9/6「帰還」広がる失望 中間貯蔵施設に揺れる大熊町【中日新聞・特報】どうなる中間貯蔵施設~揺れる大熊町【東京新聞・特報】 via Silmaril Necktie

【東京新聞・こちら特報部】
どうなる中間貯蔵施設~揺れる大熊町
2012年9月6日

福島県では、原発事故の除染に伴う汚染土などの置き場が難題になってきた。政府は先月、その中間貯蔵施設の候補地として、双葉、大熊、楢葉各町の 計十二カ所を挙げた。全域が警戒区域の大熊町には、九カ所が集中する。帰還か移転かで揺れてきた町民たちは、今回の提示をどう見ているのか。決断の行方が どちらであれ、町民の心の底には政府、東電の対応への憤りが渦巻いている。(中山洋子、佐藤圭)(9月6日 紙面から)

——– ここより中日新聞の清打ち—–

「最初は受け入れに反対していたんです」 福島県会津若松市の仮設住宅で、「大熊町の明日を考える女性の会」代表の木幡ますみさん(五六)はこう切り出した。
同会は昨年六月に結成され、現在の会員は約十五人。医療費の無料化や被ばく手帳交付の要求、高齢者のケアなどにボランティアで取り組む。
中間貯蔵施設の設置について、木幡さんは当初「大熊町に押しつけると聞いて腹が立った。町を通して国に訴えたいと申し出たが、なしのつぶて。ようやく、昨年十月に細野豪志原発担当相に面会できた」と話す。
面会の席上、木幡さんら女性たちは細野氏に対して、当初の憤りとは逆に「現実として(中間貯蔵施設は)大熊しかない」と告げつつ、代わりとなる家や農地を政府に求めた。考えが転換したことには理由がある。
「一時帰宅するたびに自宅の空間線量を測っていたが、高いまま。むしろ上がった。町の除染実験でも、一時下がってもまた民った。放射線の勉強もした。悔 しいけれど、とても住めるものではないと分かってきた」 町内では比較的放射線量の低い木幡さんの自宅玄関先ですら、毎時八~九マイクロシーベルト。毎時 七0マイクロシーベルトを超える場所はいくらでもある。自宅に置いてきた七歳の愛犬は事故から三カ月後、連れ帰ることができたが、心臓が弱っていた。「一 時帰宅すると、ネズミなど地をはう小さな動物がたくさん死んでいた」。生きものを育むことができない土地だと知らされた。
「そんな場所の除線作業を誰にさせるのか」。その作業が押しつけられるのは、地元の男性たちだと確信している。
大熊町の予予算規模は八十憶円ほどで、収入の六割以上が原発関連に依存している。勤労人口の六割が原発や関連会社で働いているといわれる。
事故後、そうした住民らは次々に避難所から呼び出されていった。「二十代の若者たちも事故直後からずっと原発に入っている。血尿が止まらない子もいた。母親たちが『もうやめて』と何度言っても戻ってこない」
息子の一人から「俺たちがいないと廃炉にできない。あんな危ない所はほかに誰が入るのか。自分の子どもは絶対に入れない。そのために金を残す」と言われた母親は、「子どもを戦争に取られたみたいだ」と嘆いた。

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