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ドローンでコンビニ商品配送へ 買い物の不自由解消 福島 ドローンでコンビニ商品配送へ 買い物の不自由解消 福島via NHK News Web

[…] ドローン配送の仕組みは コンビニの商品をドローンで配送する全国で初めてのサービスが行われる福島県南相馬市の小高区は原発事故に伴う避難指示が去年解除されたばかりで、暮らしの不便さをいかに解消するかが課題になっています。 このサービスでは、買い物客はコンビニの移動販売車が来るタイミングに合わせて地区の集会所を訪れます。 移動販売車のスタッフに商品を注文すれば、およそ3キロ離れたコンビニの店舗からドローンで商品が10分ほどで配達され、その場で受け取ることができます。 移動販売車が来るペースは週に2回で、1回の注文で2キロの重さまで運べるということです。 ドローンが飛行するルートは、安全性を確保するため住宅などが少ないエリアの上空に設定し、自動で飛ぶようになっています。 南相馬市の小高区では営業を再開した店はまだ少ないため、今回のサービスは地域に戻った住民にとって買い物の不便の解消につながることが期待されます。 サービスが始まる地区に住む高野次夫さん(70)は「空から荷物を運んでくるなんて驚きました。高齢者も多いので、このサービスで買い物が便利になるといいと思います」と話していました。 南相馬市長「地域コミュニティーの活性化に期待」 相馬市の桜井勝延市長は「ドローンが飛ぶことで地域のコミュニティーが活性化するきっかけになることを期待したいし、導入するエリアも広げていただきたい」と話しています。 […] 全文

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<原発避難 ふるさとを返して>(中)「原発事故なければ」 南相馬市から避難の菅野さん via 東京新聞

「人間はどのように生き、どのように死んでいくかを自身で決める自由があり、権利がある。私たちの六年間の避難生活が報われるよう、今後このような思いをする人が出ないようにと祈っています」  一月三十一日、千葉地裁の二〇一号法廷。東京電力福島第一原発事故を受け、福島県南相馬市鹿島区から千葉市に避難した菅野美貴子さん(62)は、原発避難者訴訟の原告の一人として、そう意見陳述した。一緒に避難した夫の秀一さんは二年前、六十四歳で亡くなった。 菅野さんは鹿島区出身。同郷の秀一さんと一九七三年に結婚し、息子二人を育てながら秀一さんと石材店を切り盛りしてきた。お年寄りや農協、銀行の職員らがお茶や昼ご飯の際に立ち寄り、客が来ない日はなかった。「楽しかったよ。鮮明で忘れられない」 […] 南相馬市鹿島区は国の避難指示区域に指定されなかった。幸い、石材店の工場の機械は使うことができたため、仕事を再開することもできた。だが、秀一さんの治療のことを考え、ふるさとには戻らないと決め、一二年八月に自宅と工場を壊した。  秀一さんは南相馬市のことを話さなくなり、食欲もなくなった。「ゼロからスタートした工場だった。思い入れがいっぱいだったと思う」。最期は寝たきりとなり、一五年八月に腎不全で亡くなった。  「原発事故がなかったら、お父さん(秀一さん)の具合が悪くなかったら、南相馬で再建できていたのでは」との思いは消えない。判決後、宮城県と横浜市で暮らす二人の息子のいずれかの元で暮らすつもりだ。「何も考えず、ゆっくりしたい」      ◇  訴訟の原告やその家族でつくる「原告と家族の会」の副代表を務める瀬尾誠さん(65)は=長野県飯綱町=は会社を早期退職し、当時住んでいた鎌ケ谷市から福島県浪江町に移住した。浪江町に妻(65)の実家があり、年老いた義父の米作りを手伝うためだった。  ところが、移住してわずか一年後に原発事故が発生。浪江町は避難指示区域となり、描いていた夢は絶たれた。  瀬尾さんは今、飯綱町で米の無農薬栽培に取り組む。「千葉の原告だけでなく、福島県から各地に避難した人々が少しでも多くの賠償を認めてもらえる判決がほしい」 (黒籔香織、美細津仁志)     全文 ◇<原発避難 ふるさとを返して>(上)「今も帰りたい」募る思い 双葉町から避難の石川夫妻 via 東京新聞

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原発除染土壌の再利用目指す 盛り土の実証実験開始 via テレ朝ニュース

環境省は、原発事故処理の除染で出た土を使って作られた試験用の盛り土を15日、報道陣に公開しました。除染廃棄物を減らすため、除染で出た土を防潮堤の盛り土などに再利用したい考えです。 福島県南相馬市の仮置き場に作られた試験用の盛り土は、全体の約2割が1キロあたり3000ベクレル以下の放射性物質濃度の土で、放射線を遮るため、その外側を汚染されていない土で覆っています。放射線量を測ったところ、除染で出た土を使って作られた場所と使っていない場所に差はありませんでした。今後も専門家と継続的に放射線量を測定するなどして、除染で出た土の再利用について検討を進めます。     動画を見る。

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(社説)憲法70年 「原発と人権」問い直す via 朝日新聞

東京電力福島第一原発の20キロ圏に入る福島県南相馬市小高(おだか)区。大半の地域で避難指示が解除されて12日で1年がたった。 […] ■事故が問うた本質 漁師の志賀勝明さん(68)は小高への帰還を断念した。海岸近くに建てたばかりの自宅は津波で浸水した。事故後、立ち入りを禁じられた間に荒れ果て、解体を余儀なくされた。 志賀さんは言う。「自分だけじゃなく、地域のすべての人の人生が変わった。生存権とか、基本的人権とか、憲法の本質的なものを考えさせられたよ」 南相馬市は昨年5月、全世帯に憲法全文の小冊子を配った。 小高出身の憲法学者、鈴木安蔵(やすぞう)が終戦直後にまとめた憲法草案要綱は「国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス」と生存権を明記し、現憲法25条につながった。多くの市民の生活が暗転したなか、原点を再認識してほしいとの思いが、桜井勝延(かつのぶ)市長にはあった。 福島県では今も数万人が県内外で避難を続ける。長年のなりわいや家屋を失った人は数え切れず、居住、職業選択の自由(22条)、財産権(29条)の侵害は著しい。多くの子が故郷の学校に通えなくなり、教育を受ける権利(26条)も揺らいだ。 そして何より、事故は多くの人を「関連死」に追い込んだ。 「原発事故で、憲法に書いてある生活ができなくされた。これは憲法違反でしょう」。桜井市長は語気を強めて言う。 ■よりどころは憲法 「原発は電気の生産という社会的に重要な機能を営むものではあるが、憲法上は人格権の中核部分より劣位」。14年5月、関西電力大飯原発(福井県)の周辺住民らが起こした訴訟で、福井地裁判決はこう述べ、再稼働の差し止めを命じた。 原発事故の避難者が国と東電に賠償を求めている集団訴訟で、関西原告団代表を務める森松明希子(あきこ)さん(43)は、憲法に立脚した判決に希望を感じた。 幼い2人の子の被曝(ひばく)を案じ、福島県郡山市から大阪へ避難した。だが地元は避難指示区域ではない。少数派である自主避難者への視線は福島の内でも外でも厳しく、行政の支援や東電からの賠償も乏しい。 「自分の選択は正しかったのか」。苦悩し、学生時代に学んだ憲法をいま一度ひもといた。 「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」(前文)、「すべて国民は、個人として尊重される」(13条)。これこそが自分のよりどころだ、と思った。 避難するのもとどまるのも、個人の自由だ。どの選択をした人に対しても、憲法が保障する生活が実現できるような支援を。森松さんはそう訴える。 「ふつうの暮らし」を取り戻すため、憲法を盾にたたかっている人たちがいる。憲法施行70年の日本で、忘れてはならない重い現実といえよう。 ■主権者が選ぶ針路 福島の事故より前、原発が憲法と関連づけて問題視されたことはなかったといっていい。 日本の原子力開発は、憲法施行8年後の1955年に制定された原子力基本法に基づいて進められてきた。同法は「人類社会の福祉と国民生活の水準向上」を目的とし、「平和利用」を明記している。 澤野義一・大阪経済法科大教授(憲法学)は「原発は当然のように合憲視され、学界でもほとんど論議されたことがなかった」と指摘する。 資源が乏しい日本で、大量の電力を供給できる原発が経済発展に貢献したのは確かだろう。 ただ、ひとたび事故が起きれば、無数の人権がただちに脅かされる。そのリスクは「安全神話」のもとで隠され、国民も十分に認識してこなかった。 多くの国民が被災者となった福島第一原発事故の後も、国や電力事業者は原発を推進する方針を変えようとしない。 全国の原発の周辺には、事故で避難を迫られる可能性がある30キロ圏だけで400万人以上が暮らす。憲法が目指す社会は守りうるのか。そんな観点から、この国の進む道を見直す必要はないだろうか。 中欧のオーストリアは78年、国民投票で原発の稼働が否決されたのをきっかけに、原発の建設を禁じる法律を制定した。86年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故を経て、「脱原発」を求める世論は強まり、99年に原発禁止が憲法に明記された。 日本の針路を選ぶ権利は、主権者である国民一人ひとりにある。この6年超の現実を見据え、議論を広げていきたい。 全文

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福島・南相馬市 不在伴うごみ処分に難渋、避難指示解除から1年 via 日本経済新聞

[…] 5日朝。南相馬市小高区役所近くの「南相馬市ボランティア活動センター」から軽トラック4台が市のごみ処分場に向かった。荷台には伐採された竹が満載されていた。  県外に避難している小高区の住民が一時帰宅した際、放射線の影響を懸念し自宅裏にあった約4千本の竹を4年かけて薬で枯らし今年2月、同センターに片付けを依頼したものだ。5月上旬から延べ200人のボランティアが計13日かけて伐採や裁断、処分場への搬出を担い、この日でようやく作業は終了した。  同センターは住民の依頼を受け、屋敷林と呼ばれる庭先の防風林や竹などを伐採。環境省の委託業者が回収しに来る各家庭の軒先まで運んでいたが、3月以降は処分場などへの搬出も請け負わざるを得なくなった。  理由は行政の対応の変化だ。環境省は5年余に及んだ避難期間中に各家庭で発生したごみを「片付けごみ」と分類。昨年7月、処分の申し込みの受け付けを打ち切った。今年3月には申し込み分の引き取りと焼却処理も終えた。環境省は「2013年から回収し、広報も十分してきた。事故以前の状態に戻ったということ」と説明する。  小高区の大部分と原町区の一部が対象だった旧居住制限、避難指示解除準備区域には6月末時点で2359人が居住。住民登録者数の約24%で帰還は低調だ。JR小高駅前でラーメン店を営む女性(68)は「戻ったのは高齢者ばかり。日中はほとんど人影がない」と話す。  復興庁などの調査によると、帰還を希望する市民は5割。「判断できない」と回答した人にその理由を複数回答で尋ねると「原発の安全性」(53%)、「放射線量の低下・除染効果への不安」(40%)が目立つ。  南相馬市ボランティア活動センターには昨年度まで県から補助金が出ていたが、今年度は対象から外れた。住民から依頼され未着手のごみ処分は70件以上あるという松本光雄センター長は「依頼は今後も続く。行政が(事故を)風化させてしまったら復興はない」と話し、帰還を進めるためにも行政の支援再開を求めている。 全文

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避難指示解除から1年 福島 南相馬市小高区を訪ねて 通学・買い物…生活大変 via しんぶん赤旗

 東京電力福島第1原発事故から6年4カ月。福島県南相馬市小高区は12日に、原発事故による避難指示が解除され1年を迎えます。現在の南相馬市小高区を訪ねました。(伊藤佑亮) 福島第1原発から20キロ圏内に位置する同区。2016年7月12日、帰還困難区域(1世帯2人)を除く避難指示解除準備、居住制限の両区域が解除されました。解除に合わせJR常磐線原ノ町―小高間(9・4キロ)の営業も再開されました。 同市によると今年6月30日現在、小高区の居住者数は2008人。2011年3月11日時点での人口(1万2842人)に比べ、約15%の帰還にとどまっています。 小高駅前は1年前と変わらぬ静かな光景です。駅前の放射線量を測るモニタリングポストは、6日午前11時現在、毎時0・132マイクロシーベルト。一般人の年間追加被ばく線量の上限(1ミリシーベルト)は毎時0・23マイクロシーベルトとされています。 歯医者がいない 駅から西に延びる大きな通りを女性(76)が自転車を押して歩いていました。女性は昨年7月末に同区に戻りました。 「戻ってきているのは多くが高齢者です。私は運転ができないので買い物は親戚に連れて行ってもらっています。電車で原町区まで買い物に行くと小高駅から家まで重くて運べない」といいます。生活上困っていることに「歯医者がいないこと」をあげました。 JR常磐線は昨年12月に小高―仙台間で、今年4月には小高―浪江間で営業を再開しました。住民や高校生、観光客などに幅広く利用されています。 午後3時半、1台のバスが駅前に到着しバスから高校生たちが笑い声をあげながら次々と下車し、駅舎に入っていきました。 原町区から県立小高産業技術高校の流通ビジネス科に通う女子生徒=3年生=(18)は「通学が大変ですが、小高の街の復興につながったら」といいます。 […]     全文

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開校の小高産業技術 勝って長渕校歌熱唱だ/福島 via 日刊スポーツ

第99回全国高校野球選手権(8月7日開幕、甲子園)の福島大会が7日から開幕する。「白球にかける夏」第2回は小高工と小高商が合併し、4月から新しくスタートを切った小高産業技術を特集する。開校に合わせて、南相馬市在住の芥川賞作家・柳美里(49)が作詞を、歌手の長渕剛(60)が作曲を担当し新校歌がつくられた。9日の石川との初戦(2回戦)に勝って、夏初勝利で校歌をとどろかせる。 […] ◆小高産業技術 2017年(平29)4月に旧小高工と旧小高商が合併して開校。校歌は当時の両校長を中心に組織された「校歌選定委員会」が柳に作詞を依頼。作曲は柳が長渕にお願いし快諾された。4月11日の開校式には長渕が来校し熱唱。旧小高工から甲子園出場はなし。生徒数は503人(女子140人)。所在地は福島県南相馬市小高区吉名字玉ノ木平78番地。鈴木稔校長。   前文

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柳美里さん 南相馬で書店開業目指す 福島に移住via 毎日新聞

芥川賞作家の柳美里(ゆう・みり)さん(49)が2日、東京電力福島第1原発から20キロ圏内の福島県南相馬市小高(おだか)区に移住した。家の一部を改装して書店開業を目指す。  「今日、引っ越してきました。本屋を開くんです。よろしくお願いします」。柳さんは同日、JR小高駅前の食堂でおかみさんに頭を下げた。小高区では、東日本大震災の原発事故のため出されていた避難指示が昨年7月に解除された。だが約1万2800人いた住民はまだ約2000人だ。柳さんは「採算が取れないと尻込みしていたら復興なんてできない」と年内の開業を意気込む。 […] 資金は苦しい。「銀行に融資を申し込んだら『小高で書店なんてボランティアだ』と断られた」と柳さん。今後、ネット上の募金「クラウドファンディング」を活用する。  この日、自身の蔵書だけで段ボール300箱以上の引っ越し荷物が運び込まれた小高の家で、柳さんは「売り場の隣に私が小説を書く机を置き、私の書棚の本も手に取ってもらえるようにしたい。公民館のような場所になれば」と汗をぬぐった。【鶴谷真】     全文

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「国と東電はきちんと償うべき」 新潟地裁の原発避難者訴訟via西日本新聞

  東京電力福島第1原発事故の影響で、福島県から新潟県に避難した被災者が国と東電に損害賠償を求めている訴訟の第15回口頭弁論が25日、新潟地裁(今井弘晃裁判長)で初めて本人尋問があり、30代の女性が「子どもたちの心に深い傷を作った。国や東電は『真摯な対応』が口癖だが、きちんと償うべきだ」と訴えた。 弁論では、福島県南相馬市の自宅が全壊し親子で避難しているこの30代女性も含め、3人の男女が証言した。30代女性は当時小学1年の長男が「南相馬で仲良かった友達に会えなくなった寂しさから精神的に不安定になり、急に泣き叫んだことがあった」と避難所での様子を語った。   原文

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柳美里氏が反原発派を批判「福島に対する差別や偏見を助長しています」via livedoor NEWS

12日、芥川賞作家の柳美里氏が自身のTwitterアカウント上で、反原発派からの批判に反論する一連のツイートを投稿した。 「ゴールドラッシュ」「命」などの作品で知られる柳氏。2015年に神奈川県鎌倉市から福島県南相馬市に移住している。南相馬市の高校で特別講師を担当したこともある柳氏は、来年4月に南相馬市で2つの高校を合併して開校する福島県立小高産業技術高等学校校歌の作詞を手がけている。 そんな柳氏が12日、自身が南相馬市で暮らし、高校の校歌を作ることに対して「『脱原発』『反原発』を標榜している人」の中で「罵詈雑言を投げつけてくる人が多い」と不満を綴ったのだ。続けて柳氏は「原発事故による被害を利用する(あるいは被害を期待する)運動」には「賛同できない」と自分の立場を鮮明にした。 […] さらに自身の立場について「福島県南相馬市で生活をし、生活者として感じたことを伝えていきます」「『運動』には、加わりません」と宣言。最後に「『反原発』『脱原発』の『運動』のために拡散するデマが「福島の土地や食べ物や人に対する差別や偏見を助長しています」と持論を唱えたのであった。 […]     もっと読む。

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