『東日本大震災:「食」の確保、経験生きる 東松島市職員』 via 毎日jp

 被災地を行き来するヘリコプターのエンジン音が耳をつんざく。航空自衛隊松島基地近くの宮城県東松島市役所2階で、行政経営課職員の石垣亨さん(35)は大型連休中の宿探しに奔走していた。市外ボランティアのためだ。先を見越して手を打つ--。8年前の経験が生きている。

 合併前の旧鳴瀬町を最大震度6強が襲い、約4割の家屋が全半壊した03年7月の地震。旧町職員として情報収集などに追われ、発生2週間後に取材した際も連日泊まり込んでいた。責任感の強さが記憶に残る。当時は死者も津波もなく「スケールが違いすぎる」今回は、どう動いたのか。

続きは『東日本大震災:「食」の確保、経験生きる 東松島市職員』から。

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