昨年4月、政府は東京電力福島第一原発の処理水を海洋放出する方針を決めた。増え続ける汚染水は事故直後からの課題だったが、政府も東電も先送りを続け、タンクの容量が限界に近づいた末の決着だった。政府や東電は海洋放出の安全性を強調するが、風評被害などに対する地元の不安は高まったまだ。
放出始まってもなお難しい見通し
東電は処理水の海洋放出に向け、今年6月から本格的な設備工事を始める予定だ。海底トンネルについては、地下鉄工事などに使う大型掘削機で、原発沖の海底地盤を掘り進める。東電は「数カ月でできる」とするが、硬い岩盤があれば、その分時間はかかる。
また、政府と東電は放出開始1年前となる今春ごろから、放出開始後のデータと比較するため、海域の放射性物質のモニタリングを強化する。
国際原子力機関(IAEA)は現地調査を経て、今年中に放出の安全性や人体や環境への影響などを評価する報告書をまとめる予定だ。IAEAは23年春からの放出中、放出完了後も報告書を策定するという。
ただ、放出が始まっても、敷地内のタンクをすぐに減らせるわけではなさそうだ。東電によると、目標とする「30~40年後の廃炉完了」に合わせて、この先30年ほど放出を続けていく。具体的な放出計画は、汚染水の発生状況などを踏まえて策定し、毎年見直していくという。
一方で、雨水や地下水の建屋への流入は続く。昨年の汚染水発生量は1日平均150トン、年間では5万トン超だ。政府と東電は発生量を25年までに1日平均100トン以下に減らすとしているが、その先の目標は示せていない。(川村剛志)
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分厚い資料で一方的に説明、漁師の指摘には黙った政府担当者
決定から9カ月余りが過ぎたが、地元では政府・東電への批判が収まらない。
「海洋放出しても安全というなら自分の家の庭にまいたり、東京湾に注ぐ川に流したりしてはどうか」
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小名浜など八つの港を抱えるいわき市の内田広之市長は5日の会見で、「説明回数を重ねたからといって地元理解が進んだことにはならない」と述べた。昨年9月の市長選で初当選して以来、政府の風評対策に対し、批判を強める。
複雑なのは、福島第一原発の立地自治体だ。廃炉を進めるには、原発敷地内にため続けてきた汚染水の処理は避けて通れない。
双葉町の伊沢史朗町長は、政府決定後、梶山弘志・経産相(当時)に対し、国民や漁業関係者への丁寧な説明を求めたうえで、「しっかりと進めて」と伝えた。その後、対外的な発言はしていない。
町は、原発事故に伴う全町避難がいまだに続く唯一の自治体だ。そのうえ、15年には、「復興を前に進めるため」(伊沢町長)と、汚染土などを保管する中間貯蔵施設を受け入れた。処理水をめぐる問題は、みたびの負担を強いるものだ。
県内のほかの自治体からは、放出による風評被害を懸念し、「長期保管すべきだ」との声も上がる。こうした声に、町幹部は「それなら(保管するための)用地の議論もすべきだ」といら立ちを募らせる。(長屋護、福地慶太郎)
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「義務教育で情報判断する力を」
「海洋放出は日本だけで決めていいの?」「雨水を防ぐ屋根がしっかりしていたら汚染水は増えないのでは」――。
昨年12月中旬。福島県いわき市の福島高専で、学生33人が四つのグループに分かれて話し合っていた。テーマは、昨年4月に政府が海に流す方針を決めた東京電力福島第一原発の処理水の処分方法。日本原子力研究開発機構(JAEA)の大場恭子・技術副主幹らが、未来を担う世代の学生たちに主体的に考えてもらおうと企画した。賛否の判断や合意を目指すのではなく、地元の漁師や風評被害に詳しい識者らにも参加を依頼し、学生が質問できる場を設けた。
ある学生は、ALPSでも取り除けないトリチウムについて、「影響がよくわからない。目に見えないから不安になる人もいる」。これに対し、「トリチウムを流している他の原発周辺で影響を調べたら」「数値を測って、目に見える数字で示したら」などの意見が出た。
「大気の方が、海洋放出よりも拡散し、濃度が低くなるのではないか」と学生が質問すると、東電の担当者は「海の方が空よりも、拡散した後の放射性物質の監視がしやすいメリットがある」と答えた。
風評被害への対策についても議論した。「時間はかかるが、義務教育で正しく情報を判断する力を教えたらいいのでは」と提案する学生もいた。いわき市の漁師、新妻竹彦さん(60)は、政府・東電が福島県漁連に対し、「関係者の理解なしにいかなる処分もしない」と約束していたことを挙げ、「国にも東電にも裏切られた」と訴えた。
参加した今野涼太さん(18)は、以前友達が「お父さんが仕事で処理水に関わっている」と打ち明けてきたことが気になっているという。「『そうなんだ』と返したが、やはり話しにくい雰囲気があると感じる」と話した。(藤波優)
全文は原発処理水「話しにくい雰囲気」 安全強調の政府と地元の温度差