Daily Archives: 2022/06/27

原発避難者訴訟 国の責任は否定されたが…最高裁判決文に異例の反対意見 三浦守裁判官が痛烈批判 via 東京新聞

 東京電力福島第一原発事故の福島県内外の住民らが国と東電に損害賠償を求めた4訴訟の最高裁判決。国の責任は否定されたが、1人の裁判官は他3人の多数意見の判決を痛烈に批判し、国が東電に規制権限を行使しなかったのは「国家賠償法1条1項の適用上違法だ」とする反対意見を書いた。原告らはこの反対意見を「第2判決」と呼び、後続の第2陣や全国各地の同様の訴訟で、最高裁で勝つまで闘い続ける覚悟を固めている。(片山夏子) […] 判決文の実質的な判断が書かれた部分が4ページなのに比べると、反対意見の内容は多岐にわたり、判断も詳細な理由が述べられている。「多数意見は国や東電の責任を問う裁判で、最大争点である津波の予見可能性や長期評価の信頼性への明確な評価を避けるなど、触れていない重要なことが多い」  一方で、三浦裁判官は長期評価も予見可能性も認めた上で「想定された津波で敷地が浸水すれば、本件事故と同様の事故が発生する恐れがあることは明らかだった」とし、遅くとも長期評価公表から1年後の2003年7月頃までには、国が東電に何らかの対策を取らせるべきだったとした。  また判決の多数意見は、予想された津波以上の津波が敷地を襲っており、対策も防潮堤以外は一般的でなかったとし、「仮に津波対策が取られていたとしても、事故が発生した可能性が相当ある」と判断。国が東電に対策を義務づけなくても、原発事故の発生に因果関係はないと結論づけた。 ◆多重的な防護対策「検討すべきだった」  これに対し、三浦裁判官は津波が予想された方角以外からも遡上そじょうする可能性の想定をするのは「むしろ当然」とし、津波の大きさも相応の幅を持って考えるべきだと言及。津波の侵入口や経路をふさぐ水密化も国内外で当時実績があり、それら多重的な防護対策を「万が一にも深刻な災害が起こらないようにする法令の趣旨に照らし、検討すべきだった」とした。  さらに三浦裁判官は、原発の技術基準は電力会社の事業活動を制約し、経済活動に影響する一方で、原発事故が起きれば多くの人の生命や、身体や生活基盤に重大な被害を及ぼすと言及。「生存を基礎とする人格権は憲法が保障する最も重要な価値」とした上で、「経済的利益などの事情を理由とし、必要な措置を講じないことは正当化されるものではない」と断じた。馬奈木弁護士はこう解説する。「つまり原発稼働による経済活動を優先し、人の生命や身体を脅かすことは許されないということ。これはまさに原告側が訴えてきたこと。もっとも注目されるべき点ではないか」  国の規制権限は「原発事故が万が一にも起こらないようにするために行使されるもの」という三浦裁判官の反対意見は、1992年の四国電力伊方原発を巡る最高裁判決が説いた内容を受けたもの。馬奈木弁護士は言う。「重要な争点にも触れないなど判断を避けた部分が多く、今回の最高裁判決は、後続裁判が縛られるものではない。この第2判決の意見が多数派になり、再び最高裁まで勝ち上がって勝訴するまで闘う」 ◆「希望持てる」続く裁判に光  三浦裁判官の反対意見をよりどころに今後も国の責任を追及していくとしても、やはり17日の最高裁判決の衝撃は、原告団にとって大きかった。  「こんな判決認めねぇぞー。許せねー、許せねー」17日午後、最高裁正門前で福島訴訟の服部崇事務局次長(51)は声を振り絞って叫び、泣き崩れた。東電の3幹部を訴えた刑事訴訟も含め、国や東電の責任を問う全国各地の約30の被災者訴訟で、弁護団が連携して積み上げてきた十分な証拠があり、勝訴だと信じてきたから「パニック状態だった」と振り返る。  翌日の原告団らの判決検討会には、服部さん含め原告団幹部が顔を出さなかった。服部さんも抜け殻のようになり、福島で判決を待つ原告仲間にもどう言っていいのか分からず、福島にも帰れなかった。心配して電話をかけてきた馬奈木弁護士に「泣いてばかりいたら、これで終わってしまうぞ」と言われ、気力を振り絞った。南雲芳夫弁護士にも「判決文を読め、希望が持てるぞ」と言われ、福島に戻り判決文を読んだ。  「三浦裁判官の反対意見は俺たちが求めていた判決だった。俺は自分のためじゃなく、原発事故の被害にあった福島県民全体のために頑張ってきた。闘いの第1章は終わったけど、これから第2章だ」。闘う力が体内から湧き上がってくるのを服部さんは感じた。 ◆二度と原発事故が起きない社会を […]  2016年以降に福島地裁に提訴した「福島訴訟」第2陣の原告は、1200人を超える。判決直後の週末に行われた弁護士による原告募集説明会には、54人が参加。その場で原告に加わった人のほか、「国の責任を認めない最高裁判決はおかしいと思って参加した」という人もいた。7月も現時点で、県内各地で14回の説明会が予定され、弁護団は「原告を第1陣、第2陣合わせて早い段階で1万人としたい」と意気込む。 福島訴訟は、各地域で共通する最低限の被害を立証し、原告以外の同じ地域にいる住民も同等の賠償が得られるように考えており、原発事故の被害者全体の救済を目指す。「放射性物質が飛び散った福島県民は全員、被害を受けた近隣の県の人たちも原告になれる」と弁護団は説明する。  判決後、福島訴訟の原告団が東電や経済産業省、原子力規制委員会、福島県議会の各党を回り、被害者の早期救済や賠償基準を定めた中間指針の見直しを求める行動には、第2陣提訴がなく今回の最高裁判決で敗訴が確定した「群馬訴訟」代表の丹治杉江さん(65)や、「千葉訴訟」共同代表の瀬尾誠さん(69)も参加した。 丹治さんは福島市内で開かれた記者会見で「後続の裁判を支えるなど、いろいろな形で不正をただしていきたい。未来を担う子どもたちのためにも、この悔しさをエネルギーに闘っていきたい」と話した。  「あれだけの原発事故を起こしながら、国にも東電にも過失責任がないとされ、対策を取ったとしても事故は防げなかったと多数意見はした。対策を取っても防げないのならば、深刻な被害を出す原発事故を防ぐには、原発の稼働を止めるしかないということになる。社会としてそれでも原発を稼働するのかが問われている」と馬奈木弁護士。  もともと最高裁判決が出ても終わりではなく、原告団は解散しないことは決まっていたと明かした中島孝原告団長(66)はこう語る。「このままでは原発事故の責任を誰も取らず、あの事故の教訓も何も学ばないまま。原発事故はまた起きる。二度と原発事故が起きない社会を次世代に引き継ぐまで闘い続ける決意は変わらない」  デスクメモ 国も東電も悪くない。悪いのは想定外の津波を起こした「自然」だと最高裁判決。あまりと言えばあまりな理屈だが、逆説的に原発推進側にとっても痛いはずだ。いくら防護をしても自然には無力で事故は防げない、と認定されたのだから。これでどうやって再稼働をするというのか。(歩) 全文

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<社説>核禁止条約会議閉幕 不参加は歴史的過ち via 琉球新報

ウィーンで開かれた核兵器禁止条約の第1回締約国会議が3日間の日程を終え閉幕した。オブザーバー参加を見送った日本政府の不在が際立った会議だった。広島、長崎の両市長や被爆者らが出席したのに、政府は参加を見送り、参加国から「唯一の戦争被爆国が参加したがらないとは驚くべきことだ」などと批判された。不参加は歴史的過ちだったと言うしかない。 […] 注目されたのはオブザーバー参加した国々だ。日本とともに「クアッド」を構成するオーストラリアや、核同盟の北大西洋条約機構(NATO)に加盟するドイツ、ノルウェー、オランダ、ベルギーである。ドイツ代表は、核の緊張緩和に向けて条約支持国との「自由な対話と誠実な議論」が重要だと強調した。 共同通信の太田昌克編集委員はこれらのオブザーバー参加を「核に依存する国でも、核兵器の正統性を否定する核禁止条約への道義的支持を示せることを実証した」と評価した。そして、日本の不参加を「後世史家から『歴史的な過ち』と指弾されかねない」と批判した。 […] 米統治時代に1300発の核が配備され誤射事故も起きた沖縄にも、核戦争の危機は迫っている。核抑止に頼らず、核兵器による威嚇も禁止する核兵器禁止条約こそが「核廃絶」への道筋だ。歴史的な過ちを一刻も早く正すべきである。 全文

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「若者が希望持てる判決を」 原発事故被災者愛媛訴訟の原告・渡部寛志さん via 東京新聞

連載「6・17最高裁判決/原発被災者4訴訟」④愛媛 ◆避難、離婚…家族はバラバラに  「フクシマさん、フクシマさん」。福島県南相馬市から愛媛県に避難した渡部寛志さん(43)は、愛媛で知り合った人からこう呼ばれることがある。東京電力福島第一原発事故から11年がたっても、「避難者」であり続ける。そして、差別もなくならない。 福島から愛媛に避難しているのは、わずか22人(4月時点、復興庁調べ)。人数が少ないだけに「避難者が目立ち、差別につながりやすい」。住居を購入しても、近所の人たちに福島から来たことを隠し続けている避難者もいる。  事故前、原発の北約12キロにある南相馬市小高区で妻と娘2人と暮らし、専業農家をしていた。政府の避難指示で町を離れ、事故から1カ月後、大学時代を過ごした愛媛に避難した。 遠く離れた地での避難生活が長引き、妻と意見が衝突することが増え、2019年に離婚した。渡部さんと次女(13)が残り、長女(17)は元妻と福島県須賀川市に移った。家族がバラバラになった現実に、「原発事故が起きなかったなら…」との思いが拭えない。 ◆国の冷酷な態度見せつけられ 国と東電を相手に裁判を起こすきっかけとなったのは、松山市内の住職の呼びかけで事故直後に始まった避難者の交流会。月1回集まると、「経済的に苦しい」と窮状を訴える声が相次いだ。賠償を東電に任せ、避難者支援も不十分なまま放置している国が許せなかった。  交流会に参加する避難者を一軒一軒訪ねて説明し、原告を募った。子育て世代の避難者が多く、事故時に20歳未満だった原告は8人と3割に上る。  15年1月、松山地裁での第1回口頭弁論で、国の冷酷な態度を見せつけられた。避難生活の苦しさを法廷で意見陳述しようとしたところ、国の代理人は「(裁判の)証拠にならないから不要だ」と、耳を傾けようとしなかった。その後も延々と科学的な論争が続き、傍聴席で疑問に思った。「この裁判に、避難者の居場所はあるのだろうか」 ◆「避難者の学校ほしかった」 […] その中に、いじめに遭い不登校になった兄弟がいた。弟は20年秋に自殺した。22歳の兄は「避難者同士が通える避難者学校を全国につくってほしかった」と吐露し、「『悪かった』と素直に謝罪ができる国だったら、そもそも事故は起きなかった」と憤った。  渡部さんの中学2年の次女は「同級生は原発事故をあまり知らない。知らないとまた事故を起こすから、判決が出たら『国の政策によって起きた事故』と教科書に載せてほしい」。  若い原告の声を聞き、渡部さんは思う。「これからも事故を背負って生きていく若者が、希望を持てる判決を言い渡してほしい」(小野沢健太)  愛媛訴訟 東京電力福島第一原発事故で福島県内から愛媛県内に避難した住民が2014年3月から順次提訴し、25人が国と東電に慰謝料を請求。一審松山地裁(久保井恵子裁判長)は19年3月26日、国と東電に計2743万円の支払いを命じた。21年9月29日、二審高松高裁(神山隆一裁判長)も、東電に津波対策を講じさせなかったのは「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」と国の責任を認め、計4621万円の支払いを命じた。東電の賠償責任は最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)が22年3月30日付で東電の上告を退け、確定した。 全文

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「ふるさと奪われ、なんでこんな仕打ちを…」 原発事故被災者千葉訴訟の原告・南原聖寿さん via 東京新聞

連載「6・17最高裁判決/原発被災者4訴訟」③千葉 ◆福島ナンバーだけで嫌な視線   「すっかり体力が落ちちゃったね。5月に出場した障害者スポーツ大会の100メートル走は21秒。精神的なものもあるけど、白髪が増えるわけだ」  足に障害がある南原聖寿せいじゅさん(62)はスマートフォンに保存された過去の写真を見返し、年月の経過を実感することが多くなった。  東京電力福島第一原発の20キロ圏内にある福島県南相馬市小高区の自宅から、家族で千葉県君津市に避難して11年が過ぎた。東電と国の責任を追及するため千葉地裁に提訴してから既に9年を超え、ようやく17日に最高裁が国の責任について判断する。  「原告団の中には亡くなった人もいるし、加齢で表舞台に立てなくなった人もいる。長すぎる」 君津市は妻の園枝そのえさん(63)の実家が近くにあったが、苦労は尽きなかった。「乗る車が福島ナンバーというだけで、嫌な視線を感じた」。疎外感を覚えずにはいられなかった。 就職した長男(25)は事故当時、転校先の中学校で「放射能がうつる」と言われるなどのいじめに遭い、不登校に。知的障害のある長女(22)は事故後、車いすでの生活に変わった。園枝さんも足の障害が悪化し、車いすを手放せない。 ◆最高裁は忖度しないで判断を ◆最高裁は忖度しないで判断を  住み慣れた地からの転居で、長年勤めていた半導体メーカーの退職を余儀なくされた。消化器系の持病が悪化し、アルバイトもあきらめた。生活保護で家賃と生活費をやりくりしながら、園枝さんと長女の3人でアパート暮らしを続ける。  「福島にいたころはいろいろな人と交流があったけど、現在の自宅周辺は住民同士のつながりが薄く、家族で外出するのは買い物や病院に行く時ぐらい。町内会活動でもあればいいけどね」 […]  裁判を通じて「国は東電に責任をなすりつけ、東電は安全対策よりも経営のことしか考えていない」と痛感した。5年ぐらいで終わると思っていた裁判は、想像以上に長期化した。「責任の有無はすぐに分かるはず。どうしてここまで引き延ばすのか不思議でならない」と嘆く。  南原さんはかつて、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスが発生する火力発電よりも、原発は環境に優しいと前向きにとらえていた。だが、放射能で汚染した土の保管や長期化する廃炉作業を目の当たりにし、考え方は完全に変わった。  「国の管理監督責任をもっと拡大することが将来のためになる。最高裁は忖度そんたくせずに判断を下してほしい」(山口登史、写真も)  千葉訴訟 東京電力福島第一原発事故で福島県内から千葉県内に避難した住民47人が2013年3月11日、国と東電に損害賠償を求めて提訴。17年9月22日の一審千葉地裁判決(阪本勝裁判長)は国の責任を認めず、東電に計3億7600万円を支払うよう命じた。21年2月19日、二審の東京高裁判決(白井幸夫裁判長)は、国の責任について東電に津波対策を講じるよう「規制権限を行使しなかったのは違法」と認め、国と東電に計2億7800万円の支払いを命じた。東電の賠償は最高裁第2小法廷が22年3月2日付、東電の上告を退け、確定した。5月末までに原告7人が亡くなった。 全文

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「悔しいから、くじけなかった」 原発事故被災者群馬訴訟の原告・丹治杉江さん via 東京新聞

連載「6・17最高裁判決/原発被災者4訴訟」②群馬 ◆事故を防ぐ機会は「何度も何度もあったのに」  10日午後6時前、JR前橋駅前で、丹治たんじ杉江さん(65)はマイクを握っていた。  「事故の原因をはっきりさせ、2度と同じように涙を流す人を見たくない」  2012年11月から毎週金曜に始めた脱原発を呼び掛ける活動は、483回目。次回17日には駅前に立たない。その日、自身の裁判で最後の判決が最高裁で言い渡される。  「過酷な事故を防げる機会は何度も何度もあったのに、国は対策をしたとしても事故は防げなかったと主張した。やりもしないでやっても無駄だったなんて、一番腹が立つ」 […]  「過酷な事故を防げる機会は何度も何度もあったのに、国は対策をしたとしても事故は防げなかったと主張した。やりもしないでやっても無駄だったなんて、一番腹が立つ」 法廷に毎回通い、他の避難者の訴訟を応援するため、各地に足を運んだ。交通費や休業手当が出るわけでもない。自宅には、読みあさった原発関連の本や資料が山のように積んである。  「勉強し、人の話を聞き、発信して。こんな濃密な日々はなかった。後悔はない。でも、これが自分の望んだ人生だったのかな」 ◆罵声のような言葉 一人で泣き、叫んだ […] 放射能への不安、子どもを安心して育てられないなど、それぞれの事情で避難を余儀なくされた。にもかかわらず、自主避難には「勝手に逃げた」とレッテルを貼られた。  「裁判が福島の復興を邪魔している」と、罵声のような言葉を浴びた時もあった。「何度も車の中で一人、泣いたり、大声で叫んだりした」。それでも、原告団の先頭に立ち続けた。原告は4人が亡くなり、末期がんで苦しんでいる人もいる。「くじけなかったのは、悔しいからですよ」 ◆裁判が終わってもするべきことがある  国の責任を巡る最高裁の統一判断は、約30ある他の訴訟に絶大な影響を与える。「怖い。これで終わりだから。考えると、眠れない」。勝っても劇的に生活が変わるわけではない。でも、責任を認めさせたい。  「原発事故の被害者が安心して暮らせるよう、たくさん施策を作っていかないと。原発事故後を生きる大人の責任として」。裁判が終わっても、するべきことがある。幹夫さんと将来を語り合うのは、まだもう少し先だ。(小川慎一)  群馬訴訟 東京電力福島第一原発事故で福島県から群馬県内に避難した住民と家族ら137人が国と東電に慰謝料を求め、2013年9月11日に提訴。17年3月17日の一審前橋地裁判決(原道子裁判長)は集団訴訟では最初の判決で、国について「規制権限に基づき対策を取らせるべきなのに怠った」と責任を認め、東電と国に計3855万円の支払いを命じた。だが21年1月21日、二審の東京高裁判決(足立哲裁判長)は一転、国の責任を否定。東電のみに計1億1972万円の支払いを命じた。東電の賠償責任は最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)が22年3月2日付で東電の上告を退け、確定した。 全文

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