文=菅谷仁/編集部
東京電力福島第1原発のタンクに溜まり続けることで、問題となっているトリチウムなどを含む汚染処理水。政府は10月末にも関係閣僚会議を開き、汚染処理水の海洋放出を決める方針だったが、地元の漁業団体の反発などで先送りとなった。
そんな渦中の11月10日、福島県議会避難地域復興・創生等対策特別委員会のメンバーが第1原発に訪問した。その際に、トリチウム水の線量を測定している風景を切り取った写真が物議を醸している。トリチウム水の線量を測定している風景を切り取った写真に関して複数の研究者から「これは誤った測定方法だ」「誤解を招く」との指摘が相次いでいる。
写真で県議らは空間線量などのγ(ガンマ)線を測定する機器を使っている。だが、処理水に含まれるトリチウムはβ(ベータ)線核種であり、この測定器ではもともと放射線量は計測されないからだ。
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「処理水の安全性について、その場にいた全県議が科学的に確認することが出来ました。写真は、処理水の安全性を確認した神山悦子県議(共産党)江花 圭司県議(自民党)です」(原文ママ、以下同)
「江花圭司県議が放射線数値を測る機器を持ち、渡部優生県議(県民連合)、瓜生信一郎県議(県民連合)が処理水ボトルを持っています」
「ちなみに、処理水ボトルの放射線量は、0.12マイクロシーベルト、対比する市販の家庭用ゲルマニウム温浴ボール1.38 マイクロシーベルトでした」
「ちなみに『処理水ボトルの水は飲めるのか?』と聞いたところ、東電の説明では『煮沸すれば飲める』とのことでした。煮沸の理由としては『元々は雨水や地下水であり、このまま飲むと雑菌でお腹を壊す』という説明を受けました。確かに、そりゃそうだ」
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実際問題として、廃炉現場に携わる政府関係者や東電関係者からは「今のような遅々として進まない廃炉作業の現状下で、再び東日本大震災のような大規模災害が発生し、大津波が襲来した場合、前回の原発事故に並ぶ破滅的な結果を招く可能性がある」「タンク増設のリソースを、廃炉に回し事故の元凶である燃料デブリの取り出しに注力しなければ、根本的な二次災害の不安払しょくにはならない」などとの声も聞かれる。処理水をどうするのかは、まさに廃炉の最前線にとって喫緊の課題なのだ。
トリチウムはβ線核種
そうはいっても福島第1原発に貯蔵されているトリチウム水は原子力規制委員会が規制する放射性物質であり、正確な測定と誤りのない情報発信は必要なはずだ。
トリチウムはβ線核種だ。放射線にはα線、β線、γ線の3種類がある。一般的に電磁波であり極めて透過性の高いγ線は厚さ10センチの鉛板でなければ遮蔽するのが難しい。一方、α線は原子核なので紙1枚でも通過できない。β線は電子なのでプラスチック板で遮ることが可能だ。
つまり水面の線量を図るのならまだしも、β線を発しているトリチウム水を、県議会が測定しようとしたようにペットボトルの外側から正確に測定することは難しいのだ。
また、県議会メンバーが測定に利用しているアロカTCS-172シンチレーションサーベイメータは「高感度環境γ線測定器」でありβ線を測るのには適していない。
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「測定器は当方が当日貸し出したものです。ご指摘のように、この測定器はトリチウムのβ線を計測するのは適していません。当方としては、ALPSでセシウムなどのγ線核種がしっかり除去できているということをご理解いただくために、機器を貸し出させていただきました。今回の測定の趣旨は、トリチウム水が周囲に高いγ線を発しているということはなく、周囲のバックグランドと同じ程度の線量であることを示すためのもので、トリチウム水自体の線量を測定するものではないと考えております」
県議会、東電ともにトリチウム水の安全性を強調したかったのだろうが、このアピール方法では誤解や邪推を招く可能性が高いのではないだろうか。いずれにせよ科学的に正確な立証と誤解のない情報発信を重ねない限り、風評被害の払拭は難しいだろう。