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16歳 世の中変えたい:郡山から単身自主避難・横田君 via 北海道新聞

原発事故後、自分の意見言えぬ空気に違和感

郡山市出身の横田優君(16)。2011年3月の東日本大震災時、中学1年だった。自宅は原発から西に約60キロで、避難指示区域からは外れている。

だが、事故から数週間後、借りた線量計で母親が自宅前を測ると、現在の避難指示基準を超える高い値が出たという。中学の総合学習でチェルノブイリ原発事故の影響を自主的に調べたこともあり「将来、がんになる危険性が高くなるかもしれない」と心配した。

放射線について「危ない」と訴えたが、級友らは「風評被害を招く」と話題にすることさえ避けた。懸念は分かったが、異なる意見をタブー視する空気に違和感を覚えた。

中2の夏休みに、札幌の社会福祉法人が主催した放射線からの一時避難合宿に参加。後志管内仁木町に1ヶ月ほど滞在し、草原に寝転び思い切り手足を伸ばした。

中学では自分の考えを積極的に発言。事故後、給食に福島県産米が使われると、全校でただ一人弁当を持参した。周囲から「変わり者」と呼ばれ、3年生の途中からほとんど学校に行かなくなった。

続きは16歳 世の中変えたい:郡山から単身自主避難・横田君

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One Response

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  1. yukimiyamotodepaul says

    一人で単身避難できる経済的余裕のある家もあれば、無理をしてでも子供を避難させる家もあるでしょう。家族や親戚が原発関連の仕事に就業していて、なかなか表立った意見を言えない人も。いろいろな状況があることを改めて思い知らされます。また、この記事で横田君が「3年生の途中からほとんど学校に行かなくなった。」という記述が気になります。いじめがあったのかもしれませんし、それは生徒からだけではなかったかもしれません。閉塞状況に置かれた人たちが、自由にものを言える人への羨望、嫉妬を感じしてしまうこともあるでしょう。そうしたことも含め、この記事が単に勇気ある横田君への賛辞、あるいはある地域の閉鎖性の摘発のみに終わらないことを望みます。



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