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『庶民感覚で本質を突く本紙の時事川柳には、はっとさせられる…』(社説・コラム) via 東京新聞

 庶民感覚で本質を突く本紙の時事川柳には、はっとさせられることが多い。<専門家こんなにいたのに事故起こる><原発を薦めたタレント知らん顔>。その通り、と膝を打った▼<マスメディア原発後押し一休み>。「原発ルネサンス」などと浮ついた言葉を吐いて、政府が進めてきた原子力政策に無批判だった新聞やテレビへの痛烈な批判と受け止めた▼いま、こんなことを考えている。殺人や汚職事件の取材にかける百分の一の労力を、政局の取材に使う百分の一の知恵を、プロ野球や五輪、サッカーのワールドカップの取材に向ける百分の一の情熱を、国の原発政策の監視に注いでいれば、この人災は防げたのではないか、と▼ 大地震が起きた場合、原発が暴走する危険性を指摘するなど、原発問題と真摯(しんし)に向き合っている記者は本紙にもいた。残念ながらその警告は大きな流れにはならず、大半の記者は目の前の事象を追うのに精いっぱいで原発の危険性に大きな関心を寄せなかった▼高レベル放射能に汚染された大量の水が海に排出され、漁業への被害も深刻化している。暴走する福島第一原発は解決の道筋が描けない迷宮に入り込んでしまったかのようだ▼マスメディアとして、原発の「安全神話」をつくることに加担した責任を自らの手で問い直さなくてはならない。新聞の再生はそこから始まるのだと思う。 『庶民感覚で本質を突く本紙の時事川柳には、はっとさせられる…』

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『核被爆の現状 原発労働者の被曝死 チェルノブイリ汚染の現状』 on ノーニュークス・アジアフォーラム

司会(河田)  それでは今日の午前中のセッションの最後になりますが、慶応大学の藤田祐幸さんにお願いします。藤田さんはチェルノブイリの被災地を何度も訪問して調査されています。また最近では日本の浜岡原子力発電所の労働者の被曝問題について、詳しい分析をされています。今日はそのお話になるかと思います。 藤田祐幸(日本)  こんにちは、藤田でございます。まずはじめに、ここにチェルノブイリの汚染地図があります。これは私たちが現地を訪問して入手した資料で作成したものです。この地図はおそらく世界中でも、日本の市民運動だけが作成したものですが、海外の代表のみなさまにぜひさしあげたいと思います。チェルノブイリの現実を知るために、各国でこうした資料を利用していただきたいと思います。  こういう場所に出てアジアのみなさんの前に立つということには、私にはいささかのためらいがあります。日本はかつてアジア諸国を侵略し、目を覆いたくなるような残虐行為を働き、そして極めて恥ずべき非人道的な行為をくり返してきました。しかしこの国の政府は、いまもなお過去の犯罪を認めようともせず、謝罪もしておりません。さらに現在、経済大国となったこの日本は、再びアジア諸国を経済的に支配し、自然環境を破壊し、そしてプルトニウムを過剰に備蓄することで、アジアに新たな緊張をもたらそうとしています。そのうえに、カンボジアに自衛隊を派遣し、さらに原発の輸出まで行なおうとしています。こういう問題を解決すべきなのは、本来、私たち日本の民衆の仕事でありまして、ここにお集まりのアジアのみなさまの仕事ではないと思います。そういう恥ずべき国の国民のひとりとして、アジアのみなさまの前に立つということにいささかのためらいがあるのです。  いま、私たち日本の民衆がなさねばならない極めて多くのことを、私たち日本の民衆の力不足のためにいまだその責任を果たしていないことを、率直にみなさまの前に述べなければならないことを極めて残念に思います。そうしたうえで、国境を越えた地球市民のひとりとして、私の体験してきたいくつかの問題についての報告をさせていただきたいと思います。これからお話しすることは、この半世紀、人類が犯してきた過ちのひとつの結末であります。この過ちを、再びアジアのいろいろな国でくり返すことのないように、心から願って報告させていただきます。 続きは『核被爆の現状 原発労働者の被曝死 チェルノブイリ汚染の現状』から。

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『反射鏡:「神話」に支えられた「現実主義」のワナ=論説委員・岸本正人』 via 毎日jp

 原子核を中心にして四つの電子が太陽の周りを回る惑星のように描かれた「原子模型」を、「オリーブの枝」が左右から包み込む--原発など原子力の平和利用を促進し、軍事転用に目を光らせ、「核の番人」とも呼ばれる国際原子力機関(IAEA)の旗のデザインである。  オリーブは平和の象徴だ。同じ図案の「オリーブの枝」は国連旗などにもある。が、IAEA旗のそれは、原子模型を「閉じ込める」ようにデザインされている、と映ってしまう。きっと、福島第1原発の事故で、核燃料棒を水で冷やしつつ「閉じ込め」、燃料棒に由来する放射性物質を「閉じ込める」重要性が繰り返し強調され、頭にこびりついているからに違いない。  地震と津波による東日本大震災、二重の大難に原発事故が重なった。「人災」とも指摘される原発事故が政府の震災対応の足を引っ張り、「原発避難」を強いられた住民は、故郷に帰る希望を見いだしかねている。明日、「3・11」から1カ月となる。  「閉じ込める」。これが放射能被害を回避する唯一の最終的な方法であることに、原発と安全の矛盾が凝縮されている。  放射性物質そのものを人の手で無害にすることはできない。安全を確保するには、十分な距離をとる以外、放射性物質を「閉じ込める」しかない。  原発を運転すれば放射性廃棄物が出る。低レベル放射性廃棄物はセメントなどで固め、埋設処分される。その土地が農地などに利用できるのは300年後という。高レベルの廃棄物はガラスと混ぜて固め、冷却のため数十年保管された後、300メートル以上深い地層に埋設される。  セメントで、ガラスで、最後は地中深く、「閉じ込める」しか廃棄物の処分方法がないという事実は、原発が「最終的かつ完全にはコントロールできないエネルギー」を取り扱っていることを象徴している。  「3・11」以前、日本の原発には「安全神話」があった。米国・スリーマイル島原発事故、旧ソ連・チェルノブイリ原発事故後も、日本の高い技術力が神話を支え続けた。そして、神話は、統御できないエネルギーを完全にコントロールできているかのような幻想を生んだ。  政府の原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長はかつて「(トラブルの可能性を)全部組み合わせていけば、モノ(原発など)なんて絶対つくれない。だからどっかで割り切るんです」と語ったことがある。驚くべき発言だが、原発の安全が神話に過ぎないことの吐露ではある。  原発の危機をあぶり出すものは地震、津波だけではない。ヒューマンエラーも、テロもある。第二の福島第1原発はありえないと断言できる者は、いない。  原発の安全をめぐる論争は不幸な歴史を持つ。政治的争点という色彩を濃く帯びたテーマとして扱われてきたからだ。  日本の発電電力量全体に占める原子力発電の割合は、1970年代後半から90年代前半にかけて飛躍的に増えた。95年度に34%、2000年度は34・3%となった。09年度は29・3%を占める。原発の比重が増大するのに伴い、原発抜きの日本経済、国民生活は考えられなくなった。  「3割の電力を失えば日本経済は立ち行かなくなる」「原発の電力なしで国民生活を維持できるのか」--これら、「反原発」を批判する「現実主義」の主張に反論するのは、誰しも容易でない。現状を肯定する現実主義が是とされ、反原発の主張はもちろん、原発の安全性を問題視する議論さえも「非現実的」と社会の片隅に追いやられた。  「非現実的」な主張を唱える者に対しては、「左翼」「反体制」などのレッテル貼りも行われた。これが、原発の安全論争そのものを萎縮させてしまった面は、否定できない。  こうして、現実主義が、実は神話に支えられているという根本的矛盾は、社会の大方から忘れ去られてしまった。安全について思考を停止したまま、「現実」に逃げ込んだ。そこに、ワナがあった。  今、原発について多くを語ってこなかった知識人の間でも原発への懐疑が広がっている。  加藤陽子・東京大教授は、毎日新聞のコラム「時代の風」(3月26日)で、大岡昇平が戦争と軍部の暴走を許容していた自分と、そのことへの「反省」を前提として文章を書き続ける考えを表明した言葉を引き、そこに「原発を『許容していた』私」を重ね合わせた。  大岡にならった加藤氏の自戒を共有したい。原発を推進、容認してきた政治家とともに。 『反射鏡:「神話」に支えられた「現実主義」のワナ=論説委員・岸本正人』

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『『核の安全』を日本はどのように学び覚えたのか――否認の政治』 on JapanFocus

学びにはいろいろな方法があるけれども、体験はとりわけ実りある教育をする教師である。現在、原子力がいかに危険でありうるのかを学んでいる日本人を例に考えてみよう。 日本にいる人びとが、核兵器による破滅的な体験もしていることは言うまでもない。これは、1945年に米国政府が原爆で広島と長崎を破壊したときだけではない。1954年の米国の水爆実験が、第五福竜丸という日本漁船に人の命にかかわるような放射性降下物を浴びせた時もそうだ、この事件で死者が出て、広範な核兵器廃絶運動が始まったのである。 第五福竜丸事件は、次のような米国の水爆実験の過程でおきた。1954年3月、米国原子力委員会(AEC)は最初の水爆実験を行った。AECが設定した危険区域は、ビキニ環礁(マーシャル諸島にあるこの実験地を米国は国連「信託統治領」として支配していた)を中心に、ニューイングランドとほぼ同じ広さの5万平方マイルに亘るものであった。しかし、予想に反して、実際の爆発は予想の二倍以上の威力であり、膨大な量の放射性物質を大気中に放出した。この放射性降下物から出る多量の放射線が、米国政府の設定した危険地帯の外側にあるマーシャル諸島に降り注ぐと、米国政府はまず米国の気象観測要員を退避させ、幾日もたってからマーシャル諸島の数百の島民を避難させた。島民たちは、白血球減少や放射線皮膚損傷、皮下出血、頭髪の脱毛を発症した。これらの島民の多くが、甲状腺ガンや白血病を含む被曝に関連する病気で命を落としていった。 続きは『『核の安全』を日本はどのように学び覚えたのか――否認の政治』から。

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『原発、どう考えますか』 on aサロン(記者ブログ)きぼうジャーナル by 小此木潔

「危ないから止めるしかないじゃないか」「とんでもない、原発は必要だ。電力不足がひどくなってもいいのか」「それに、二酸化炭素を出さない原発は地球温暖化対策に欠かせない」…こんな論争が世界を舞台に続くことになるのではないでしょうか。 数学のように「正解はこれだ」というものがあるようでもなく、要はそれぞれの国民が、あるいは世界の人々が事実や経験をもとに政策論争を通じて選ぶべきものであると、私は思います。もちろん、北朝鮮などと違って曲がりなりにも民主主義の国であれば、の話ですが。(共産党独裁の中国ですら原発政策の見直しに動いていることを注視したいところです) 実際、私たちは自民党政権を通じて、これまでのところ「原発との共存」を多数決によって選んできたともいえます。むろんこの問題で国民投票をやったことはありませんが。 大いに議論を深めるうえで、過去の世論調査なども参考にしたいものです。 古い話ですが、チェルノブイリ原発事故の後の1986年8月の朝日新聞世論調査では、それまで「原発推進」について賛成が反対を上回っていたのが、初めて賛否が逆転しました。原発の推進に賛成する人が34%、反対が41%で、53年から同じ質問文で始まった朝日の調査で初めて、反対が賛成を上回ったのでした。 また、日本の原発でも大事故が起きる、との不安を7割近くの人が感じ、原発は安全なものにできるというより、人の手に負えない危険性があるという見方が強かった、と当時の記事は書いています。 これからのエネルギー源として、原発を推進することの賛否を聞く朝日調査の質問は、53年12月以来、86年が7回目。石油の代替エネルギー問題が緊急課題となったこともあってか、賛成が反対を上回っていました。米国スリーマイル島の原発事故の後で行った54年6月の調査でも、賛成が50%で、反対は29%でした。 ところがチェルノブイリ後では、女性の変化が目立ち、賛成23%に対し、反対はその倍の48%にのぼったのでした。原発事故について、原子力関係者の見方は「わが国では起こりえない事故だ」というのが一般的でしたが、国民の側からみると、日本の原発でも大事故が起きるという不安を感じている人は67%でかなり多いことが示されていました。 原発の安全性でも、国民の見方はチェルノブイリ後、厳しくなりました。「今後、技術と管理しだいで安全なものにできる」と思う人は、54年6月調査の52%から86年は37%に減り、逆に「人の手には負えない危険性がある」が33%から47%に増加しました。男女とも、安全性に疑問を持つ人が増えたのですが、男性の5割は86年ではまだ、「安全派」でした。 続きは『原発、どう考えますか』から。

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