志葉玲
福島第一原発からの放射性物質を含む大量の水を海に放出する―いわゆる「処理水」の海洋放出をめぐっては、中国側の日本産海産物の輸入停止措置への反発もあり、日本のメディアの報道は、明らかに冷静さを欠いていると言えるだろう。中国への批判のみならず、海洋放出に疑問を呈する日本国内の著名人や野党政治家などを吊し上げにするような記事が、連日のように掲載されている。こうした記事には「ファクトチェック」と称したものもあるが、その「ファクト(事実)」は矮小化され、あくまで政府や東電の主張を踏襲するだけのものであり、いわゆる「処理水」の海洋放出の構造的な問題への批判的分析が無い報道は、より「大きな嘘」を支えてすらいるのではないか。こうした中、元京都大学原子炉実験所助教で、脱原発の著書が多数ある小出裕章さんが、海洋放出の背景にある政府や東電等の「動機」について語った。
今月18日、代々木公園(東京都渋谷区)で開催された、脱原発と温暖化対策を求める「ワタシのミライ イベント&パレード」でのトークセッションで小出さんは、率先として「処理水」という言葉を使う日本のメディアに対し「腐りきっている」と批判。また、そもそも、いわゆる「処理水」―これ以降、地の文では「処理汚染水」と表記する―を海洋放出する必要は無かったことを指摘した。「汚染水を溜めるタンクの置き場所が無く、海洋放出するしかなかったと政府や東電が主張するが、第二原発の広大な敷地があるし、福島第一原発の周辺には国が中間貯蔵施設として確保した広大な土地があるので、新たにタンクを作るなんてことは容易なことで汚染水を海に流さないことは簡単なことだ」(小出さん)
〇海洋放出の「真の理由」とは?
処理汚染水については、陸上保管という代替案もあったのに、何故、政府や東電はあくまで海洋放出ありきで突き進んだのか。小出さんは海洋放出と日本の原子力政策との関係を指摘する。「原発の使用済み核燃料を、現在、青森県六ケ所村に建設中の六ケ所再処理工場で、再処理し、(核燃料として使える)プルトニウムを取り出し、残りは『核のゴミ』とするというのが、日本の原子力政策の根幹。しかし、トリチウムという放射性物質は取り除くことができないので、海へと放出することになる。六ケ所再処理工場では毎年800トンの核燃料を処理して、それに含まれていたトリチウムは全て海へ流されるが、もし、福島第一原発からのトリチウムを含む汚染水を海に放出できないとなると、六ケ所村再処理工場を動かせなくなり、日本の原子力政策は根幹から崩壊する」(小出さん)
小出さんの言うように、六ケ所再処理工場は、原発からの使用済み核燃料を再処理し、ウランとプルトニウムを取り出し、燃料加工工場でMOX燃料にして、再び原発(軽水炉)で使用するという「核燃料サイクル」の中核を担う施設だ。¥「。。。」
もっとも、当初は1997年に完成するはずの六ケ所再処理工場だが、試運転中にトラブルが相次ぐなどして、その完成は延期を繰り返され、現在もいつ完成するか定かではない。例え、六ケ所再処理工場が完成したとしても、膨大な量のトリチウム等の放射性物質を環境中に放出し続けることになり、周囲への影響が懸念される。海外の事例では、ラ・アーグ再処理工場(フランス)やセラフィールド再処理工場(イギリス)の周辺での白血病の増加等の健康問題、魚介類の汚染等が報告されている。こうした問題は、国内外の報道でよく知られることであるが、今、日本の政府や東電、メディアが「放射性物質を海に流しても安全」とのキャンペーンを張っていることが、六ケ所再処理工場の稼働の地ならしになるというのが、小出さんの懸念するところなのだ。
〇日本の原子力の実態からの報道が必要
小出さんは、処理汚染水の海洋放出の危険性もさることながら、より本質的な問題として、「原子力を許すかどうかという、根本的な問題に絡んでいく戦いが、今、行われている」と訴えた。こうした小出さんの訴えに、筆者も強く共感する。報道に関わるメディア人各氏は、日本のこれまでの原子力政策の問題点や、その中で実際に起きてきたことからの視点で、処理汚染水の海洋放出を論じるべきなのだろう。
(了)
*以下、本稿の本筋とは離れるが、脱原発を求める諸団体と、温暖化対策を求める諸団体が一緒になってイベントとパレードを行ったことの意義は大変大きいと筆者は感じる。これまで、特に市民団体系の脱原発運動の中には、政府や電力会社等の「温暖化対策には原発が必要」という主張に反発し、温暖化そのものを「原発業界の陰謀」と主張する人が少なからずいて、運動の中で影響力のある人の中にもこうした温暖化懐疑論を主張する人がいた。
だが、今回のイベントでは、反原発運動のレジェンドとも言える小出さんが、スウェーデンの環境運動家グレタ・トゥーンベリさんに呼応し温暖化防止を求める若者達「FridaysForFutureTokyo」のメンバーと共に登壇した。再生可能エネルギーの活用や省エネなど、脱原発と温暖化対策は両立する。そうした相互の協力への道が今回のイベントで開かれたと言えるだろう。