伯父が第五福竜丸で被曝、伊方原発差し止め提訴へ via 朝日新聞

四国電力伊方原発愛媛県伊方町)の運転差し止めを求め、対岸の大分県の住民らが28日、大分地裁に提訴する。原告は250人以上になる見込み。その一人、同県臼杵市の伊東俊義さん(64)は、伯父が米国の水爆実験で被曝(ひばく)した第五福竜丸の乗組員だった。核で人生を狂わされた親族を身近にみてきたからこそ、原告に加わった。

伊東さんの伯父の高木兼重さんは、大分県のマグロ漁師だった。1954年、米国が太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験に遭遇した静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」に操機手として乗り込み、被曝した。高木さんの次女(71)によると、大分に戻ってからも数年は体調を崩して働けず、マグロ漁船には二度と乗れなかったという。89年、肝臓がんのため66歳で亡くなった。

伊東さんは、伯父に第五福竜丸のことは尋ねなかった。「周囲から『聞いてはいけない』と教えられていた」と振り返る。

ログイン前の続き伯父宅には、ビキニ事件に関する本や第五福竜丸の 船員と一緒に写った写真のアルバムが並んでいた。25歳の頃、病院で顔中に包帯を巻かれた54年当時の伯父の写真を見つけた。いつもは事件について無口な 伯父がぽつり、ぽつりと語り出した。「水爆実験の時、空は朝日が昇ったみたいに明るくなった。たまがった(驚いた)」「毎年、東京まで検査に呼ばれる。モ ルモットみたいだ」

(略)

7月、伊東さんは差し止め訴訟の原告に名を連ねる知人から、原告団のホームページ作成などを頼まれた。「このまま黙っているのは悔しい」。自身も原告に加わることを決めた。8月、四電は伊方3号機を再稼働させた。

提訴の28日は、原告団事務局の一人として参加する集会を撮影し、ホームページに掲載する予定だ。「核によって人生を狂わされてしまう人を二度と生み出してはいけない」と話している。(枝松佑樹)

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