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臨界寸前だったハイゼンベルク原子炉 via Science Portal

(抜粋)

この原子炉は、ナチスの降伏直前に米国が送り込んだアルソス特殊部隊によって45年4月に、近くの畑に埋められていたのを接収され、徹底的に調べら れた。現在は、再現された炉心が現地の博物館で公開されている。その構造を基に計算したところ、「原子炉がほんの少しだけ大きければ、臨界に達していた」 とする計算結果を、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の岩瀬広・助教がまとめた。科学史に造詣が深い政池明(まさいけ あきら)京都大学名誉教授(素粒子実験物理)と連名で、日本物理学会誌4月号に「ハイゼンベルク原子炉の謎」と題して報告している。

それによると、ハイゼンベルク原子炉は直径、高さともに124センチの円筒形で、周りは厚さ40センチの黒鉛遮蔽体で覆われていた。天然ウランが燃 料体として使われ、1辺5センチの立方体が計664個、78本のアルミニウムの鎖で炉心の天井からぶらさげられて、中性子減速材の重水に浸される構造だっ た。岩瀬広さんがモンテカルロ法でこの原子炉の核分裂反応を計算した。天然ウランの量は、臨界に達するのに十分で、燃料切片のサイズや間隔もほぼ適切だっ たが、炉心が小さかったために、わずかに臨界に達しなかったことを確かめた。

岩瀬さんの計算では、この原子炉はかなり臨界に近い状態で、炉心の円筒の高さと直径をそれぞれ8センチ伸ばして132センチにしておれば、臨界した ことになる。ハイゼンベルクらはかき集めたウランと重水を、連合国の猛爆撃をくぐり抜けてハイガーロッホまで運び込んだ。しかし、減速材の重水の量がわず かに不足して、余裕のない小さな炉心しか作れず、「最後まで臨界に至らなかった」と政池明さんらは指摘している。

全文は臨界寸前だったハイゼンベルク原子炉

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