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<ふくしまの10年・イチエフあの時 続く苦闘編>(3)人海戦術 3号機囲う via 東京新聞

(抜粋)

「高線量のがれきがある建屋上部に行くほど、線量がどんどん上がる。放射線量は低くても二八ミリシーベルト。(被ばくを低減する)タングステン入りベストを着て現場に駆け上がり、ボルトを一個締めて駆け降りるのがやっと。作業は移動を含めて十五分。うち作業ができるのは五分とか。被ばく線量上限は三ミリシーベルトに設定されたが、あっという間に上限に近づく。人海戦術でやるしかなかった」 

作業員の言葉通り、3号機原子炉建屋の放射線量はすさまじかった。使用済み核燃料プールのある五階で毎時五〇〇ミリシーベルト、一階の格納容器搬入口で最大値の四七八〇ミリシーベルトを記録している。別の作業員も「一カ月もたたないうちに人が入れ替わった。毎週のように送別会をしていた」と語る。

 囲いが完成した後、四年がかりで建屋上部のがれきなどが遠隔操縦の重機で丹念に取り除かれた。囲いを土台として使用済み核燃料を取り出す装置が設置された。取り出しは八割近くまで進んだ。

全文は<ふくしまの10年・イチエフあの時 続く苦闘編>(3)人海戦術 3号機囲う

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