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広島原爆アーカイブ 被爆1カ月 毎日新聞記者が捉えた廃虚の広島 via 毎日新聞

広島への原爆投下から1カ月後の1945年9月、毎日新聞記者が撮影した写真は、廃虚と化した街並みの片隅に、生活再建に踏み出した人々の姿を捉えていた。一方で米軍調査団による視察の光景も収めており、連合国軍総司令部(GHQ)による報道統制が始まる直前の様子を伝える。

無残な焼け跡、復興ほど遠く 

 被爆1カ月後の広島を捉えた一連の写真は、毎日新聞大阪本社写真部に在籍した山上圓太郎、新見達郎両記者が1945年9月9~11日ごろに撮影した。広島原爆資料館の検証で判明した撮影ポイントは、広島県大野村(現廿日市市)を含む21カ所で、復興にはほど遠い状況を伝えている。

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撮影直後、9月17日に九州に上陸した枕崎台風が広島に接近する。広島県内だけで2000人以上の死者・行方不明者を出し、人々の生活再建はさらに遠のくことになった。

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45年9月9~11日ごろ、毎日新聞大阪本社写真部に在籍した山上圓太郎と新見達郎の両記者が撮影した。焼け残った建造物や病院を視察する米軍調査団の写真が中心で、市井の人々を捉えたカットは数えるほどしかない。

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広島原爆戦災誌第1巻(広島市編、71年)はこのヤミ市について「(45年)八月末から九月上旬はムシロを敷いてあきなう露店が出ていた」と書いたが、再開発された現在の広島駅前にその面影はない。駅南口から猿猴川に架かる駅前大橋を渡り、近くに建つ雑居ビルの階上から東側を仰ぐ。200メートルに届かんとする高層ビルが正面にそびえ、整備された川岸にはランニングする女性の姿があった。

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原子野に芽吹く緑

 人の姿こそないが、被爆地の再生を予感させる写真もある。軍用地だった広島城の周辺(地図16)に芽吹いたカボチャを撮影した1枚だ。広島県立総合体育館(広島市中区)のかいわいを歩く。地下階の頭上を渡す通路が、映画で見た近未来都市を思い起こさせた。街路樹にふと目を向ける。枝々に咲く花が西日を浴び、まぶしいばかりのピンク色を放っていた。【平川哲也】

全文は広島原爆アーカイブ 被爆1カ月 毎日新聞記者が捉えた廃虚の広島

写真は広島原爆アーカイブ写真特集 毎日新聞記者が捉えた被爆1カ月の広島

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