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「被爆者存命のうち核兵器禁止を」 NYで広島市長演説 via 朝日新聞

核兵器禁止条約の交渉会議が15日、米ニューヨークの国連本部で再開した。日本政府は不参加だが、出席した被爆地・広島市の松井一実市長が発言を認められ、条約を切望する被爆者や被爆地の願いを届けた。 松井氏は、原爆の惨禍を生き延びた広島の被爆者が長年、後遺症に苦しんだり、健康不安に悩んだりしながら核兵器廃絶を世界に訴えてきたことを紹介。「被爆者は、存命のうちに核兵器の禁止を見届けたいとの願いを持っている」と訴えた。また、議長が原案として示した条約案について、「核兵器に依存する国々が加盟するための工夫が凝らされている」と高く評価した。核保有国に対しては「本当に核拡散の防止を願うのならば、核軍縮にも果敢な指導力を発揮するべきだ」とも呼びかけた。 (略) その後、「ヒバクシャ」を含む一節が入った議長原案の前文について各国の代表が発言、7月の最終条約案制定に向けて議論が始まった。 全文は「被爆者存命のうち核兵器禁止を」 NYで広島市長演説

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冷戦時代の核実験、宇宙気象に影響を及ぼしていたことが判明 via ネタりか

そんなにも影響があるのか…。 約45年間も続いた冷戦時代に、ソ連と合衆国とは核競争ゲームに興じていました。どちらの超大国も互いの領土に核兵器を配備しなかったものの、高高度での核実験は地球の大気に混乱をもたらしたのです。ありがたいことに対立はずっと前に終結しましたが、最近機密扱いを解除された情報からは、それが私たちの予期しなかった形で宇宙気象に影響を及ぼしていたかもしれないことが明らかになりました。 Space Science Reviewsに掲載された新たな論文は、ソ連と合衆国が指揮した高高度での核実験によって、地球の近くに“人工的な放射線帯”が作られたと発表しています。地球は元々、高エネルギー粒子の領域であるバンアレン放射線帯に囲まれていました。しかし核爆発からのエネルギーが大気中に熱くて電荷を帯びた領域を形成し、それが地磁気擾乱を引き起こしただけでなく、さらに独自の放射線帯を発生させたのです。お察しのとおり、その結果は芳しいものではなく、研究の著者たちは、これが地球を極めて低高度で周回していた「複数の衛星に大きな損害を与えた」と記しています。 続きは冷戦時代の核実験、宇宙気象に影響を及ぼしていたことが判明 

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核兵器禁止条約 草案の前文に「ヒバクシャ」via 毎日新聞

来月中旬に国連で始まる核兵器禁止条約制定に向けた第2回交渉会議を前に、議長国コスタリカのホワイト駐ジュネーブ国連機関大使は22日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で記者会見し、核兵器の使用や開発などを広く禁じる条約草案を発表した。前文に「ヒバクシャ」という言葉を盛り込み、人道に基づく条約であることを強調した。加盟国は7月7日までの条約の成立を目指す。  草案は、核兵器の使用、開発、製造、保有、貯蔵、移送などを禁止し、こうした禁止事項を行う個人や企業などを援助することも禁止する厳しい内容となっている。  米英仏露など核兵器保有国や、米国の「核の傘」の下にある北大西洋条約機構(NATO)加盟国や日本など約40カ国は禁止条約に反対し、交渉会議への参加を拒否している。  ホワイト議長は国連本部で3月27~31日に開かれた第1回交渉会議参加国の主張を集約して草案を作成し、条約賛成派の考えが強く反映された内容となった。  ヒバクシャへの言及は広島や長崎の被爆者や核実験の被害者が希望し、交渉会議を主導するオーストリアやNGOの核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)などが積極的に支持した。草案は核爆発の被害者に対する医療や経済支援、環境の回復にも言及した。 […] 核兵器禁止条約の草案のポイント 1、広島、長崎の被爆者や核実験の被害者を含む「ヒバクシャ」の苦しみに言及 2、核兵器使用がもたらす人的被害を深く懸念し、どのような状況下でも核兵器が二度と使用されないようすべての努力をすることを目的とする 3、核の使用、開発、製造、保有、貯蔵、移送を禁止する 4、禁止事項を行う個人などへの援助を禁止する 5、ヒバクシャに対する医療、経済支援、核爆発の被害を受けた土地の環境回復に言及 全文は 核兵器禁止条約 草案の前文に「ヒバクシャ」

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ビキニ核実験 在沖被ばく者を本格調査へ 高知の市民団体 via 毎日新聞

米国が1950年代を中心に太平洋・ビキニ環礁付近で実施した原水爆実験をめぐり、当時米軍統治下だったため、ほとんど分かっていない沖縄県の元漁船乗組員らの被ばく実態を探ろうと、高知県の市民団体と沖縄県の研究者らが14日、同県糸満市の元船員2人を訪ねて面談した。今後、他の元船員を探したり、県に健康相談会開催を求めたりして、調査を本格化させる。  ビキニ事件を調査してきた市民団体「太平洋核被災支援センター」(高知県宿毛市)と琉球大などの研究者らがこの日、マグロ漁船「銀嶺丸」の元甲板員の大嵩秀文さん(84)らの自宅で被災の状況を聞き取った。大嵩さんは「沖縄の港でガイガーカウンター(放射線測定器)で検査されたのを覚えている。被ばくしたとは思いたくないが、何があったのか知りたい」と話した。  その後、沖縄県豊見城(とみぐすく)市で市民を含む約30人が集まり、調査方針を話し合った。  静岡県のマグロ漁船「第五福竜丸」以外の被災をめぐっては、国が2014年9月、延べ556隻の被ばく検査記録を開示。支援センターによると、被災当時に米軍統治下だった沖縄県の船はこの記録に含まれていない。 続きはビキニ核実験 在沖被ばく者を本格調査へ 高知の市民団体

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日本の交渉不参加、被爆者「裏切られた」 核禁止条約 via 朝日新聞

米ニューヨークの国連本部で開かれている「核兵器禁止条約」の交渉会議で28日、カナダ在住の被爆者、サーロー節子さん(85)が演説し、日本の交渉不参加を痛烈に批判した。「自国に裏切られ、見捨てられ続けたという被爆者の思いを深めた」と述べ、参加国に対し、核兵器を違法化する条約の制定を求めた。 サーローさんは「広島に人々を招くことで、核軍縮で重要な役割を果たしていると日本政府は言うが、米国の『核の傘』に入り続けるのなら、空っぽでごまかしの行動だ」と非難した。 13歳で被爆したサーローさんは「広島を思い出すとき、認識不能なまでに黒ずみ、膨らみ、溶けた肉体の塊となり、死が苦しみから解放してくれるまでの間、消え入る声で水を求めていた、4歳だったおいの姿が脳裏に最初によみがえる」と証言。人類は二度と核兵器の苦しみを体験するべきでないとの確信から、生存者たちは核廃絶の運動を続けてきたと説明した。 さらに、各国の外交官に「将来世代だけでなく、広島や長崎の犠牲者の支持も感じながら」交渉に当たって欲しいと呼び掛け、核兵器の違法性の国際基準が確立されることを期待した。 全文は 日本の交渉不参加、被爆者「裏切られた」 核禁止条約 スピーチの映像 被爆者が日本政府批判 核兵器禁止条約会議 via Yahoo! Japan ニュース 当サイト関連記事 核禁止交渉、日本不参加 岸田外相「対立招く」via 中国新聞

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核禁止交渉、日本不参加 岸田外相「対立招く」via 中国新聞

「核兵器禁止条約」の制定に向け、米ニューヨークの国連本部で27日(日本時間同日深夜)に始まった会議で、条約を推進するオーストリアなどの非核保有国からは、核兵器の非人道性を理由に、法的に禁止する必要性を訴える意見が相次いだ。 政府代表による演説で、日本の高見沢将林軍縮大使は、禁止条約は安全保障問題の解決に結び付かないと主張。一方、オーストリアは「広島、長崎の画像を見て、被爆者の声を聞いた。法的禁止を定めた上で保有国と共に核兵器を廃絶しよう」と強調。メキシコは各地にある非核兵器地帯を念頭に「核兵器のない世界は夢ではない」と訴えた。 会議の議長にホワイト駐ジュネーブ国際機関代表部大使を送り出した中米コスタリカのゴンザレス外相は、国際社会が条約で生物兵器や化学兵器を禁止してきた点を挙げ「禁じられた兵器がその後途絶えることは、歴史が示している」と指摘。保有国の不参加を意識しつつも「重要なのは、私たちがここに集まったことと最初の一歩を踏み出すことだ」と述べた。 初日は約0人が演説。2日目となる28日以降、最終日の31日まで条約の全文・目的や禁止条項を順次取り上げ、意見を交わす。 政府は28日、米ニューヨークの国連本部で開かれている「核兵器禁止条約」の制定交渉会議への不参加を表明した。岸田文雄外相は「核兵器のない世界に資さないのみならず、核兵器保有国と非保有国の対立を一層深め、逆効果になりかねない」と説明。核兵器を禁止し、全敗するための発の条約交渉に、被爆国が加わらない事態となった。 (略) 岸田氏は首相官邸で記者団に対し「日本として主張を述べたが、会議には保有国の出席は一国もなかった。交渉には参加しないことにした」と説明。広島、長崎の両被爆地から繰り返し交渉参加を要請されていただけに「被爆者の方々の思いは貴重で重たい」と述べつつも、「政府として現実的な結果を出すためにはどうあるべきか真剣に検討した」と理解を求めた。 全文は核禁止交渉、日本不参加 岸田外相「対立招く」

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マーシャル諸島、被曝の体験継承に動く 福島訪問も機に via 朝日新聞

米国が大戦後から1950年代にかけて核実験を繰り返した太平洋・マーシャル諸島で、被曝(ひばく)島民の子孫たちが体験の継承に動き出した。原発事故に見舞われた福島への訪問もきっかけとなり、被害の記憶を後世に伝えようとしている。3月に記者が現地を訪ねた。 太平洋のマーシャル諸島は約30の島や環礁からなり、人口は約5万3千人。政府は、63年前にビキニ環礁で大規模な水爆実験が行われ、静岡の漁船「第五福竜丸」も被曝した3月1日を「核被害者追悼記念日」と定め、毎年式典を開いている。 「核兵器はもういらない」「被害者の補償を続けるべきだ」 今月1日。晴天が広がった首都マジュロの大通りに、被曝島民ら数百人の声が響いた。式典に合わせた恒例のパレードには、核被害の継承活動に取り組むNGO「リーチ・ミー」のメンバー約20人も横断幕を持って加わった。 NGOの代表は弁護士のロザニア・ベネットさん(46)。父は70代半ばで2006年に食道がんで死去した。ビキニの東にあるアイルック環礁で被曝していたが、亡くなるまでその事実を娘に詳しく語ることはなかった。 (略) ベネットさんの長男マーカスさん(17)も、被曝者からの聞き取りに参加した。「避難を強いられたまま、今もふるさとに戻れない人や、被害を認められずに苦しんでいる人がいた。核実験は過去のことだと思っていたので驚いた」 NGOのメンバーで、自治体で働くラニ・クレーマーさん(45)はビキニ出身の母と米国人の父の間に生まれた。核実験が始まった1946年当時、祖母は12歳。故郷を追われ、島を転々とした話を聞いた。「私たちより若い世代は核実験が行われた事実は知っていても、具体的な被害を知らない人が増えている。世代間の橋渡しをしたい」 マジュロから北西に約450キロ離れたクワジェリン環礁・イバイ島でも、新たな取り組みが始まっている。教育庁幹部のジェルトン・アンジャインさん(47)は6日、島内の学校で小中高生らを対象に初の「出前授業」をした。 アンジャインさんの一族は、ビキニ東隣のロンゲラップ島に代々住んできた。同島は米政府が被害と補償を認めた4環礁の一つで、54年に強制的に避難させられた。米側は3年後に島への帰還を認めたが、放射能の影響を心配し、今も島外で暮らす人は多い。 ただ、避難先でも「放射能がうつる」との偏見の目を向けられることもあった。イバイ島育ちのアンジャインさんも「子どもの頃はポイズン(毒)と言われるのが嫌で、一族の出身地のことは隠していた」と話す。 全文はマーシャル諸島、被曝の体験継承に動く 福島訪問も機に

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公開された、恐ろしくも美しささえ感じさせる「核実験の映像」via WIRED

1945年から1963年の間に米国が行った地上核実験の映像は、これまで機密とされてきたが、このたび機密指定が解除され、その一部が「YouTube」で公開された。 1945〜63年の間、「部分的核実験禁止条約」によって終了するまで米国は地上核実験を210回行った。その大多数はネヴァダ州にある核実験場と、遠く離れた太平洋の環礁で行われた。こうした実験の目的は、新兵器の威力を理解することだったので、実験の様子はすべて複数のハイスピードカメラ(1秒あたり約2,400フレーム撮影できる)で撮影されていた。 現在まで、こうしたフィルムの多くは機密書類保管室に放置されていたが、ローレンス・リヴァモア国立研究所のグレッグ・スプリグスとその同僚たちがこれを救い出し、多くの機密指定を解除し、その一部を「YouTube」で公開した。 最初に機密指定が解除された64枚のフィルムは3月第2週目にアップロードされ、アップショット・ノットホール、キャッスル、ティーポット、プラムボブ、ハードタックI、ハードタックII、ドミニクという各作戦の様子を伝えている。 (略) 1962年に行われたドミニク作戦の「ホーサトニック」は、米国では最後の、空中投下による核実験だった。実験は太平洋のジョンストン島の上空3,700mで行われ、8.3メガトンという出力はテスラの1,000倍以上の威力だった。動画の最初の数百フレームで、投下された爆弾の一部が、広がる火球の表面でより明るい点になるのがわかる。 全文は公開された、恐ろしくも美しささえ感じさせる「核実験の映像」

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核兵器禁止条約交渉 被団協「日本も積極的参加を」via NHK News Web

(抜粋) 国連では、核兵器を法的に禁止する条約の制定に向けた交渉が来月下旬から始まりますが、アメリカとロシアが参加しない方針を示しているほか、段階的な核軍縮を主張する日本も参加するかどうかを明らかにしていません。 これについて10日、日本被団協などが外務省に対し交渉に参加するよう要請を行ったあと、参議院議員会館で記者会見を開きました。 この中で、日本被団協の田中煕巳事務局長は「日本政府は核兵器廃絶のためにどういう条約を作っていくのか、交渉に積極的に参加して発言しなければならない。核兵器廃絶の実現に向けて私たちも全力を尽くしていきたい」と訴えました。 また、核兵器廃絶を訴える広島市のNGOの沢田正さんは「去年、当時のオバマ大統領が広島を訪れた際、安倍総理は核兵器のない世界の実現に向けて不断の努力をすることが私たちの責任だと述べたが、それ以降、そうした努力が全く見られない。政府が責任を果たすよう働きかけていきたい」と述べました。 一方、外務省は「交渉に参加するかどうかは、政府全体として検討したい」と話しています。 全文は核兵器禁止条約交渉 被団協「日本も積極的参加を」

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元船員らの被ばくを追う――新事実次々 60年前のビキニ核実験 via Yahoo!News

60年余りの時を超え、被ばくの実態が明らかになりつつある。1946〜58年に太平洋・ビキニ環礁などで米国が実施した「ビキニ核実験」。直後に死者の出たマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員以外に船員の被ばくはない―。そう言われてきたのに、他船の元船員の歯や血液に被ばくの痕跡があることを最近、科学者たちが突き止めたのだ。さらに、外交の研究者は日米の公文書から新事実を明るみに出している。半世紀以上も前の出来事に焦点を当て、事実を掘り起こす人たち。彼らはなぜ、「ビキニ」にこだわるのか。(Yahoo!ニュース編集部) 62年後の健康相談会 高知市立中央公民館は、文化施設「かるぽーと」の高層階にある。蒸し暑かった2016年7月17日。その11階の大講義室で「ビキニ水爆実験の健康相談会」が開かれ、放射線被ばくを専門とする3人の科学者がやってきた。 1950年前後、高知県は遠洋マグロ漁業の一大基地だった。今も元船員や家族らが多く住む。「実は自分も被ばくしたのでは」「子や孫に影響は?」といった不安は今でも根強く、それならまず健康相談を、と高知県が企画した催しだ。 約60人の元船員や家族らの前で、ワイシャツ姿の男性がマイクを握った。公益財団法人・環境科学技術研究所(青森県六ヶ所村)の元生物影響研究部長で、今は相談役の田中公夫博士(65)。田中氏が「染色体」に言及したのは、その席だ。 染色体に「痕跡」 「(ビキニ核実験による)被災者の染色体です。私たちはこれを使って被ばく線量を調べることにしました」。スクリーンに染色体が映し出された。ぶつ切りにされたひも状の形。田中氏によると、放射線によって切断された染色体は別の染色体と結び付き、異常を引き起こすことがある。染色体異常の一部は体内に残り続けるため、異常の割合からかつての被ばく線量を推計できるという。 (略) 295ミリシーベルト 「本当はもっと高いかも」 分析の結果はどうだったか。 「血液に残された染色体異常を元に当時の被ばく線量を推計すると、19人の平均は91ミリシーベルトでした。最大値は295ミリシーベルト。この方は実験場から420キロ離れた海にいました」。国際放射線防護委員会(ICRP)や厚生労働省によると、100ミリシーベルトを超えると、がんの発生率が高まるとされている。「(本当は)もっと数値の高い方がいたかもしれません。これはあくまで現在も生存していて、私たちが自宅まで伺うことができた人の数値です」 米国がマーシャル諸島のビキニ環礁などで核実験を繰り返したのは、1946〜58年だ。62年まではクリスマス島などでも実施した。実に計100回超。英仏も同じころ、太平洋でそれぞれ数十回。ソ連も大陸で同様の実験を続けた。 死者、そして「放射能マグロ」 そうした最中の1954年3月1日、静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」が米国の核実験で被ばくした。ビキニ環礁で炸裂した水爆「ブラボー」が原因だった。破壊力は、広島型原爆の約1千倍。爆発で巻き上げられたサンゴの粉塵は、160キロ東で操業していた第五福竜丸にも届く。 (略) また、この年の12月までに延べ992隻が放射能で汚染されたマグロを水揚げし、「ビキニ」「放射能マグロ」の言葉は全国に広まった。 ところが、その年末、日本政府は漁港での検査を突然打ち切り、「ビキニ」に幕を引く。そのため、第五福竜丸以外の船やその後の実験による日本船の被害は全容が分からないままになった。 「遺伝への影響はない」 (略) 「(広島原爆による)放射線の遺伝への影響は見つかっていません」。染色体の異常は誰にでも多少はある。加齢と共に増えもする。広島・長崎の被爆者に対する調査でも遺伝は確認されていないし、染色体の異常ですぐに病気を発症するわけではない、と。 関係船員1万人?「もっと調査を」 会場には、放射線生物学が専門の星正治・広島大学名誉教授(69)もいた。星氏らが着目したのは「歯」だ。被ばくすると、放射線による傷が表面のエナメル質に残るため、そこから過去の被ばく線量を推計できる。 ある元船員の歯を分析すると、被ばく線量は推計319ミリシーベルト。広島原爆に置き換えると、爆心地から1.6キロの地点で被爆した線量に相当するという。 (略) もう一つ、星氏を突き動かすものがある。東京電力福島第一原発の事故だ。福島県の検査では、2011年3月の事故当時18歳以下だった人のうち、2016年末までに145人の甲状腺がんが確定したが、県の検討委員会は「放射線の影響とは考えにくい」との姿勢を変えていない。 「甲状腺がんが見つかっても『関係ない』と言う。関係ないと言い切りたいなら、調べ続ければいい。ビキニの問題と同じ。病気が放射線の影響かどうかをはっきりさせることは、将来につながるんですよ」 (略) 漁民の被害を「抹消」 機密文書を分析した高橋氏は「ビキニの早期解決と戦犯釈放がセットになったのではないか」と疑っている。 「直接の交換条件とは言い切れないけれど、外交交渉では常に複数の項目をテーブルに載せます。何かを差し出す代わりに、別の案件で良い条件を引き出す。日本政府は、ビキニ問題の早期決着に応じることが(当時はまだ巣鴨プリズンに収容されていた)戦犯への追及を解除させ、釈放させることに有効だと考えたのではないでしょうか」 (略) その年、山下さんらは高知県内で「長崎で被爆した」と言う女性に出会う。「その話を聞いて驚きました」と山下さん。彼女の息子は長崎の原爆に加え、ビキニの核実験でも被ばくした、というのだ。船員だった息子はビキニの後、病に苦しみ、入院していた神奈川県の病院を抜け出して入水自殺した、とも聞かされた。27歳の若さだったという。 多くの日本人と同様、山下さんも「被ばくは第五福竜丸だけ」と思っていた。ところが、その後も高校生たちと漁村を歩き、「火の玉を見た」「白い灰が降った」などと話す元船員と次々に出会う。全員がビキニ環礁の周辺海域で操業中だった。 さらに驚いたのは、多くの元船員が白血病やがんなどにかかっていたことだ。ある船員は家族のため、がんを押して船に乗り続けていた。自宅の2階から大量の血を吐いて倒れた人もいたという。 (略) 事態が大きく動いたのは2014年になってからだ。山下さんらの情報開示請求に対し、厚労省がついに関連文書を公開したのである。1980年代当時は「見つからない」としていた資料で、約1900ページ。「全省的に調べた結果、見つかった」と説明したという。 その中には延べ556隻分の放射能検査や船員の血液や尿検査の記録があった。核実験の人的被害を裏付ける公文書だ。決定的な資料を得て、元船員や遺族ら45人は2016年5月、「情報が隠され、補償を求める機会を逸した」などとして国を相手取り、高知地裁に提訴した。 全文は元船員らの被ばくを追う――新事実次々 60年前のビキニ核実験 

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