Tag Archives: 復興

長渕剛さんが校歌作曲 福島の高校、作詞は柳美里さん via 日本経済新聞

福島県教育委員会は30日までに、県立の小高工業高校(同県南相馬市)と小高商業高校(同)を統合して2017年春に新設する小高産業技術高校(同)の校歌を歌手の長渕剛さんが作曲すると発表した。作詞は15年4月から同市に住む作家、柳美里さんが担当する。 長渕さんは自身の公式サイトに「福島南相馬の復興の足がかりとなるべく、柳美里氏の渾(こん)身の歌詞に乗せて、現在作曲活動に邁(まい)進しています」などとコメントを載せた。 柳さんは東日本大震災後の12年春からパーソナリティーを務める同市のラジオ局の番組にゲストで訪れた小高工の教員と交流を続けているほか、昨年4月の移住後は同校で小論文の講義も担当している。 […]     もっと読む。

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原発事故と向き合う高校生 via NHKおはよう日本

先週金曜日、福島県内の高校生たちが、ある場所を訪れました。 東京電力福島第1原子力発電所です。 原発の事故後、18歳未満の立ち入りが認められたのは初めてのことです。   […] 和久田 「今回、東京電力福島第一原発を訪れたのは、県立福島高校で化学や物理に取り組む『スーパーサイエンス部』という部活の生徒たちです。 震災直後から身近な場所の放射線量を測ったり、風評被害に苦しむ農家から直接話を聞いたりして、原発事故の実態を福島県外や海外の人たちに伝える活動をしてきました。」   […] 東京大学大学院 理学系研究科 早野龍五教授 「廃炉の最終的なところを見届ける世代、特に福島で生まれ育った世代は、それをきちんと見ていく、一番最初のチャンスとして、現場はどうなっているか、君たちの目できちんと見てほしい。」 参加する生徒は本人が希望し、保護者の同意も得た13人です。 […] 小学5年生の時に震災に遭った法井さん。 その後、もとの生活を取り戻すうちに、原発への関心は薄れていました。 それが変わったのは、「スーパーサイエンス部」の活動がきっかけでした。 今年(2016年)5月、法井さんたちは街の中心部にあり、市民に親しまれてきた信夫山を訪れました。 震災直後に、基準を超える放射線量が観測され、山の中にある公園は一時、利用が制限されていました。 法井さんたちは、線量がその後どうなったのか調べました。 「0.254マイクロシーベルト/h。」 集めたデータは、地元の幼稚園で報告しました。 震災以来、中止されていた信夫山への遠足を再開すべきか、保護者たちが迷っていると聞いたからです。 法井さんたちは、自分たちで測った線量を示しながら、専門家の意見も交え、遠足を再開しても大丈夫だと説明しました。 しかし、保護者から飛び出したのは思いがけない質問でした。 保護者 「自分に子どもができたとして、行かせたいと思いますか?」 法井さんにとって、信夫山は特別な場所でした。 毎年春になると、家族や友だちと一緒に登っていました。 それが今も「危ない」という声が根強く残り、遠足が実現しないことに悔しさがこみ上げてきたのです。 […] そんな法井さんが今、心を痛めているのが、横浜で福島から避難してきた中学生がいじめを受けていた問題です。 法井美空さん 「そのニュースを、朝バタバタしている時間に見たが、そのときに思わずテレビの前で立ち止まってしまって、なんか、つらいなと思った。」 福島に向けられた偏見の目。 人の心にいったん染みついた先入観はなかなか変わらないことに戸惑いを感じていました。 いよいよ視察の日。 生徒たちは、さまざまな問題の引き金となった原発の事故現場を直接、その目で確かめて自分たちに何ができるのか考えようとしていました。 発電所の構内は、大半のエリアで放射線量が下がったとして、普段着での視察が認められています。 最低限の対策として、靴に袋をかぶせ、手袋をします。 … Continue reading

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福島第1原発視察、エネルギー館で対応 東京電力、Jヴィレッジから移転via福島民友

東京電力は28日、富岡町の国道6号沿いにある福島第2原発のPR施設「エネルギー館」で、福島第1原発などを視察する団体や報道関係者らの受け入れに対応する業務を開始した。 東電福島復興本社代表の石崎芳行副社長が県庁で開いた会見で発表した。 エネルギー館の一部利用の再開は、第1原発の事故収束・廃炉に向けた対応拠点としてきたJヴィレッジ(楢葉、広野町)を県側に返還するために順次行っている機能移転の一環。 […]   もっと読む。

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福島第1原発 高校生が廃炉作業見学 復興の課題実感via 毎日新聞

福島県立福島高校(福島市)の生徒13人が18日、東京電力福島第1原発を視察し、廃炉作業が進む原子炉建屋や免震重要棟などを見学した。東電は入構の条件を「原則18歳以上」としており、高校生の視察は原発事故後初めて。同校側の要望を受け、保護者の同意などを条件に許可した。東電は今後、18歳未満の視察を個別事情に応じて認めていく方針。 この日は、物理学の特別授業などで同校と交流を続ける東京大の早野龍五教授(物理学)や教諭らが引率。バスの車内から約1時間、建屋を覆うカバーが取り外されたばかりの1号機や汚染水の貯蔵タンクなどを視察した。免震重要棟にも入り、2011年3月の原発事故時から24時間態勢で稼働する緊急時対策室を見て回った。 視察したのは、同校スーパーサイエンス部などに所属する1、2年生で、原発事故後の風評被害や被ばくによる健康への影響について学んできた。廃炉や事故処理を見届ける若い世代として、復興の課題について考えを深めるのが目的という。 […] 東電によると、今回の視察による被ばく線量は最大で10マイクロシーベルトだった。  同校1年の幕田優菜さん(16)は「自分の目で見て、燃料棒の取り出しや廃炉作業で出た廃棄物の処理など、大きな問題がまだまだ残っていると感じた」と話した。1年の菅野翼さん(16)は緊急時対策室が印象深かったといい、「事故を起こした東電に対しては複雑な感情があった。でも、対策室を見て福島のために廃炉に真剣に取り組んでいることが分かった」という。 もっと読む。

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東京五輪の球場、福島を軸に調整 野球・ソフト会場、復興の象徴に ほかBigGlobeニュース

2020年東京五輪の追加種目に決まった野球・ソフトボールを福島県で開催する案を巡り、会場の候補として名乗りを上げている福島、郡山、いわきの3市のうち、福島市の県営あづま球場での開催を軸に検討が進んでいることが20日、関係者への取材で分かった。  福島市は東北新幹線が通り首都圏からの交通の便が良いことに加え、原発事故により海外では「福島」という名前が広く知られていることから、原発事故と東日本大震災からの復興五輪の象徴として風評払拭にも効果的だとの見方が出ている。 […] もっと読む。

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イノベ構想と南相馬をPRするアニメ制作へ 福島ガイナックス via 福島民友

 三春町のアニメ制作会社福島ガイナックスは、福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想と南相馬市をPRするアニメーション「レスキューアカデミア」を制作する。11月6日に同市で制作発表イベントを開催する。 アニメでは、同構想に基づくロボット実証拠点(テストフィールド)が整備される同市を舞台にロボットと人との交流を描く。作中には大堀相馬焼など相双の伝統工芸品なども登場させ、地域の魅力を発信する。アニメ制作に合わせ、地元飲食店と連携した新たなご当地グルメ「ロボメニュー」の開発なども計画している。 […] もっと読む。

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福島大 来年4月、「教職大学院」開設 復興に教育面で寄与 /福島via毎日新聞

福島大は7日、高い専門性を持った教員を育てる「教職大学院」の設置が8月26日付で許可され、来年4月に開設すると発表した。放射線や防災に関する講義を盛り込んで、子どもの心的ケアなど東京電力福島第1原発事故や東日本大震災からの復興を教育面で担える教員を養成する。 […] 県内では、震災時の原発事故や津波の体験からくる心的な不安や、長引く避難生活によるストレスを抱える子どもが多いとされる。教職大学院では共通の学習領域として放射線や防災に関する知識を学び、メンタルヘルスに役立てる。  また、学校現場でリーダー役を担える中堅・若手教員を育てる「ミドル・リーダー養成コース」など三つのコースに分かれ、学生が自ら目指す教員像を実現する。 […] もっと読む。

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福島第一原発事故、拙速すぎた避難指示解除 政府と南相馬市の住民への対応は「約束違反」via東洋経済

[…] 「今回の避難指示の解除をどう受け止めていますか」と質問を向けたとたんに、松倉さんの表情が曇った。 「俺の場合は何一ついいことはないな。解除だけされても、生活が成り立たないんだもの」 7月12日午前零時、福島県南相馬市の小高区(旧小高町)では、原発事故から5年4カ月にわたって続いてきた政府による避難指示が解除された。早朝にはJR常磐線の原ノ町駅-小高駅間の運転が再開され、桜井勝延・南相馬市長自らが始発列車に乗り込んだ後、小高駅前での式典で復興への誓いを述べた。原発事故前に約1万3000人が暮らしていた町に再び住民が戻れるようになった。 だが、除染の完了や農業など生活基盤再建を後回しにして政府が避難指示解除に踏み切ったことが、大きな問題をもたらしている。 […]」しかし、「コメ作りはどう見ても無理だ」とあきらめている。田んぼの水は沢から引いているが、その源流の山林が放射性物質で汚染されたままなのだ。[…]兄と一緒に経営していた浪江町の建材販売会社は、避難指示を機に休業に追い込まれた。2015年2月には東電による休業賠償も打ち切られた。農業に関する賠償も来年以降の方針がいまだに決まっていない。 […]神山の西隣に川房という集落がある。ここは空間線量が年間20ミリシーベルトを超えていたことから、地区全体が2012年4月に居住制限区域に指定された。それが今年7月12日には、一段階下の避難指示解除準備区域を経ることなく、一足飛びに避難指示が解除されることになった。地区ではいまだに住宅周りに高い汚染が残るうえ、田畑の除染も終わっていないにもかかわらずである。 横田芳朝さん(71歳)は南相馬市でも指折りの梨農家だが、5年以上にわたって手入れができなかった梨畑は放射能に汚され、荒れるに任せている。 […] 避難指示解除に反対したのは川房地区の住民だけではなかった。5月15日から22日にかけて市内で4回にわたって開催された小高区の住民向け説明会でも、「避難指示解除は時期尚早だ」「農地や道路、墓など除染が完了していないところがあちこちにある」といった意見が相次いだ。また、「解除の時期を国と市長で決めることには反対だ」「解除時期についてアンケートを採ってほしい」という声も上がった。 だが、桜井市長はそうした意見に耳を貸さず、説明会の終了からわずか5日後の5月27日には政府による解除方針の受け入れを決定。県外に避難している住民への説明会はその後の6月4日から12日にかけて実施されるなど、後回しの対応になった。 南相馬市と対照的なのが、川俣町の対応だ。7月7日の町議会全員協議会で川俣町は、「山木屋地区については8月末までの避難指示解除目標を正式に撤回する」と表明。古川道郎町長は、山木屋地区自治会から要望されている2017年3月末も視野に入れて解除時期を延期する考えを明らかにした。宅地周りの線量引き下げや帰還後の生業の確立など、抱えているテーマは南相馬市小高区と同じだ。 避難指示解除前日の7月11日、小高区の住民有志が南相馬市役所内の記者クラブを訪れて「福島第一原発事故の避難指示解除に当たって、桜井勝延市長の歴史的責任を問う」と題した文書を記者に手渡した。有志の一人である國分富夫さん(71歳)は、「住民の叫びを真摯に受け止めずに、事実上切り捨てたこと」など3点にわたって桜井市長には判断の誤りがあると批判する。国分さんは12日には市にも文書を提出しようとしたが、受け取りを拒否された。 南相馬市は避難指示解除後の復興の取り組みについて国、県との間で合意文書を取り交わすことにより、国が復興をおろそかにすることがないように歯止めをかけたという。解除を遅らすことは復興の営みを妨げるというのが桜井市長の考えだ。 だが、性急な解除によって住民との間に生まれた溝は深く、多くの住民が国や南相馬市に不信感を抱く結果になっている。南相馬流のやり方が正しかったのか、検証すべき点は多い。 もっと読む。

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原発事故避難者への住宅支援の継続を via 女性会議 I 女のしんぶん

来年3月、国は福島原発事故の自主避難者への住宅支援(唯一の経済支援)を打ち切ろうとしている。「年間20ミリシーベルト以下なら大丈夫」と期間を促し、帰らなければ支援を打ち切るとうのだ。原発事故被害者なのに「避難者」ですらなくなる状況に追い込まれている。 埼玉県在住のライター吉田千亜さんは、『ルポ 母子避難 −消されゆく原発事故被害者』(岩波新書)を出版。福島県外に避難した人たちを、支え、寄り添ってきた記録である。「子どもの健康を守りたい」と、様々な困難に耐え奮闘する母親たちへの温かい視線と、正確に冷静に、この理不尽を訴えようとする姿勢に心打たれる。ご本人に話を伺った。 奪われたものの大きさ 帰還政策が強行される中、このままでは避難している人たちのことが一切残らない、歴史から消えてしまうと感じた。記録を残し、住宅支援の打ち切りを何とか止めたいと思い、この本を書いた。「自主避難」というけれど、「あなたも同じ選択をしませんか?」と問いたい。共感し、この問題を一緒に考える人が増えない限り、2017年3月に住宅支援が打ち切られたら、本当に絶望する人が出るのではないかと心配だ。 […] 消される「避難者」 帰還政策と批判してきたが、実のところ、国にとっては「避難者」という存在がなくなればよく、帰ろうが、どこに行こうが関係ないのではと思う。借上住宅の供与は、災害救助法による避難登録をしているからで、登録した住所から移動した時点で「避難者」ではなくなる。つまり原発事故と関係ない「移住者」となり、避難者の数には入らなくなる。国はオリンピックまでに(原発事故を)終わりにしたいのだ。 […] ある福島市のお母さんは「”復興”と、子どもを守ることを別にして欲しかった」と言った。学校給食のお米にしても、初めは県外産だったが、2014年くらいから地元のお米を使うようになった。結局、子どもに被ばくを強いて、復興の象徴に使ってしまったのだ。 原発事故では多くの言葉が歪められた。「絆」「復興」「風評」「復興の加速」…極めつけが「オリンピック」。希望の言葉で被害を隠そうとする欺瞞が広がった。どうしても原発事故災害を終わりにするためには、国は「オリンピック」が必要だったのだろう。 […] ぜひ、皆さんが住む自治体に問い合わせてほしい。「避難者の住宅支援が打ち切られるそうだが、うちの自治体に避難している人たちはどうなるのか?」と。住民に気にしている人がいるというメッセージが伝わることが大切。それが世論作りにつながる。住宅支援打ち切りに反対して何十万も署名を集めたが、変わらないままだ。できることはなんでもしていきたい。 全文は 原発事故避難者への住宅支援の継続を

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フクシマで考える(中) 起きた事実を見つめよvia 東京新聞

【社説】 福島原発から北西に十四キロ、避難指示で居住制限区域とされた福島県南相馬市小高区と浪江町にまたがる「希望の牧場ふくしま」。牛が草をはんでいる。  五年前の原発事故直後、畜産農家の吉沢正巳さん(61)は、放射線被ばくした三百二十頭の黒毛和牛を殺処分するよう政府から求められた。悩んだ末に、生かすことを選んだ。なぜなのか。  「被ばく牛は原発事故の生き証人。処分すれば証拠は消え、事故はなかったことにされる」  経済動物としての意味を失っても、放射能汚染の検証に役立てようとした吉沢さんの判断は正しかったようだ。一年後、約二十頭の体に白い斑点が出た。水素爆発の時に放出されたセシウムが体内から検出された。原発に近い大熊町の牧場でも、五十頭の牛のうち十頭に斑点が出ている。  長い畜産生活で初めて見る。この異常が被ばくと関係があると考え、農林水産省に調査を求めたが「原因は不明」。今も国立大の研究チームが牛の血液を採取したり、首輪につけた計器で放射線量を測定したりしているが、吉沢さんには解明に消極的だとも映る。  「いつまで生かしておくんだ」と、同業者の非難めいた声も聞こえてくる。吉沢さんには言いたくなる気持ちが分かるのだという。原発事故は牛を殺処分した者と、しなかった者と、命を扱う仲間をも分断してしまったのだ。  子どもたちの間では甲状腺がんが増えているが、県の調査班は放射能の影響を否定するばかりだ。原発のちりは広い範囲に降った。原因の究明は進むのか、将来への不安を声にも出せず苦しんでいる子どもは各地にいる。  放射能汚染が生命にもたらす影響はまともに調査されているとはいえない。そんな状況で原発再稼働は進んでいる。逆戻りさせてはならない。起きた事実と向き合うのは将来の世代に対する大人たちの責任である。(佐藤直子) 原文はこちら。

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