちが、悄然として原告の声に耳を傾けている。

《甲状腺がんは県民健康調査で見つかりました。この時の記憶は今でも鮮明に覚えています。その日は、新しい服とサンダルを履いて、母の運転で、検査会場に向かいました。》

《私の後に呼ばれた人は、すでに検査が終わっていました。母に「あなただけ時間がかかったね。」と言われ、「もしかして、がんがあるかもね」と冗談めかしながら会場を後にしました。この時はまさか、精密検査が必要になるとは思いませんでした。》

 この原稿を書いている今でも、原告の声音をはっきり思い出せる。やわらかくて、丁寧で。私は福島に住んで2年余り。数は少ないが、同じ年ごろの人たちと話したことがある。その人たちと同じ声をしている。

《医師は甲状腺がんとは言わず、遠回しに「手術が必要」と説明しました。その時、「手術しないと23歳までしか生きられない」と言われたことがショックで今でも忘れられません。》

《大学に入った後、初めての定期検診で再発が見つかって、大学を辞めざるをえませんでした。「治っていなかったんだ」「しかも肺にも転移しているんだ」とてもやりきれない気持ちでした。「治らなかった、悔しい」この気持ちをどこにぶつけていいかわかりませんでした。「今度こそ、あまり長くは生きられないかもしれない」そう思い詰めました。》

 「治らなかった、悔しい」。そう言ったところで、原告の方は少し声をつまらせた。鼻をすするような声も聞こえる。それでも、陳述が止まることはなかった。声がかすれて聞き取れなくなることもなかった。この人は強い、と思った。傍聴席ではもう、みんなボロボロ涙を流していた。

《手術跡について、自殺未遂でもしたのかと心無い言葉を言われたことがあります。自分でも思ってもみなかったことを言われてとてもショックを受けました。手術跡は一生消えません。それからは常に、傷が隠れる服を選ぶようになりました。》

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《一緒に中学や高校を卒業した友だちは、もう大学を卒業し、就職をして、安定した生活を送っています。そんな友だちをどうしても羨望の眼差しでみてしまう。友だちを妬んだりはしたくないのに、そういう感情が生まれてしまうのが辛い》 

 ここのところで、原告の方はもう一度、声を詰まらせた。私は心の中で声援を送ることしかできなかった。

《もとの身体に戻りたい。そう、どんなに願っても、もう戻ることはできません。この裁判を通じて、甲状腺がん患者に対する補償が実現することを願います。》

[…]

原告側の井戸謙一弁護士が立ち上がる。

「裁判長、原告側は6人全員の意見陳述の機会を求めます。きょう陳述を行った原告は6人の代表ではありません。皆さん、ひとり一人置かれた状況はちがいます。そのことを裁判官には早期に分かっていただきたい」

 裁判長は被告側代理人に意見を求めた。東電側の弁護士が慎重に意見を述べる。

「(原告本人の意見陳述よりも)争点の整理が今後必要です。それを優先してほしいという考えではありますが……、意見陳述については裁判長のご判断にお任せします」

 閉廷後の記者会見で、井戸氏はこう話した。

「裁判所は毎回原告の意見陳述をすることには当初から消極的でした。被告代理人も反対でした。今日も明確に『反対』と言うかと思ったら、原告の意見陳述を聞いた直後でしたから、その迫力、うったえる力が大きかったので、被告代理人は『反対』とまでは言えなかったんだと私は受け止めました」

 原告の声が、東電側弁護士の耳にも届いたのか?

 私はそう信じたい。東電側の弁護士も結局は一人の人間である。一人の人間としてこの日の意見陳述を聞けば、心を動かさない者はいないはずだ。そして、この声がもっと多くの人に届けば、裁判を始めてから原告たちが浴びているという全く正当化できない誹謗中傷など生まれる余地がない。私はそう信じている。

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