「物の怪」としてのゴジラ via Huffington Post

(抜粋)

とはいえ、共通点として個人的に強く印象に残ったのは、ゴジラがもたらす圧倒的な「災厄」のイメージだ。初代ゴジラにも共通するが、それはそれぞれ の作品が作られた時代を反映している。最初の『ゴジラ』は1954年、つまり終戦から9年後に公開された。朝鮮戦争に伴う特需もあって急速に復興が進む中 だが、まだ戦争の記憶が鮮烈だったころだ。つまり、ゴジラがもたらす「災厄」はまぎれもなく戦争をイメージさせるものとなっている。作中で逃げ遅れた母子 の母親が子に向かって「もうすぐお父様のところへ行くのよ」と語りかけるシーンは多くの日本人が戦争中の空襲を思い出しただろうし、水爆実験により生まれ たとの設定は当時問題となっていたビキニ環礁での核実験を反映したものだ。ガイガーカウンターで放射能を測定するシーンは原爆の被害を思い出させただろ う。

今回の『シン・ゴジラ』公開は2016年、つまり2011年の東日本大震災から5年後にあたる。300万人が死に多くの都市が灰燼に帰 した戦争に比べれば、震災の被害は大きいとはいえないが、平穏な暮らしに慣れた現代の私たちに与えたインパクトは十二分に大きかったといえるだろう。ゴジ ラが呑川を遡上するシーンで見られた、ボートを押しのけて水が押し寄せるシーンは、震災時に数多く記録された、津波の記憶を鮮烈によみがえらせる。逃げ惑 う人々、避難所で過ごす人々、政府の対応のもたつきも記憶に新しいし、放射性物質拡散のようすを示した図は震災によって引き起こされた原発事故の際に私た ちが見たものとよく似ていた。

作り手の意図はともかく、両作品に共通して私が感じたのは、ゴジラの破壊神としての圧倒的な力が、観客の心の 反映でもあるのではないかということだ。それは戦争や大地震、原水爆や原発事故のような、大きな被害や衝撃を与えた災厄が、数年を経過し、記憶として昇華 されていくことであり、また、それでもなお残りかつ逆に増幅する不安や恐れ、不満やいらだちを象徴するものでもあり、同時にままならぬ現状をすべて破壊し てしまいたいと願わずにいられない衝動のあらわれでもある。

(略)

最初の『ゴジラ』と『シン・ゴジラ』の双方に共通する「戒め」の要素はおそらく、最も恐ろしいのは人間そのものだという点だろう。ゴジラが水爆実験 で生まれたという出自自体がそのことを如実に示しているが、他にもある。『ゴジラ』においては、戦車の砲撃や戦闘機のミサイル攻撃がまったく通じなかった ゴジラを倒した「オキシジェンデストロイヤー」を開発した芹沢博士が、核兵器に勝るとも劣らない威力をもつと思われるその技術の兵器転用を恐れ、自らの命 とともにそれを葬り去る。『シン・ゴジラ』においては、ゴジラを倒すために東京に核兵器を落とすという恐ろしい決断を国連が平然と下す。

ゴ ジラはそれ自体が人間には理解不能な災厄であると同時に、それよりさらに恐ろしい人間の内なる「闇」を映し出す鏡のような存在でもあるわけだ。両作に共通 する「ゴジラは東京に現れたあの1頭だけではないかもしれない」という示唆は、このような「闇」が完全には消すことのできないものであり、今後も人類が自 らの一部分として共存し、戦い続けなければならないものであるということを象徴している。

しかし同時に、人間の叡智と勇気を最終的には信頼 するという点も、両作に共通している。科学や自然が福音と災厄の両面を人間にもたらす両刃の刃であるのと同様、人間自身もまた、光と闇の双方を内包してい る。多くの災厄が人間自身の所業に起因するのと同時に、どんな苦難も悲嘆も人間は乗り越えることができ、実際そうやって私たちの社会は発展してきたという ことだ。そして巨大な災厄を乗り越えるため人々が頼るものが武力ではなく、科学の力と、現場の人々の協力と努力であるというのはある意味実に日本的ではな いかと思う。

This entry was posted in *日本語 and tagged , , , , . Bookmark the permalink.

Leave a Reply