沖縄の「新住民」物語(前篇)──矢作俊彦、「避難者」たちと対話する via GQ

(抜粋)

むろん避難したのは、国によって封鎖された20キロ圏内(その後、北西へ拡大された)の住民ばかりではない。放射能への恐怖から、多くの人が故郷を離れ、事故以来、福島県の人口は約7万8千人も減少した。(注2)

無理もない。最初の爆発で、原子炉建屋の壁材に使われていたウレタンフォームは粉々に砕けて吹き飛び、一号炉から約4キロ離れた双葉町役場では、避難するためバスに乗り込もうとしていた町民の上にまるでボタン雪のように降り注いだ。

当時の双葉町長だった井戸川克隆さんは、そのときのことを『(目に見える形で)放射能が降ってきた』と、今も痛苦に耐えない表情で語る。こうした暗鬱な恐怖は多少の違いはあれ、福島の人々に、いや、爆発のテレビ画像を目撃した日本中の人びとに今も共有されている。

(略)

10月、彼女は5カ月足らずで沖縄の会社を辞し、東京へ戻った。11月に入籍し、彼と暮らすようになった。

伴侶を得たせいか、気持ちも安定したようだが、それも長くは続かない。「東京にいたら、毎日鼻血が出るんです。例の生理のような出血も止まらず、子宮の左が痛くて痛くて──」

彼女はガイガーカウンターを買った。ウクライナ製で15000円ほどだった。家の近くで0.16μSv/hを記録した。

出血は止まらない。仕方なく、3カ月に1回程度、ある種「デトックスのようなつもりで」沖縄の実家へ戻った。すると出血も痛みもぴたりと止まった。

沖縄だけではない、大阪でも、ご主人の実家がある北海道でも同じだった。しかし、東京へ戻れば、それがぶり返す。

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沖縄にきたことは後悔していないが、二重生活がいつまで続くのかというのは不安だと顔を曇らせる。「彼に子供の成長を見せられないのが、すごく悪 くって。子供に対してもそうですよね。それに、二重生活で飛行機代がかかる。出産費用も余分にかかっちゃって。チェルノブイリ原発事故の後、現地では白血 病が増えたって聞いて、万が一のことを考えて臍帯血を保存したんです」(注3)

実家に身を寄せているので、そこは人より救われている。妹もいるし、近所には幼なじみもいる。幼稚園からの付き合いなので、育児にも家事にもとても助けられている。「避難ママも今は家族みたいな感じです」

避難ママ? 口をついて出たその言葉にこっちはちょっとたじろいだ。避難ママ?

「え え。そう言うんです。それぞれの事情で来た人たちも、お互いに声をかけあって、今では家族みたいな感じです。でも、東京のシェアハウスで暮らしていた友達 とか、今も東京は安全って信じている人とは、やっぱり話をしても無理だなあと、どんどん疎遠になっちゃって。争い事は好きじゃないから、いきおい連絡しな くなっちゃうんですね。どんなにがんばっても、人は変われないところがあるでしょう。変われるのは、結局自分だけだから」

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ご主人の実家では親族に体調の異変が次々と起こった。72歳になる義理の伯母は3月15日、雨に打たれて髪の毛が3分の2抜けて落ちた。その後全身倦怠感や疲労感が続き、ぶらぶら病のようになってしまった。

同じ日、21歳の義理の姪は屋外を走っていたところ鼻血が出、下痢が治まらなくなった。

義母は甲状腺が腫れ、紫斑病のようになった。医者はリューマチの副作用と診断、加療の後、たしかに改善はしたが、今も帯状疱疹に悩まされている。

他にも義理の妹が突発性難聴になるなど、福島に住む夫の家族にこれだけ次々異変が襲いかかれば、誰だって被曝を疑いたくなる。

「2歳の息子もそうなんです。沖縄へ行く飛行機の機内で鼻血が止まらなくなっちゃって。ありったけのウエットティッシュにおしぼりが5本か6本血まみれになるほどだったんですから」

(略)

しかし彼女にしてみれば、福島市の方が世田谷より原発に近い。「沖縄といえば、リゾートって感覚なんですね。“いいなあ”と言われました。“じゃあ、おい でよ。福島は危ないよ”と誘うと、主人の妹も“仕事があるから行けない”と尻込みする。危機を危機と感じたくないんでしょうね。5月だったかしら、主人の 母がこっちに来たんです。“福島では風評被害があって”ってぼやくんですよ。“お義母さん、それは風評被害じゃなくて実害ですよ”とつい私が言ったら、お 義母さんはそれから何も言わなくなっちゃって」。彼女は溜め息をついた。「知ってるけど認めたくない。そんな感じなのかしら。それぞれ生活や事情があっ て、それぞれの選択だから、無理強いはできないけど、万が一のときはいつでも受け入れられるように、母子二人暮らしには広過ぎる3LDKの部屋を借りてる んです」

全文は沖縄の「新住民」物語(前篇)──矢作俊彦、「避難者」たちと対話する

 

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