放射線審議会が2018年1月に取りまとめた文書「放射線防護の基本的考え方の整理」原案に、原子力災害における現存被曝状況の参考レベルとして「10ミリシーベルト以下」とする「10ミリ基準」の表記があったことが、OurPlanet-TVの取材でわかった。原子力規制庁の事務局は公表前の原案を内閣府に共有。審議会の審議資料から削除していた。
「放射線防護の基本的考え方」は、放射線防護の基準の統一をはかる目的で、2017年9月に検討を開始したもの。国際放射線防護委員会(ICRP)メンバーでもある甲斐倫明大分県立看護大学教授が原案を執筆した。
[…]
政府は避難指示の基準を20mSvに設定した一方、同年12月には避難指示解除の要件も「年間20mSv」と決定。2014年4月の田村市都路を皮切りに避難指示の解除を進めてきた。
ただ住民の多くは、この「20mSv基準」に反発してきた。というのも、そもそも公衆の被曝上限が年間1mSvであるうえ、チェルノブイリでは、原発事故後5年目に成立した「チェルノブイリ法」で、強制避難地域の基準を年間5mSv、年1〜5mSvを「避難の権利」ゾーンとしていたためだ。またICRPの勧告でも、「現存被曝状況」の参考レベルを「1~20mSvのバンドの下方部分から選択すべき」としているため、年間20mSvは高すぎるとの批判が根強く、1mSvに引き下げるべきだとの声が上がっていた。
さらに問題を複雑にしたのは、政府自らが決めた除染目標だ。年間1mSvという除染目標と20mSvという避難基準との間に大きな幅が生じたため、住民に混乱を与えてきた。福島県内の首長の中には、除染目標を年間5mSvに緩和するよう求める声もあがったが、住民から新たな批判が噴出することを恐れた政府は見直しを断念。「年間1mSv」と「年間20mSv」という2つの基準を維持したまま、現存被曝状況のおける「参考レベル」を曖昧にしてきた。
[…]
100mSv以下の確率的影響については、直線しきい値なし(LNT)モデルが妥当かどうか、避難者らが国を訴えている損害賠償裁判で大きな争点となってきたが、放射線審議会という独立した機関の「考え方」を、規制される側である支援チームが不利になる記載の修正を求め、審議会事務局が応じていたのである。
[…]
政治と科学との関係を研究している藤岡毅大阪経済法科大学 21世紀社会総合研究センター 客員教授の話
放射線障害を防止するために、専門家が議論する審議会の事務局が、福島事故後の避難解除基準値を決めてきた内閣府原子力被災者支援チームに内部文書を送り、行政の意向を反映したとすれば、明らかにおかしく、不当だ。
ただ放射線審議会はそもそも政府や原子力産業に忖度する傾向の強い専門家 を中心に委員が選ばれており、そうした枠組みを作り、委員を選んでいるのが、事務局の官僚であることを考えれば驚きはない。今回の件は、放射線審議会のあり方自身がおかしいことの証左だと感じる。
また政府は福島原発事故後、ICRPの勧告を都合よく解釈し、避難指示や解除の運用を行なってきたが、今回のことで、ICRPをねじ曲げても年20 mSv基準を固定化し自らの政策を正当化するという露骨な姿勢が裏付けられたと言える。
放射線審議会はこの年の4月に法改正し独自の調査・提言能力を有するようになったが、住民を被曝から守ろうという姿勢は薄く、まさに危惧している点が具体的に現れたケースと解釈できる。放射線審議会のあり方を再吟味し、少なくとも被害住民や公衆の立場に立つ専門家を複数名委員に加えるべきだろう。