降雨域外で「黒い雨に遭った」 4人が新証言 爆心地西側30キロで via 毎日新聞

小山美砂

広島への原爆投下後に降った「黒い雨」を巡り、降雨が確認されていなかった爆心地の西側約30キロの地域で、新たに4人が「黒い雨に遭った」と毎日新聞の取材に証言した。過去3回実施された専門家らによる調査のいずれでも「降雨域外」とされていた地域。降雨域外の証言は、黒い雨被害者の支援団体や広島県・市もこれまで確認しておらず、明らかになるのは初めてとみられる。

国は、黒い雨を巡る広島高裁判決(7月)を受けて現行の援護対象区域外で雨に遭った住民への救済を検討するとしており、証言者が救済の対象になる可能性がある。新証言は、被爆者認定の審査指針改定議論にも影響を与えそうだ。

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4人によると原爆が投下された午前8時15分は校庭で朝礼中。広島市の方向から強い光が差し、爆音とともに校舎のガラスが揺れた。うち3人は、焼け焦げた紙片などが降った後、午後3時過ぎから黒い雨が降り始めたと証言する。4人のうち少なくとも2人は被爆者に支給される健康管理手当の対象疾病となる、がんなどを患っている。1人を除き雨の色は覚えていないが、焼けた紙やすすが多数降ったと証言した。

前立腺がんと脳梗塞(こうそく)を患い、左半身不随の河野博さん(84)=広島市東区=は当時8歳。姉(88)とともに「下校途中から焼けた新聞紙などが降り、ぼたん雪のようだった」と語った。病名は明確ではないが甲状腺を患う宮本サチ子さん(82、当時6歳)=同市中区=は、時刻は定かでないとした上で「着物の端切れや紙くずを拾って、友人と大きさを比べて遊んだ」と証言。そのうちの一人は肝臓がんを患い60代で亡くなったという。住田康雄さん(85、同9歳)=同市安佐南区=は「手のひらくらい大きな紙片に、爆心地近くの病院名が書かれていた。4人ぐらいで田んぼで遊んでいた時に黒い雨が降り始め、びしょぬれになった」と語った。

 4人はいずれも、戦後は長く差別などで被爆について話しづらい雰囲気があり、自身の生活に追われていたが、2020年7月の黒い雨訴訟地裁判決

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