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原発ADR:和解案8割、半額以下…「一律基準」裏付けvia 毎日新聞

 東京電力福島第1原発事故の賠償問題を裁判外で解決する手続き(原発ADR)を担当する「原子力損害賠償紛争解決センター」が、避難後に死亡した人の慰謝料に関して示した約120件の和解案のうち80%超で、「原発事故の影響の度合い」を5割以下と算定していることがセンターへの取材で分かった。避難後の自殺に関し約4900万円の賠償を命じた先月26日の福島地裁判決は「8割」と認定しており、原発ADRで慰謝料が低く抑えられている実態が裏付けられた。【高島博之】 …] センター側は基準額についても、交通事故の賠償額より数百万円低い2000万円未満に設定している。このため、和解案額の平均は数百万円にとどまるとみられる。  死亡慰謝料算定を巡っては、内部文書の存在が既に明らかになっている。文書は因果関係が相当に認められる場合「一律5割」、5割の判断に無理がある場合「例外的に1割」などと記載しており、これに沿った判断が積み重ねられているとみられる。  一方、避難中に自殺した女性(当時58歳)の遺族が起こした損害賠償訴訟で、福島地裁は強いストレスを重視した。原発事故の影響の度合いを8割と認定して、東電に約4900万円の賠償を命じた。 もっと読む。

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被爆者のトラウマ世界に伝えて 東繁春さん via msn産経ニュース

米国ロサンゼルスで「カルチュラル・ニュース」というタブロイド判の月刊紙を主宰し、日本文化情報を発信している広島県出身者がいる。ジャーナリス ト東繁春さん(60)。16年間、現地の人に日本人の心を伝える活動を続けてきた。米国生活が30年を越す東さんの目に、戦後69年の日本はどう映るの か。(聞き手 松前陽子) -広島出身在米者としての平和観は 私は昭和29年に呉市で生まれ、大学の途中まで呉市で過ごし ました。日本で教えられてきたことは、戦争は絶対悪であり、戦争をしてはいけない、ということでした。しかし、昭和56年、27歳でロサンゼルスに渡った 時、米国人の戦争・平和観は日本で教わったこととは全く違っていました。米国人は「よい戦争と悪い戦争」という考え方を持ち、日本と戦った第2次世界大戦 はよい戦争というのが常識でした。 -戦後69年の日本の「平和」をどう考えますか 「日本が平和であった」という考え自体が大きな誤りで、69年間日本人は一貫して、間違った考えをしていると思います。確かに昭和20年以降の日本は戦争をしていませんし、自衛隊も戦闘に参加していません。しかし、戦後日本の繁栄は朝鮮戦争特需や冷戦によるもので、この経 済成長は人材や資本を国防に集中させたい米国が、日本には車や電気製品といった民生品の生産を分担させ、輸出させた結果です。他国の戦闘で繁栄したのに、 自国が戦場でなければ平和という考え方で平和を訴えても、世界に対する説得力はありません。 (略) 私は広島市内で暮らしたことがありますし、今も広島に友人・知人がいます。その経験から言えば、広島では、被爆体験から世界政治を考え、進行中の戦争情報を集めて行動する人は多くはありません。 ただ、家族や親類に被爆者がいる人は大半で、その被爆体験は詳しく語ってくれます。彼らの大半は被爆という巨大なトラウマを抱えていますが、ほとんど語っ ていません。その個人的な体験こそ、世界が一番聞きたい話であり、日本が米国の核抑止力の下にあっても、世界で一番届くメッセージでもあります。 米国では年間8千人の退役軍人が自殺し、戦闘での死者数を上回っています。切実に平和を願っている人の中には退役軍人自殺者の家族もいます。世界にはベトナムのナパーム弾やカンボジアの地雷、クラスター爆弾などの被害者もいます。彼らと被爆者遺族には共通点が多い。 ですから、8月6日の平和記念式典を、世界中で続く戦争の被害者と日本の被爆者、そして被爆体験継承者が交流する場にすればよいのではないでしょうか。 カルチュラル・ニュースのURLは、www.culturalnews.com。 全文は被爆者のトラウマ世界に伝えて 東繁春さん

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福島の苦悩 インドも 第一と同型 タラプール 元原発技官が映画化 via 東京新聞

 福島第一原発と同じ型では世界で最も古いインドのタラプール原発。その地元の村で暮らす人々の健康被害や貧困を描いた短編映画「ハイ・パワー 大 いなる力」が八月一、二日、東京都内で上映される。来日した元原子力エンジニアのプラディープ・インドゥルカー監督(50)は「フクシマを経験した日本の 皆さんに、現実を知ってもらいたい」と訴える。 (原尚子)  「国はわれわれをだました。仕事をやる、施設を造ると言ったのに、何も実現していない」。村の女性が険しい顔で訴える。一九六四年の建設当時、原発は「大いなる力」と熱狂的に迎えられた。しかし今、村人たちはカメラに向かって不満をぶちまける。  「約束のインフラが整備されなかった」「村では不漁や不作が続く」「がんや流産も増加している」。インドゥルカー監督は「メディアは沈黙し、インターネット環境も整わない村では(放射線測定器の)ガイガーカウンターも知らない」と嘆く。 (略)  タラプール原発は、インド西部の大都市ムンバイから北へ約百キロの村に建設された。1、2号機は福島第一原発と同じ米ゼネラル・エレクトリック社製で、同じ型では世界最古。インドにある原発の中でも最も古く、現在も使われている。  監督は八三年から十二年間、インド最大の原子力研究機関「バーバ原子力研究センター」に勤務した。アレルギー症状や神経痛などを感じて退職。体調 不良や仲間の自殺などが重なり、二〇〇九年から反原発運動に関わる。タラプール村には〇九年末から通い始め、一〇年十二月から三カ月ほどかけて撮影したと いう。  安倍政権はインドへの原発輸出に向け、日印原子力協定の締結を目指している。インドゥルカー監督は「それが意味することを考え、世界的な反核の動きにつなげたい」と話している。  映画は二十七分。八月一日午後二時から渋谷区の津田塾大千駄ケ谷キャンパスと、二日午後五時から台東区谷中三の一七の一一の「谷中の家」で。津田 塾大は五百円。谷中の家は申し込みが必要で上映とトークが千円、交流会が五百円。問い合わせは萩谷海さん=電090(4026)5974=へ。 全文は福島の苦悩 インドも 第一と同型 タラプール 元原発技官が映画化

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「脱原発」訴え都内で5500人規模の集会――「川内原発を再稼働させるな!」via BLOGOS

(抜粋) 鎌田慧氏(ルポライター)は冒頭、「川内原発が秋にも稼働されようとしている。しかし今夏は原発稼働ゼロ。これは脱原発を求める市民の力の成果だ」と挨拶。 次いで、伊東達也氏(原発をなくす全国連絡会)は東電原発事故の影響に喘ぐ福島の窮状について、「川内原発の再稼働を巡る状況が緊迫しているが、そ の一方で福島は今も苦しみの中にある」と訴えた。「避難生活を送る人の6割が心身の不調を訴え、自殺者は54人、仮設住宅で孤独死した人は34人。ある町 では職員の内15%がうつと診断されている。震災関連死は1729人に達した。原発から流れ出る汚染水は際限がなく、収束作業に当たる原発労働者には危険 手当も出ない」(伊東氏)。 ミサオ・レッドウルフ氏(首都圏反原発連合)は、「東電原発事故を『福島』という言葉で括ることが風評被害を生んでいる」とした上で、「汚染には地域差があり、関東にも及んでいることを踏まえれば、事故に対して一人ひとりが当事者性を持つ必要がある」と提起。 内橋克人氏(経済評論家)は「集団的自衛権の閣議決定が目前に迫っている。支配層が自衛を口実に核武装を求めているのは明らか。原発は電力需要のためではなく、プルトニウムを作るために動かされる」と警鐘を鳴らした。 安倍内閣が原発維持に向けた政策の地ならしを矢継ぎ早に進める中、関西電力大飯原発の運転差し止めを命じた福井地裁判決は、政府の原発推進姿勢に対 する楔となった。海渡雄一弁護士は「判決文では、原発の危険性は東電原発事故で明らかとなったとし、この判断を回避することは裁判所の責務を放棄すること だ、としている」と切り出し、「原発はすでに5回も基準地震動を上回る地震の揺れに見舞われており、そうした現実を無視してきたことが東電原発事故を招い た。テクニカルな科学論争に分け入らず、国の判断の誤りを指摘した今回の判決は論理的かつ科学的だ」と、意義を強調した。 「人格権よりも経済活動が劣位にあることを明記し、国民が暮らす豊かな国土が失われたことこそが国富の喪失だとしたこの判決を、今後の裁判でも守りたい。福井地裁判決を、日本の司法の揺るがぬ立脚点にしたい」(海渡氏) 【避難計画も未整備】 野呂正和氏(川内原発増設反対鹿児島県共闘会議)は、「避難計画には実効性があるのか」と疑問を投げ、「県知事と県議会議員に公開質問状で質した ら、自民党と公明党が会派ぐるみで『わからない』と答えた。原発から半径30キロメートル圏内には避難場所しか用意されず、食料の準備やスクリーニング検 査、避難用のバスの手配などすべてが県任せ」と述べ、避難計画が整っていないことを暴露した。 「原発事故から3年余りが過ぎ、健康被害は風評に言い換えられた。しかし現実には90人の子どもに甲状腺がんの疑いやがんが生じている。被曝の放置 こそ福島への差別。政府は避難と保養の取り組みを進めてほしい」と訴えたのは、「原発いらない福島の女たち」の人見やよい氏。「国や東電は、口では福島に 寄り添うと言うけれども、本当に寄り添ってくれたのは福井地裁判決。何度も読み返して涙があふれた」と語る。 全文は「脱原発」訴え都内で5500人規模の集会――「川内原発を再稼働させるな!」 関連記事: 川内原発前で僧侶ら祈り 脱原発訴え全国行脚中 via 朝日新聞 一行は3月から原発が立地する全国の自治体を巡ってきた。もともと16日に薩摩川内を訪れる予定で、審査書案公表の日に当たったのは偶然だという。責任者の矢向(やこう)由季さん(38)は「原発がなく、平和で人間らしく生きられる社会になってほしい」と話した。 川内原発建設反対連絡協議会など脱原発を訴える団体は16日午後、規制委の田中俊一委員長あての抗議文を、同市内の現地事務所に提出する。協議会の鳥原良子会長(65)は「要援護者の避難計画はできておらず、使用済み核燃料をどうするかも決まっていない中での再稼働は許されない」と話す。 九電が川内原発で起こりうるとした最大の基準地震動は620ガル。規制委もそれを妥当としたことに、鳥原さんは「楽観的だ。より大きな地震が起こる可能性は否めない。敷地近くに過去の噴火による火砕流の跡もあり、再び起こらないとは言えない」と訴える。 市民の中には、本人や家族が原発関連の仕事をする人も多く、表だって再稼働反対を言いづらい雰囲気があると感じる。それでも「市民も、福島で汚染水対策や除染が難航しているのをよく知っている。世の中の見方は少しずつ変わってきていると思います」と語った。

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原発賠償半額:解説 裁判外手続き ルール東京電力寄りに via 毎日新聞

東京電力福島第1原発事故の賠償問題を裁判外で解決する手続き(原発ADR)を担当する「原子力損害賠償紛争解決センター」が、避難中に死亡した人の遺族に支払う慰謝料を低く抑え込んでいることが分かった。死に至ったいくつかの要因のうち、原発事故の与えた影響の度合いである「寄与度」をほぼ一律に「50%」と決め、ほとんどのケースで半額にしていた。 […] 迅速化する手段の一つが「一律50%」とする寄与度の設定だ。ただ、寄与度の適用を巡って、司法は慎重な姿勢を示してきた。過重労働でうつ病を発症し、1991年に自殺した男性の両親が賠償を求めた「電通事件」で、東京高裁は「うつ病になりやすい性格も寄与している」などと30%減額したが、最高裁は判断を覆した。渡辺達徳・東北大教授(民法)は「加害者は被害者側の要因にかかわらず、賠償するのが大原則。減額はあくまで例外だ。減額する際は慎重な判断が必要で、目安とはいえ、センターが一律の割合を示していることに違和感を感じる」と語る。  ADRを巡っては、センター側が福島県浪江町の住民に、国の定めた基準を上回る賠償額を提示したり、東電社員の被災者にも住民同様の賠償をするよう迫ったりするなど、被害者側に立った事例もある。しかし、今回判明した「50%ルール」は、東電の受け入れやすい条件によって迅速化を目指すものだ。経済産業省幹部は「原発再稼働の前提として、円滑な賠償は欠かせない」と話すが、公正さを無視した解決は許されない。【高島博之、小林直】 もっと読む。

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福島をどう描くか:第3回 「はじまりのはる」 端野洋子さん via 毎日新聞

2巻でも震災、原発事故を設定に取り入れ、原木シイタケ農家の長男、研一を主人公に据えた。原発事故の放射性物質でシイタケ栽培が打撃を受け、実家が廃業を余儀なくされる中、「理系で科学好きだが、人の心の機微にうとい男子高校生」(端野さん)の研一が自分たちの世代で故郷を再生させることを誓い、奔走する姿を多くの取材を基に正面から描ききった。作品は雑誌連載時から大きな話題を呼んだ。  1、2巻とも「身近なもの」が物語の軸になっているという。端野さんは福島県在住であっても震災後の福島を描くことに「覚悟が必要だった」と語る。 […] ◇「描いている本人が何もせず、きれい事を描いても何も伝わらない」  −−純が骨髄バンクの登録を決めるというシーンも描いていますね。自分たちができることをやるという姿勢を感じます。  ◆「いちえふ 福島第一原子力発電所労働記」(講談社)の竜田(一人)先生が福島で働いたのと同じような気持ちです。「大変だ、大変だ」と言うだけではなく、「じゃあ、あなたは何ができるの」という提案をしたかった。「子供の白血病が増えるかもしれない。心配だ」と言うなら「あなたが骨髄バンクに登録すればいいべや」と。骨髄バンクに登録すれば、白血病患者に移植する道が切り開けるというのは私自身が体験的に知っている事実です。登録者が増えることで、患者が治る可能性は増えます。 […] ◇「これ以上、寿命でもない人が無駄に死なないなら後は何でもいい」  −−2巻の冒頭では原木シイタケ農家である主人公・研一の父が原発事故でシイタケ栽培を断念せざるを得なくなり、思い詰める様子が描かれています。  ◆それぞれのお宅の事情については詳しく申し上げられませんが、あの時期に精神的にいろんなものを抱えて、亡くなった方もいます。見せ方は考えましたが、「みんながくじけずに頑張っている」だけでは状況は伝わらないと思いました。「こんなことを描いて、当事者はどう思うか」という感想も頂きましたが、特に2巻は私自身が経験したか、直接見聞きした話を中心に、シイタケ農家に取材もしています。原木シイタケ自体、家庭で幼少期から酪農以上に身近な存在でもありました。私の家は畑の裏に熊が出てくるような場所にありますし、父は西郷の林の恵みで生計を立ててきました。震災後は汚染された山中で仕事が行き詰まり、東電との損害賠償交渉に参加していました。  漫画の取材で東電と原木シイタケ農家の賠償交渉にも行きましたが、事故後、まだ初期だったので東電の担当者に対し、農家が怒りをぶちまけるという構図で、かなり緊迫していたことを鮮明に覚えています。  そんな状況の中、父が震災後、ぽつりと漏らしたのが「こんな状況でも俺が自殺しないのは死ぬ度胸が無いからだ」という言葉でした。 […] −−今後の展開が気になります。  ◆福島を舞台にした以上、知り合いが読んでいることがあります。せっかく単行本にするなら、何十年たっても妥当性がある漫画にしようと決めていました。まずは2巻までで自分がこの間、調べたこと、経験したことは出しました。  今は次に向けて取材をしたり、勉強をやり直したりしている期間ですね。描きたい話はありますが、分からないことも多いのです。シイタケ農家の話もあと3年くらい知見を積み重ねたら、描かないといけないと思うネタはたまっています。できれば成長した研一の姿を描きたいのですが……。  たぶん、研一はこの調子なら大学でものすごく勉強して、勢いで他の放射性物質による災害があった地域までキノコを調べに突っ走ると思います。こいつを調べに行かせてあげられるかどうかは私次第です。何とか、今後の可能性や方向を少しでも伝えられる作品に仕上げたいと思います。 もっと読む。

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メディアリテラシーを磨く最適のテキストか? “次世代原発”という甘い果実『パンドラの約束』 via 日刊サイゾー

小泉元総理が“脱原発”を訴えるようになったのは、ドキュメンタリー映画『100,000年後の安全』(10)がNHKで放映されたのを観たことが きっかけだ。その後、小泉元総理は『100,000年後の安全』の舞台となったフィンランドの核廃棄物最終処理場「オンカロ」を視察。核廃棄物の処理が日 本では不可能なことを実感し、“原発ゼロ”を主張するに至った。この国の首相経験者を方向転換させてしまうほどの影響力を、『100,000年後の安全』 という一本のドキュメンタリー映画は持っていた。では、小泉元総理はこちらのドキュメンタリー映画を観たら、どのようなリアクションを見せるのだろうか。 『パンドラの約束』なる、反原発派にとって厄介な作品が公開される。これまで環境保護の立場から原発に反対していた米国や英国の識者たちが、最近になって 次々と“原発推進派”に転じていることを『パンドラの約束』は伝える。2013年に米国のサンダンス映画祭で上映された際に、事前調査では観客の75%が 原発反対だったのが上映後には約8割が原発賛成に変わったという。 『パンドラの約束』を撮ったのは、英国出身、NY在住のロバート・ストーン監督。初めて撮った反核映画『Radio BIKINI』が1987年にアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされるなど“反原子力”の立場で映画を撮り続けてきた。ところが地球環境 保全の重要さを訴えた『Earth Days』(09)を制作するうちに考え方が一変する。このまま原発に反対し火力発電に依存したままだと、地球は温暖化によって近いうちに破滅してしま う。地球を温暖化から守るためには、CO2を排出しない原発しかない。風力発電や太陽光発電は当てにならない。というのがストーン監督の論旨だ。福島の悲 惨な状況を日々見ている日本人の多くから「おいおい、ちょっと待てよ」という声が聞こえてきそうだが、ここはもう少しストーン監督の考えを聞いてみよう。 (略) 月刊誌「WEDGE」(ウェッジ社)の2013年9月号にロバート・ストーン監督のインタビューが掲載されている。気になった箇所を抜粋してみよう。 「我々はおよそ50年の間、商業用の原子力を保持してきました。その間に、世界では3回の原子力事故が起こりました。スリーマイル島、チェルノブイ リと福島です。国連の最も信頼できる科学的見識によると、人の死や放射能による発病が起こったとされている唯一の事故はチェルノブイリです」 「化石燃料による汚染によって、毎年300万人が亡くなっていると推定されています。毎年です。それに比べ、商業用の原子力による死者として確認さ れているのはたった56人のみであり、そしてその全ては(設計に欠陥のある施設で異常な判断ミスのあった)チェルノブイリで起きたものです」 これはストーン監督の明らかな間違いだ。日本では2004年に福井県美浜原発で蒸気噴出事故が起き、点検中だった作業員5名が亡くなっている。商業 炉ではないが、1997年には茨城県東海村のウラン加工施設「JCO東海事業所」で臨界事故が起き、2名が被曝で亡くなっている。世界初の高速増殖炉であ る福井県敦賀市の「もんじゅ」では事故が相次ぎ、関係者が自殺に追い込まれた。またストーン監督が挙げた犠牲者の数には、今回の福島第一原発事故の復旧作 業に従事していた作業員たちが事故や体調不良を訴えて亡くなったケースや避難生活での関連死は含まれていない。でも、そのことを伝えてもストーン監督は、 化石燃料や地球温暖化がもたらす災いに比べれば、無視できるほどの微々たる数字ではないかと反論するのだろう。原発先進国としてフランスのエネルギー政策 を激賞しているが、フランスでも大なり小なりのトラブルは起きているのではないのか。ストーン監督は原発推進派にとって不都合な部分には言及しない。 原発推進派がどのくらいの認識で自説を主張しているのかを知っておく意味でも、『パンドラの約束』は反原発派も観るべき価値のある作品だといえ る。また、冒頭で小泉元総理が方向転換したことに触れたが、言い換えれば元総理は現職中は核廃棄物の危険性を充分理解していなかったということでもある。 一国の舵取りを任された為政者でも、原発についてその程度の知識しか持ち合わせていなかったのだ。原発賛成派も反対派も、まずは『100,000万年後の 安全』と『パンドラの約束』の2作品を見比べてみたほうがいい。経済効果や環境保護について議論する前に、自分たちが普段当たり前のように使っている電気 がどのような仕組みで作られているのかを、もう少しまともに知っておく必要がある。 『パンドラの約束』は次世代原発によってクリーンなエネルギーが隅々まで行き渡った地球が燦然と光り輝く姿を予想して終わりを告げる。このラスト シーンもそのまま受け入れることはできない。地球上から闇が消えてしまうことが本当に明るい未来なのだろうか。最後の最後まで観る側のメディアリテラシー 力を問い掛けてくる、挑発的な作品である。 (文=長野辰次) 全文はメディアリテラシーを磨く最適のテキストか? “次世代原発”という甘い果実『パンドラの約束』

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市立甲府病院、過剰投与「組織的な問題」 第三者委報告、医師の責任も指摘 via 山梨日々新聞

市立甲府病院が放射性医薬品を 子ども84人に過剰投与していた問題で、甲府市が設置した第三者委員会は30日、「医師の監視体制がないなど組織的な問題があった」とする報告書を宮島雅 展市長に提出した。過剰投与の原因について、放射線部の技師長補佐=2012年3月に自殺=が独断で投与量を決めたことに加え、医師による投与量の指示や 監視がなかった実態を指摘。再発防止に向け、医師や技師らの責任の明確化やチェック体制の強化を強く促した。 続きは市立甲府病院、過剰投与「組織的な問題」 第三者委報告、医師の責任も指摘(要購読)  

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原発事故被害追い記録映画 報道写真家2人が撮影 8日から東中野で上映 via 東京新聞

 東京電力福島第一原発の事故から間もなく三年。福島県飯舘村の村民を追ったドキュメンタリー映画「遺言 原発さえなければ」が、八日から東京都内 で上映される。一般向けの公開は初めて。ともに報道写真家の豊田直巳さんと野田雅也さんが撮影、監督し、高濃度の放射能汚染で故郷を奪われた人々の絶望や 苦悩、そして再起への歩みを記録した。村民の姿は「事故はまだ終わっていない」と訴えかけてくる。 (加藤裕治)  「原発さえなければ」「残った酪農家は負けないで頑張ってください」-。映画のタイトルは、自殺した酪農家が小屋の壁に書き残した遺書だ。地元で の酪農をあきらめることになり声を詰まらせる女性。仲間との焼き肉パーティーの席上、あいさつで感情が高ぶり泣き崩れる初老の男性。三時間四十五分の映像 で、ナレーションを交えず次々と現れる光景が事故から三年近く過ぎた村の現状を物語る。 (略) 雨が降り始めると測定器のメーターがぐんぐん上がり、毎時一〇〇マイクロシーベルトを超えた。年間の被ばく許容限度の一ミリシーベルトを十時間で超える値。地震の後片付けをしている村民に「危険です」と声を掛けて回った。そこから飯舘通いが始まった。  二人は一三年四月までの間に二百日以上、放射能汚染で「計画的避難区域」となった村や、村民の避難先を訪ねた。「村民の言葉を記録したい。スチル カメラだけでは現状が伝わらない」とビデオを回した映像は約二百五十時間分に及んだ。撮影を続けるうち、その言葉を大勢に伝えようと映画化を意識するよう になった。  「映画は昨年の四月で撮影を終えたが、飯舘村の問題は何も終わっていない」と豊田さん。野田さんは「事故から三年たっても、原発の再稼働をやめてほしいと願う人が多い。その心を一つにするため、事故の原点を見つめてほしい」と語る。  上映は十四日まで、午後零時二十分からの一回のみ。東京都中野区東中野の「ポレポレ東中野」=電03(3371)0088=で。 全文は 原発事故被害追い記録映画 報道写真家2人が撮影 8日から東中野で上映

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舩橋淳 今は平時でなく、戦時になりつつある〜圧倒的な危機感という視点〜 via ポリタス

都知事選さまざまな論点、パースペクティブがあり、日々議論が尽くされている。それらをだいたい追いながら、私自身がここ2カ月考え続けて最重要だと信じるに至った視点を、その過程とともに辿りたい。 これは前回の都知事選から支持者を変えてまで論陣を張るようになった多くのリベラル派の諸氏と共鳴するところだと思う。 結論から言おう。その視点とは「戦時のごとき圧倒的な危機感」である。 […] 11 【真の争点とは】 都知事選挙の真の争点とは何か。それは、都政を通して、今の国がひっそりとかつ全力で向かっている戦争と原発再稼働に対して、強烈なNOを突きつけ ることである。ご存じの通り、安倍号機関車はちょっとやそっとでは止まらないほど盤石だ。だから、小粒の石ではなく、巨大な岩を投げ込まないと止まりっこ ない。だからこそ一時、多くの知識人が宇都宮=細川陣営の一本化を望んでいたのだ。乱暴な言い方をすれば、巨大な岩を投げ込んで機関車をまず止めて、混乱 している隙に、皆の力で機関車を解体して新たな市民エネルギーの動力車を最後尾にくっつけ、逆方向へと発進させる。そのために投げ込む岩はできるだけ大き くないといけない。 列車が逆方向に走り出しさえすれば、あとは安定した走りを実現できる腕利きの運転士が必要となるだろう。猛スピードの暴走機関車に狙いを定め巨大な 岩を投げつける人間と、着実に安定した走りを実行する人間。言い換えれば、緊急時・戦時のリーダーと、平時・安定期の指導者を見分ける眼力が都民に求めら れているのだ。前者が細川=小泉陣営、後者が宇都宮陣営だと私には思える。 12 【内ゲバから遠く離れて】 先日、金曜の国会前デモに訪れた細川氏、宇都宮氏それぞれにヤジが飛び交った。認めたくないが、脱原発派の亀裂が現れていた。また、小泉氏の首相時 代のイラク派兵支持、規制緩和をあげつらい批判する人間も多くいる。現に私も決して評価していない。しかし、視野狭窄の批判合戦は体制派を利する自殺行為 であることを私たちはもう一度確認するべきだ。ケンカしている場合じゃない。 脱原発も反戦も、この都知事選の後もつづく長く苦しい闘いである。大げさでなく、この国の平和と生命が脅かされている今、内ゲバを大きく包み込んで 一緒の方向に向かって歩んでいこうと励ましあう市民の声が一番求められている。三宅洋平氏が宇都宮陣営にも、細川陣営にも頻繁に通っていると聞く。その意 図は痛いほどよくわかる。 […] 14 【小泉劇場に乗っかる愚?】 2005年郵政民営化において小泉劇場を批判し、いま新たに小泉劇場2014に乗っかることに嫌悪を示す人も少なくない。政策重視で候補者を語るべきであり、政局の流れに左右されるべきでないという人も多い。 しかし、私は敢えて言いたい。その方々はこの国がもう「戦時」になりつつある危機感が不足しているのではないか。ファシズムの政権が走り出したら、まったく手の届かないところで、知らぬうちに戦火が切られてしまうという凄まじい恐怖のことだ。 権力のウソを暴くためにその一生を捧げてきた反骨の写真家・福島菊次郎氏が、今はなんと小泉氏を支持するという衝撃の報を一昨日聞いた。小泉劇場を あれだけ痛烈に批判し、攻撃してきた福島氏が翻意するには相当の熟慮があっただろう。彼はそれだけ今の日本の状況に危機意識を持っているのだ。 15 【肉を切らせて骨を断つ闘い】 煽動的な小泉劇場にあえて乗っかるのは批判も覚悟のことで、肉を切らせて骨を断つ決意が迫られる。もし選挙に敗北すれば、「小泉に騙された」とは決して口にしてはならない。我々はいま主体的な意思で、小泉劇場に乗っかるのだ。だからその責任はもちろん我々にある。 その裏には、暴走機関車にできるだけ大きな岩をいま投げつけなければ、取り返しのつかない悲劇が始まるという逼迫した危機感がある。政策原理主義だ けでは勝てない(ほぼ)戦時の局面に我々は立っているのだ。選挙で大きな民意を直接ぶつければ、暴走機関車は脱線するかもしれない。混乱の隙に全力で用意 しておいた政策を整え、逆方向に旋回できるよう勢力を束ねてゆくのだ。 劇場は最大限盛り上がるよう(=投票率を上げ、若者や多くの無関心層に興味を持ってもらうよう)ラッパを吹き鳴らしつつ、裏では全力で持続可能な政 策を議論し、選挙後の市民活動のため分裂を避ける布石を打ってゆくこと。選挙後の本当の闘いに向け手に手を携え、連帯意識を共有してゆくこと。脱原発派 は、大きな目標の為に小異を乗り越えて共に歩んでゆく共同体意識を、選挙期間のいまこそ作り上げてゆかねばならない。 それが、壊死状態から民主主義を蘇生させるための、ギリギリの覚悟だと思う。 肉を切らせて骨を断つ闘いがいよいよ始まった。 … Continue reading

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