赤茶けた岩盤や奇岩が広がる景勝地「アーチーズ国立公園」への玄関口である米西部ユタ州のモアブ。国内外からの観光客でにぎわうこの町は数十年前までウラン産業の中心地として栄え、米国の核兵器開発を支えた。町外れでは1984年までウランを抽出していた工場の跡地で浄化作業が続き、周辺には休止状態の鉱山が散在する。
◆「こんなことが長年許されていたなんて」
モアブから南に約40キロ、車で20分ほどのラ・サル小学校では、校庭から400メートルほど離れた荒野に、色あせた鉄塔「ビーバー・シャフト」がたたずむ。ラ・サル鉱山群の地下坑道にラドンなど放射性物質を含むガスが充満しないよう、外部に排出するための換気ダクトだ。2012年まで稼働していたという。
「山を背にしているためガスは山おろしの風に乗って学校に向かう」。モアブの非営利団体「ウラニウム・ウオッチ」のサラ・フィールズが解説する。「こんなことが長年許されていたなんてどうかしている」。付近には小学校のほかに商店や民家も点在する。空間放射線量は毎時0.43マイクロシーベルトほどで、日本政府が東京電力福島第一原発事故後の除染の目安とする0.23マイクロシーベルトを上回っていた。
近くには、ほかにも休止状態の採掘場が残され、過去の採掘で出た残滓の処理場も点在する。純度の低いウラン鉱石や砂利などがむき出しのまま積み上げられ、スノーボール鉱山の処理場の空間放射線量は毎時1.43マイクロシーベルトの高い値だ。
処理場には簡単に近づくことができ、取材中にも男性2人が四輪バギーで通りかかった。フィールズは「ラ・サル鉱山群は、ユタ州で地域社会に最も近接した鉱山だ」と指摘し、環境や健康への影響を懸念する。
◆問題は放置され、操業再開の懸念も
ユタ州保健局が18年にまとめた報告書によると、1980〜2014年にモアブと隣町スパニッシュ・バレーでは、特に男性の肺がんと気管支がんの発生率が高かった。原因は特定していないが、喫煙などとともに、ラドンやウランの影響も要因の一つとして挙げられている。
「政府は残滓の問題を解決せずに立ち去った」。環境保護団体ヒール・ユタのメラニー・ホールはかつて国策としてウラン産業を後押しした政府を批判する。
さらにラ・サル鉱山群などで操業再開の兆しがあり、同団体のレキシー・タデンハムは危機感を募らせる。米国は現在、ウランの大部分を輸入に頼り、21年には輸入の14%はロシア産だった。米国は、ウクライナに侵攻したロシアの資金源を絶つため経済制裁を科しており、ウランも制裁対象になれば、再び国内生産に目が向くことになる。
[…]
(ユタ州で、吉田通夫、写真も)