孫も隣人も戻らない 原発事故から8年、飯舘村はいま via 朝日新聞

菅沼栄一郎

東京電力福島第一原発事故から間もなく8年。福島県飯舘(いいたて)村は避難指示区域が解除されて約2年が経つが、戻った村民は1割余り。主が帰らぬ空き家は次々と解体され、空き地には背丈を超えるカヤが生い茂る。故郷へ向かうはずの村人の足取りはなぜ重いのか。村南部の小宮地区を7年前から定期的に見回りをする元区長の庄司武実さん(65)の車に同乗して「村のいま」を見た。

(略)

一帯の山辺沢集落には20戸余り住んでいたが「戻ったのは4世帯だね」。震災前の小宮地区には136世帯あったとされる。帰って来たのは「せいぜい15軒くらいかなあ」。

庄司さん自身、避難先の福島市内に新築した家から妻の栄子さん(65)と一緒に飯舘村に戻るのは、週にいっぺんくらい。「4人の孫を市内の学校に送り迎えするのはジイバアの役目。朝晩たいへんなんだ」

お孫さんといっしょに村に戻ればいいのに?

「孫の友達も村にはいないんだ。放射能の影響がどう出るかわからんし、無理に帰ろうとも言えんだろ」

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一帯の山辺沢集落には20戸余り住んでいたが「戻ったのは4世帯だね」。震災前の小宮地区には136世帯あったとされる。帰って来たのは「せいぜい15軒くらいかなあ」。

庄司さん自身、避難先の福島市内に新築した家から妻の栄子さん(65)と一緒に飯舘村に戻るのは、週にいっぺんくらい。「4人の孫を市内の学校に送り迎えするのはジイバアの役目。朝晩たいへんなんだ」

お孫さんといっしょに村に戻ればいいのに?

「孫の友達も村にはいないんだ。放射能の影響がどう出るかわからんし、無理に帰ろうとも言えんだろ」

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同村の「避難情報」(2月1日現在)によると、村全体の「帰還者」は878人。震災前の約6500人の約13%だ。しかも、村で顔を合わせるのは「自分より年上」がほとんど。「この村はおれたちの代で終わりだよなあ」。見回りの約3時間、庄司さんは何度もため息をついた。

お年寄りが目立つ村のなかで、30代が働く光景を目にした。佐藤豊洋(とよひろ)さん(37)の牧場だ。ちょうど、パイプのすき間から顔を出してエサを待っている牛たちに牧草をやっていた。

父親(70)は震災後、600頭余りの牛を全部売り払った。が、飯舘で牧場を続けるという豊洋さんの意思を聞いて、もう一度やりなおした。牧場にはいま、約130頭の牛がいる。これから増やしていく考えだ。

豊洋さんは、4人の子どもたちと一緒に隣の川俣町に住んでいる。「子どもには自由に将来を選んで欲しいと思う」。子どもたちが大きくなった時、この村はどうなっているだろうか。

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