広島への原爆投下後、放射性物質を含む「黒い雨」に遭った人は被爆者である――。その明快で確定した司法判断に従い、認定作業を急ぐのが政府の責務だ。だが現状をみると、全面救済する意思があるのか、疑念すら抱かざるをえない。
厚生労働省はおととい、被爆者健康手帳を交付する新たな審査指針をつくるとして、広島・長崎の被爆自治体と初会合を開いた。黒い雨をめぐる広島地裁・高裁での集団訴訟で国側が続けて敗訴し、当時の菅首相が上告断念を決めてから4カ月。ようやく協議が始まった。
ところが厚労省は、指針のたたき台すら示さなかった。会合では原告84人について、黒い雨を浴びたことや、がんなど特定の11疾病を発症しているといった共通点を列挙。そのうえで自治体側の意見を聞き、約1時間で会議は終わった。
菅前首相は上告断念の際、原告と「同じような事情」にある人は救済できるよう早急に対応を検討すると表明した。原告の共通点を示したことについて、厚労省は「指針の原案ではない」と言うが、対象を限ろうとする姿勢が透けて見える。
政府も受け入れた今年7月の広島高裁判決を、いま一度、思い起こすべきだ。
一審・広島地裁に続いて原告全員を被爆者と認めた高裁判決は、推定が困難な降雨地域の地理的な線引きによらず、個々の黒い雨体験に照らして、放射能による健康被害を否定できなければ被爆者にあたると判断。特定11疾病の発症を前提とした一審判決から、さらに条件を緩めた。この基準に沿い、疾病の有無などにこだわらず救済を急ぐのが当然の対応である。
判決確定後、原告は広島県・市による審査をへて全員が被爆者と認定され、手帳を受け取った。いずれも「原爆放射能の影響を受けるような事情にあった者」という以前からの認定要件の一つにあてはまるとされ、医療費免除などの援護を受けられることになった。
広島県・市にはすでに計1100件を超える申請が寄せられている。平均年齢が80歳を超えるであろう人たちだけに、一刻の猶予もないと心して、原告と同様に認定を進めるべきだ。「今年度中に新指針をまとめ、来年度からの運用をめざす」という厚労省の方針では遅い。
長崎の原爆をめぐっても、被爆の影響が及んだ範囲は同様に判然とせず、放射性物質を含む灰を浴びたなどと訴える人たちが多くいる。あわせて救済策を打ち出さねばならない。