世界が頭を抱える難題を問う選挙が近づいてきた。岸田文雄首相の下で初めて実施される衆院選ではない。原発の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場選定に向けた文献調査が進む北海道寿都町で21日に告示される町長選。無害化するまで「10万年」といわれる「核のごみ」を受け入れるか否か。人口わずか2800人の港町が揺れている。
20年ぶり選挙戦に
札幌から車で3時間。寿都町中心部にある飲食店に入ろうとすると、店頭の看板に目がとまった。「『核のごみ』の最終処分場選定、町長選に関連する展示物や配布物の設置はお断り」。住宅街にも「建設絶対反対」などと書かれた看板が設置されており、ピリピリした空気が漂う。
警察署や原子力発電環境整備機構(NUMO、ニューモ)の事務所がある通りに移動すると、核のごみ問題に絡む看板類は見当たらない。静かな町の雰囲気が保たれていた。昨年9月に発足した反対派の住民団体「子どもたちに核のゴミのない寿都を!町民の会」の共同代表を務める三木信香さん(49)は「それだけしがらみがあって自分の気持ちを出せないということだ。町長選があるとは思えないくらい、町は静かだ」と話した。
町民の会は同10月、調査応募の賛否を問う住民投票条例の制定を求め、署名活動を実施し、町に直接請求した。「『核のごみには反対だけど、署名はできない』という人もいた。ママ友たちと会っても、核のごみ問題には一切触れてはいけない空気が流れている」。三木さんはこう話し、重苦しい町の雰囲気に眉をひそめた。
(略)
文献調査に伴い、町と周辺自治体には2年間で最大20億円の交付金が落ちる。片岡氏は「いま財政は逼迫(ひっぱく)していることはないが、将来も安泰とは限らない」と主張。将来の支出に備えて交付金を基金に積み立てる考えを示している。一方、越前谷氏は「古里の自然はお金では買えない、お金と比較することのできないものだ」と批判。交付金に頼らない町づくりと調査撤回を訴える。
(略)
19年の寿都町議選の結果をみると、今回の町長選で片岡氏を支持するとみられる町議5人の得票数(計1182票)は、反対派とされる町議4人の得票数(計757票)を上回る。単純比較で言えば、片岡氏の優位に見える。片岡氏は全国の自治体として初めて風力発電を誘致するなど、その行政手腕を高く評価する声もある。
しかし、片岡町政を支えてきた勢力にも地殻変動が起きているようだ。関係者によると、従来は片岡氏支持だった保守系の産業5団体のうち、水産加工業と観光業の2団体が「反対」に回った。5団体の一つ、漁業協同組合は片岡氏支持とみられる複数の町議の出身母体だが、阿部茂樹専務理事は「個々の組合員が決めることだ」と話しており、投票先を自主判断に委ねるスタンスだ。
(略)
強まる町民の反対
町民の反発も根強い。昨年10月には片岡氏の自宅に火炎瓶が投げ入れられる事件が発生。函館地裁は先月、現住建造物等放火未遂と火炎びん処罰法違反(使用)の罪に問われた男に懲役3年・執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。
町民の会の三木さんは「これ以上、町を分断させないためにはあまり騒がない方がいいような気もする」と打ち明ける。ただ、「子どもたちが将来、この問題に巻き込まれたらかわいそうだ。活動をやめて後悔したくない」とも話し、反対運動を続けていく考えだ。
地震や火山活動が活発な地震大国の日本で「核のごみ」を長期間安全に地層処分できるのか。13日には道内の地質学者らが寿都町について「地質的特徴から不適地だ。今後10万年の地殻の挙動を予測し地震の影響を受けない場所を選定するのは、今の地質学や地震学の水準ではできない」などとする声明を発表した。
(略)
ただ、寿都町は財政規模に対する借金返済の割合を示す「実質公債費比率」が12・5%と、道内全179市町村で22番目に悪い。ふるさと納税や風力発電の売電収入に頼る財政運営を強いられている。片岡氏は「文献調査に応募したからといって最終処分場ができると決まったわけではない」とも述べており、第2段階の調査に進む際は住民投票を実施する考えを示している。
越前谷氏の陣営の関係者は「核のごみの受け入れに反対でも交付金だけはもらいたい。そう考えている人もいる」と指摘。10万年後ではなく、足元の町の財政を見据えた交付金欲しさの思惑も透ける。
(略)
経産省が複数候補にこだわる背景には、過去の「苦い経験」(経産省幹部)がある。07年に高知県東洋町が全国で初めて文献調査に応募したものの、町長選で反対派の候補が勝利して撤回。選定手続きは振り出しに戻り、行き詰まった。国は15年、自治体からの応募を待つ方式から、自ら主導して地域に協力を求めながら選定手続きを進める方式に転換。17年、安全性を科学的に検討して適地の可能性がある地域を示した全国地図「科学的特性マップ」を公表し、複数の候補地を探るようになった。
選定が遅れれば遅れるほど、別の問題が深刻化してくる。既に核のごみは国内で約2500本生じており、日本原燃の「高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター」などがある青森県六ケ所村で1995年から受け入れ、保管している。県、六ケ所村、日本原燃が結んだ協定は、受け入れから「30~50年後」に搬出すると明記しており、遅くともあと24年で県外に持ち出さなければならない。
(略)
フィンランドは唯一、バルト海に浮かぶオルキルオト島で16年から処分場の建設作業に入り、20年代の操業を予定する。日本のようにプルトニウムを再利用のために取り出す「再処理」をせず、使用済み核燃料をそのまま深さ400メートル超の地下に埋設し、10万年にわたって保管する「直接処分」となる。スウェーデンも20年、処分場建設予定地に選定されたフォルスマルクがある自治体議会が、受け入れることを議決した。
一方、米国は02年に一度ネバダ州ユッカマウンテンを最終処分地にすると決めたが、09年には州の反対を受けて当時のオバマ政権が中止を決定。トランプ政権は一転して計画継続を模索したが、バイデン政権の現在に至るまで目立った動きはない。ドイツは70年代からゴアレーベンを候補地として探査活動をしていたが、10年の凍結期間を経て13年に終了。振り出しに戻っている。中国やロシア、フランスなどは寿都町が受け入れた文献調査より先の「概要調査」「精密調査」の段階に入っている。【高山純二、岡田英、岡大介】