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福島の少女、自立の春 家族は帰郷、避難先で中学へvia 朝日新聞

 東日本大震災が起きたとき、福島県郡山市の小学3年だった少女が7日、避難先の沖縄県で中学校に進んだ。家族は2年半の避難生活に区切りをつけて帰郷したが、大好きなバスケットボール仲間らと離れがたく、下宿しながら一人残る道を選んだ。周辺の大人たちもそんな選択を尊重し、温かく見守っている。

 7日昼、長谷川泉吹(いぶき)さん(12)は真新しいセーラー服を着て、沖縄県与那原(よなばる)町の「自宅」を出た。中学校の入学式。ただ、家族の姿はない。親代わりの屋比久(やびく)純子さん(53)夫妻が体育館で入場行進を見守った。夫妻は自宅2階の6畳間を泉吹さんに貸している。

 沖縄県ではいまも千人近くが、震災と原発事故からの避難生活を続ける。あれから3年。不安を抱えつつふるさとに戻るか、この地で生計を立てるかの選択を迫られている。

 母の紋依(あやえ)さん(35)は1月、仕事で郡山に残った夫の負担や子ども3人の進学を考え、「帰るよ」と泉吹さんに伝えた。

 「残りたい」。即答だった。
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紋依さんが戸惑わなかったといえば、うそになる。しかし「選択を大事にしたい」と思った。以前から相談に乗ってくれていた近くの児童館の指導員に話したところ、「じゃあ、うちに来れば」。それが屋比久さんだった。

 男女3人を育て上げ、児童館で十数年の経験がある屋比久さんには考えがあった。「子どもが何かに意欲を見せたとき、『やれる方法あるよ』と示すのが大人の役割」

 泉吹さんは3月末、母や妹、弟と別れ、屋比久さん宅に引っ越した。掃除、洗濯は自分でこなす。部活と勉強の両立が条件だ。「不安はない?」と屋比久さんが尋ねる。「中学校の人間関係に、ちょっとだけ。でも、バスケがあるから」

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