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小泉純一郎氏の原発ゼロ発言についての私見──政治を考える 小熊英二 via GQ Japan

沈黙していた元首相は、なぜ震災後2年半もたってから記者会見まで開いて、脱原発を提言したのか? 考えられることは3つある。

文: 小熊英二(歴史社会学者、慶應義塾大学教授)

小泉純一郎氏の「原発ゼロ」発言が注目を集めている。今回はこの件について私見を述べたい。

小泉氏が脱原発を唱えだしたのは、確認できるところでは2012年のようだ。2012年4月、脱原発を宣言した城南信用金庫の主催の講演会で、小泉氏は 「原発推進は無理。依存度を下げるべき」と訴えた。同年11月に城南信金が脱原発をめざすシンクタンクを設立した際も、理事長に電話で激励したという。こ れらは「東京新聞」2012年11月28日の記事に記載されており、筆者も一応は知っていた。

城南信金理事長の吉原毅氏は、経済学者の加藤寛氏の門下生だった。2013年3月、加藤氏は『日本再生最終勧告 原発即時ゼロで未来を拓く』(ビジネス社)という本を出版している。この本で加藤氏は、自由主義経済学の立場から、電力市場統制と補助金でなりたっている 原発を強く批判し、民間活力を活かした「自立分散型電源社会」を提唱した。

じつは加藤氏は、旧国鉄の分割民営化を提唱したことでも知られ、この著書でも「親方日の丸」の電力会社の弊害を、旧国鉄や旧電電公社と類似の問題として論 じている。そして小泉氏は、「私が郵政民営化が必要だと思ったのは、加藤寛の本を読んだからだ」と述べており(「文藝春秋」2013年12月号)、加藤氏 の『日本再生最終勧告』にも、竹中平蔵氏とともに推薦を寄せている。

つまり小泉氏が脱原発を唱えるのは、突然でも不思議でもない。とはいえ彼は、政界引退後は講演もほとんど断わり、目立った発言もなかった。それがなぜ、震災後2年半もたってから記者会見まで開いたのか。考えられることは3つある。

[...]

3つめは、いまなら安倍政権の支持率が高いことだ。自民党は大勝したが、大量の議員を抱えるということは、大臣のイスも全員には行きわたらないということ だ。郵政選挙後の自民党にしろ、政権奪取後の民主党にしろ、大勝するとかえって党内が不安定になり、何も決められなくなる。重要なことが決定できるのは、 首相の支持率が高く、党内の求心力が高い間だけだ。小泉氏が、安倍首相が決断すればできる、いまがチャンスだ、と言っているのは、そうした意味もあるだろ う。

実は自民党は、最盛期の1991年にくらべ党員数が8割以上減り、足腰が弱っている。「小泉改革」以降、党員源だった建設業界や郵便局、医師会などから大量脱党したのが一因だ。2012年来の選挙で勝ちはしたが、絶対得票率は2割もなく、支持率が落ちたら先がない。次回総選挙は3年後だが、小泉氏の言うよ うに「3年後はもっと原発ゼロ論者が増える」とすれば、脱原発を宣言するのは自民党の生き残りに有利である。安倍首相がそれを決断できれば、彼は郵政選挙 時の小泉氏以上の支持を得るだけでなく、「脱原発を決断した首相」「日本のメルケル」として、歴史に名を残すことができるだろう。まさに小泉氏の言うとお り、安倍氏は「とても運のいい首相」である。安倍氏にその運を活かす政治的センスがあれば、の話だが。

全文は 小泉純一郎氏の原発ゼロ発言についての私見──政治を考える 小熊英二

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