福島第1原発事故後、広島へ移住の弁護士が初めて話したこと 低線量被ばくに警鐘 via 毎日新聞

2011年3月の東京電力福島第1原発事故に遭った弁護士の石森雄一郎さん(41)が、広島市に移住して7年が過ぎた。事故から10年を前に初めて体験を語り、年間100ミリシーベルト以下の低線量被ばくについて「健康リスクは低い」とする政府見解にも問題提起した。「原爆を経験した日本は低線量被ばくの影響を知っている。原発の再稼働が進む今こそ、国民レベルで事故と向き合う必要があるのではないか」――。【小山美砂】

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「事故による混乱が続けば、弁護士の仕事は必要とされる」。泣きじゃくる広島出身の妻を説き伏せて帰郷させ、自身は事故と向き合う覚悟で福島に残った。放射性物質を恐れてマスクをつけ、地元食材への不安から外食を続けるとたちまち体重が5キロ増えた。放射線を測るガイガーカウンターを入手した。実家にほど近い福島県郡山市にある自宅の雨どいに近づけると、測定範囲を超える毎時9・99マイクロシーベルトを指した。部屋の隅でも高い数値を測定した。

 無意識に「安全」を求めた。国際的な科学的知見で年間100ミリシーベルト以下の低線量被ばくによる健康リスクを証明することは難しいとする政府見解などを、心のよりどころとした。一方で被ばくを恐れて郷里からはくしの歯が欠けるように人がいなくなり、電話で連絡を取り合った妻とは言い争いが増えた。眠れぬ日々が続いた。酒にのまれる悪癖はなかったが、出張から帰る新幹線で飲んだ1本のチューハイで泥酔した。

低線量被ばく巡る政府見解に問題提起

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裁判で白黒をつける弁護士の習性が、自分を追い詰めたとも思う。政府見解の支えとなっている「国際的な科学的知見」は現代科学の粋を集めた暫定的な知見とも言え、低線量被ばくと健康リスクの因果関係は未解明な部分も残っている。政府に対しても「分からないことを分かったように言うのではなく、『分からない』と伝えるべきでなかったか」と注文をつける。

 広島での7年間で、原爆投下後に爆心地付近を歩いた入市被爆者にも健康被害が出ていると知った。「日本には被ばくを避けようとする意識があるはず。原発を絶対悪とは思わないが、国民全体で放射能とどう付き合うのか議論する時が来ている」。広島県内の避難者33人が国と東電に損害賠償を求めた広島地裁訴訟の原告に自身も名を連ね、低線量被ばくについて警鐘を鳴らし続けるつもりだ。

全文は福島第1原発事故後、広島へ移住の弁護士が初めて話したこと 低線量被ばくに警鐘

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