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ローマ教皇「未来世代への責任に気付かねば」~原発被災者と面会via OurPlanet-TV

日本を訪れているローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は25日、東日本大震災の被災者と都内で交流し、犠牲者やその遺族に祈りをささげた。また、東京電力福島第一原子力発電所の事故に触れ、「私たちには、未来の世代に対して大きな責任があることに気付かなければいけない」と原発政策を批判した。

交流会では、津波被害者と原発事故被害者2人の3人が証言をした。原発事故後、いわき市から東京にした高校2年生の鴨下全生(まつき)さんは、慣れない土地を転々とした避難生活や避難先でいじめに合った苦しみなどを語りました。さらに、放射能汚染についても触れ、「汚染された大地や森が元通りになるには、僕の寿命の何倍もの歳月が必要です。」と、国の政策で被災者の生活が不安定な状況に置かれていると訴えた。

この後、ローマ教皇は「一人では「復興」はできない。」「助け合い頼り合うために一致できるこの国の人々の魂をもってすれば、必ず果たすことができます」と述べ、被災者に祈りをささげた。

さらに原発事故に触れ、「科学的・医学的な懸念に加えて、社会構造を回復するという途方もない作業があるす。地域社会でのつながりが再び築かれ、安全で安定した生活ができるようにならなければ福島の事故は完全には解決されない」とした上で、「私たちには、未来の世代に対して大きな責任があることに気付かなければいけません」と原発政策を批判した。

鴨下全生の発言は以下の通り。
僕は福島県いわき市に生まれました。8歳だった時に、原発事故が起きて、被爆を逃れるために東京に避難しました。でも父は、母に僕らを託して福島に戻りました。父は教師で僕らの他にも守るべき生徒がいたからです。母は僕と3歳の弟を連れて、慣れぬ地を転々としながら、避難を続けました。弟は寂しさで布団の中で泣きました。僕は避難先でいじめにも合い、死にたいと思うほど辛い日々が続きました。やがて父も、心と体がぼろぼろになり、仕事が続けられなくなりました。それでも避難できた僕らは、まだ幸せなのだと思います。

国は避難住宅の提供さえも打ち切りました。僕は必死に残留しているけども、多くの人がやむなく、汚染した土地に帰っていきました。でも、広く東日本一帯に降り注いだ放射性物質は、8年たった今も放射性を放っています。汚染された大地や森が元通りになるには、僕の寿命の何倍もの歳月が必要です。だから、そこで生きていく僕たちに、大人たちは汚染も被曝も、これから起きる被害の可能性も隠さずに伝える責任があると思います。嘘をついたまま、認めないまま、先に死なないで欲しいのです。

原発は国策です。そのため、それを維持したい政府の思惑に沿って、賠償額や避難区域の線引きが決められて、被害者の間に分断が生じました。傷ついた同士が、互いに隣人を憎み合うように仕向けられてしまいました。僕たちの苦しみはとても伝えられません。とても伝え切れません。

だから、どうか共に祈ってください。僕たちが互いの痛みに気づき、再び隣人を愛せるように。残酷な現実であっても、目を背けない勇気が与えられるように。力を持つ人たちに、悔い改めの勇気が与えられるように。皆でこの被害を乗り越えていけるように。そして、僕らの未来から被曝の脅威を無くすために、世界中の人が動き出せるように。どうか共に祈ってください。

動画を見る。

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