文学と文化の教育・研究に携わる皆さまへ(呼びかけ) via 『はだしのゲン』閲覧制限撤回を求める教員・研究者有志のブログ

『はだしのゲン』閲覧制限の撤回を求める教員・研究者有志からの呼びかけです。

 報道によれば、島根県松江市教育委員会は、中沢啓治『はだしのゲン』について、2012年12月・2013年1月の二度にわたって、市内小中学校学校図書館での閲覧を制限する要請を行っていました。この問題については、すでに多くの市民から疑問と反対の声があがっており、インターネット署名サイト「Change.org」でも、8月23日現在で20,000筆を超える多くの署名が集まっています。すでに、日本図書館協会・図書館の自由委員会(西河内靖泰委員長)からも、教育委員会委員長・教育長に宛てて、当該措置の再考をうながす「要望書」が送付されています。
 わたしたちは、この問題は、単に学校図書館における自由な図書利用の問題にとどまらず、文学・文化の教育活動にかかわる重要な問題だと認識しています。文学や文化を愛し、広い意味での文学・文化の教育と研究、普及に携わっている立場から、差し当たり、閲覧制限の撤回を求める「要望書」を、松江市教育委員会委員長・教育長宛てにメールとファックスで送付したいと考えています。

 以下、この問題を憂慮する教員・研究者の有志が作成・検討した「要望書」の文面を掲げます。この「要望書」をお読みいただき、主旨にご賛同いただける方は、下記の内容についてご記入の上、8月25日(日)16:00までに、

hadashinogen.appeal[*]gmail.com ※[*]を「@」に変えて下さい 

宛てにメールにて送信くださいますよう、お願い致します。

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松江市教育委員会委員長・松江市教育長宛て要望書「『はだしのゲン』閲覧制限措置の撤回を求めます」に賛同します。

 お名前
 肩書き
 メール・アドレス
 メッセージ(任意。簡潔にお願いします)
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*「お名前」「肩書き」は、そのまま「要望書」に添付し、このページでも公開します。
*「メッセージ」は、そのままこのページで公開させていただく場合があります。 
*[追記]「肩書き」の非公開をご希望の方は、「肩書き」欄は空欄のまま、お送り下さい。 
 
呼びかけ人:
 川口隆行(広島大学教員)*世話役
 五味渕典嗣(大妻女子大学教員)*世話役
 石原俊(明治学院大学教員)
 小田原琳(非常勤講師)
 高榮蘭(日本大学教員)
 小沢節子(早稲田大学他、非常勤講師) 
 佐藤泉(青山学院大学教員)
 島村輝(フェリス女学院大学教員)
 杉山欣也(金沢大学教員)
 中谷いずみ(奈良教育大学教員)
 Nobuko Yamasaki (University of Washington, PhD Candidate / Pre-Doctoral Instructor)
 日比嘉高(名古屋大学教員)
 深津謙一郎(共立女子大学教員)
 山本昭宏(神戸市外国語大学教員)

2013年8月25日(提出予定)
松江市教育委員会委員長 内藤 富夫 様
松江市教育長 清水 伸夫 様

                        『はだしのゲン』閲覧制限問題を考える教員・研究者有志

            『はだしのゲン』閲覧制限措置の撤回を求めます(要望)

 この間、報道各社は、松江市教育委員会が、作品『はだしのゲン』を所蔵する市立の全小中学校に対し、同作品の閲覧と貸し出しを制限するよう、二度にわたる要請を行った、と報じています。今回の貴委員会の措置については、すでに全国から多くの反対・批判の声が挙がり、インターネット署名サイト「Change.org」での署名活動(「「生きろゲン!」松江市教育委員会は「はだしのゲン」を松江市内の小中学校図書館で子どもたちが自由に読めるように戻してほしい」)では、すでに20,000筆を超える多くの方々の署名が寄せられています(8月23日現在)。

 今回の貴委員会の措置は、図書館の自由な利用という見地のみにとどまらず、文学・文化の教育にとっても、看過できない重要な問題をはらんでいます。『はだしのゲン』は、全国各地の学校図書館に所蔵され、原爆や戦争体験を子供たちの現在につながる問題として考えさせる、重要な役割を果たしてきました。それは、これまで教育現場が積み重ねてきた試行錯誤と教育実践の歴史でもあります。こうした経緯と蓄積の検証なしに行われた今回の措置は、長きにわたって続けられてきた教育実践と、それを支えてきた多くの人々の努力を否定することを意味しています。
 
 わたしたちは、文学・文化の教育と研究に携わる立場から、貴委員会の措置の撤回を強く要望いたします。
 
 『はだしのゲン』の作者・中沢啓治氏は、この作品を通して、原爆を体験した人間の苦しみや怒りを、体験していない人に伝えたかったと言われています。ですが、直接体験した者の苦しみや怒りは、それほど簡単に他人に伝わりません。中沢氏は『はだしのゲン』を通して、どうしたら自分の体験を他者に伝えることができるのか、といった「体験の継承」に関する本質的な問題に立ち向かいました。

 ゲンをはじめとする作品中の子供たちは、自分の家族や友達を助けられなかった無念とも後悔ともいえる深い罪責感を抱えながらも、広島の荒野を生き延びるために精いっぱい格闘します。躍動感あふれる彼らの姿それ自体が、被害と加害、善と悪、そして戦争とは平和とはいったいどういうものなのかという問いを、ひとりひとりの読者に自分自身の問題として考えるよう促します。またそのようにして、この本を手に取る児童や生徒は、他人の体験を自分の問題として受けとめることの難しさや喜びを経験するのでしょう。『はだしのゲン』が多くの読者、とりわけ子供たちを魅了するのはこうした作品の価値の高さにあります。

 また、今回の措置の根拠として、「中国大陸での旧日本軍の行動」、とくに「暴力的な描写」が問題とされたとも報じられています。特定の場面を物語全体の文脈から切り離し、その「描写」のみを問題とする姿勢、しかもそれが旧日本軍の加害行為に関わる部分が問題とされていることに、疑問を感じずにはいられません。
 日中戦争当時から、当時の検閲当局は、日本軍将兵の中国での捕虜や民間人に対する暴力、中国人女性への性的暴力を想起させる記述を認めないという断乎とした方針を示していました。南京作戦に従軍した兵士に取材した、作家・石川達三の『生きてゐる兵隊』が問題視され、刑事事件として起訴・立件され、日本の敗戦まで読めない作品となっていたことは、よく知られた文学史上の事実です。

 当時の政府や軍の、〈自国にとって都合の悪いことは知らせない〉という姿勢が、そのときの日本に生きた人々の戦争観や中国観を作っていきました。今回の貴委員会の判断と措置は、貴委員会にそのような意図がなかったとしても、結果として、日本の加害責任を曖昧にしようとする歴史修正主義的な主張に加担し、後押しすることになりかねないと考えます。

 松江市教育委員会ホームページ「自己点検・自己評価書」(平成23年度)には、市の教育が目指す姿として、「歴史と文化を大切にし、豊かな心を育む」という文言が掲げられています。文学や文化はこれまで、自らとは異なる他者の生を生きる経験を、さまざまなかたちで提供してきました。他者の感じる心や身体の痛み・苦しみも含めて、自分と自分の周囲に置き換えて想像するきっかけとなることで、人間性の基盤を作り、社会や人間への認識を深めていくという重要な役割を担ってきました。

 くり返せば、『はだしのゲン』は、過去に日本が経験した戦争の、加害・被害双方の記憶を分かちがたく刻みつけた経験の結晶とも言える作品です。だからこそ、これまでも数多くの読者を獲得し、戦争と平和について考える重要な教材として位置づけられ、世界的にも高く評価されてきました。そのような作品に対する貴委員会の今回の措置は、歴史と文化に関心を持つ児童・生徒の、自発的・能動的な学びの可能性をあらかじめ制限し、規制してしまうことに他なりません。
 児童・生徒が、この作品を自由に手に取ることができる環境を守ってほしいという多くの市民の声に耳を傾け、貴委員会として、『はだしのゲン』閲覧制限に関わる市立小中学校に対する「要請」を撤回することを、改めて強く要望いたします。(以上)

要望書に関係するその他の情報は 文学と文化の教育・研究に携わる皆さまへ(呼びかけ)
 

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