吉田元所長、合計被ばく線量は76ミリシーベルト via Alterna

東電原発事故の陣頭指揮に当たり、9日に食道がんで死去した吉田昌郎元所長が、東京電力入社以降に浴びた放射線量の累計はおよそ76ミリシーベルトであることがわかった。東電が10日、明らかにした。

吉田元所長は2011年3月11日の事故発生から同年12月の退任まで、福島第一原発で事故収束に向け現場指揮を執っていた。東電は吉田氏の被ばく 線量について、事故後は外部と内部をあわせて約70ミリシーベルト、入社から事故前までは約6ミリシーベルトと説明。東電は「被ばくにより食道がんを発症 するには少なくとも5年かかるので、事故の被ばくが影響した可能性は極めて低い」としている。

100ミリシーベルト未満の被ばくとがんの発生との関連性は明らかにされていない。

続きは吉田元所長、合計被ばく線量は76ミリシーベルト

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(抜粋)昨年7月に約2日間にわたり吉田氏にインタビューをし、事故当時の現場での対応について、ノンフィクション作品「死の淵を見た男-吉田昌郎と福島第一原発 の五00日」を書いた門田隆将氏は、ブルームバーグの取材に対し「吉田氏は日本を救った男だ」と指摘。「日本を救うという使命を果たした後に余生を楽しむ ことなく亡くなってしまったことは非常に残念」と語った。「非常に求心力のある男で、当時の部下数人にも話を聞いたが、みんな吉田さんとなら一緒に死んで も良いと当時考えていたほどだ」と振り返った。

人が住めない東京

事故当時原子力安全委員会の委員長だった斑目春樹氏は門田氏に吉田氏が対応していなければ、日本は北海道、人の住めない東北・関東、そして西日本に3分割 されるような事態に陥っていたと話したという。命令を無視して注水を続けたりリーダーシップを発揮したりした吉田氏がいなければ、「今、東京は人が住めな いような場所になっていた」と門田氏は述べた。

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