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第三回 市民科学者国際会議 開催趣旨

第三回 市民科学者国際会議 開催趣旨 ~福島第一原発事故の放射線被ばくによる健康影響を科学的に究明し、対策を実現するために~ 私たちは、2011 年 3 月以降、福島第一原発事故による被害と被ばくの最小化にそれぞれの立場から取り組んできました。放射能汚染に脅かされる被害者、子ども、市民は、よりよい放射線防護、放射能対策の確立を求めています。そのためには、とらえどころのない放射線による健康影響を科学的に究明していかなければなりません。このたび、2013 年 10 月に第三回「市民科学者国際会議」を開催して、国内外の市民科学者が放射線による健康影響とその対策について議論し、国際的なネットワークを広げることをめざします。みなさま、ぜひご協力ください。 10 月 13 日はレクチャー形式で講演を行ない、翌 14 日は午前中にワーキングセッションと、午後からは国際会議場にて円卓会議を行います。 現在3つのワーキングセッションを考えており、以下の形で準備を進めています。 セッション1.生物影響とメカニズム セッション2.疫学と線量評価 セッション3.健康に関する法と権利 現在、日本政府は原子力発電所の再稼働や海外輸出に向けた政策を着々と進めています。一方で、福島第一原発の事故処理作業は、今後数十年の歳月が費やされることとなり、チェルノブイリのように石棺で閉じ込める作業を開始できるのは、今から30年後であるとも言われています。福島第一原発事故を経験した私たちが生きている間に”石棺“の完成を見ることができるかさえわからない、といった状況にあります。現場では汚染水対策もままならず、被ばくを含む過酷な労働環境に置かれる人々の人数は今後、膨大な数におよび、また数十年以上に及ぶ収束作業のあいだ、突発的に何が起きるとも知れません。再び放射能の恐怖に怯える事態を多くの人々が懸念しています。 それにも拘らず、日本政府および政府に雇われた放射線専門家たちは、科学の名の下に低線量被ばくの健康影響がほとんどないかのように扱い、年間20ミリシーベルトを下回ると規定する地域には住民を帰還させようとしています。健康調査も福島県のみにおいて甲状腺検査を中心に調査内容や対象もきわめて限定しています。国際放射線防護委員会(ICRP)は住民等の利害関係者との対話と称して、一方的な価値観を反映するセミナーを行い、国連科学委員会(UNSCEAR)は日本政府が代表として推薦する放射線専門家と相談した線量推定に基づき健康影響がないとする報告によって、その政策を後押ししています。米国による原爆投下後の広島・長崎、チェルノブイリ原発事故後の旧ソ連3国、さらに核開発・核実験に伴う数々の被害地において行ってきたことを繰り返しています。 昨年、議員立法により制定された「子ども・被災者支援法」において被ばくを避けて移動する権利が認められ、生涯にわたる健康診断、医療費減免、健康影響に関する調査研究およびその促進を政府の責任で行うことが明記されています。また、国連人権理事会の報告では年間の追加被ばく線量1ミリシーベルト以上の地域における支援法の実施を勧告しています。また、ICRP 勧告におけるリスク対経済効果(リスク・ベネフィット論)の観点は、個人の権利よりも集団的利益を優先するため、健康に対する権利の枠組みに合致しないと指摘しました。ところが、政府は支援対象地域を決める基本方針の策定を 1 年間以上先延ばしした結果、法の趣旨、立法者、そして被災者の意志を反映することなく、既存の政策と方針を寄せ集めたものをもって実施すると 2013 年 8 月 30 日に発表しました。著しい人権侵害を重ねているのです。 こうした強力な分断政策に対抗するには、市民が自らの手で放射線や放射能を測定し、健康影響の科学的医学的知見を学び、被害の拡大を食い止める方策を考えていくことから始めるしかありません。国内外の科学者とともに学び、研究や活動をしながらネットワークが広がれば、大きな力になっていくでしょう。市民科学者国際会議がそのための場となることを期待しています。 第1回の市民科学者国際会議は、福島第一原発事故から半年後の2011年9月に日本財団主催により福島県立医大で開かれた「国際専門家会議」を検証する形で10月に開きました。日本政府の事故対応の評価、そして福島県に限定された健康調査の枠組みが、国際的な専門機関を渡り歩くごく一部の専門家たちの極めて偏った指導下で決まったことを問題化しました。 第2回の市民科学者国際会議は、ちょうど「原子力規制委員会設置法」と「子ども・被災者支援法」がほぼ同時に成立した2012年6月に福島県の猪苗代にて開催しました。20世紀にはじまる核開発とその使用、そして原子力の民間利用とその事故、そして医療放射線による健康影響などから得られた知見を基にした、放射線の健康影響に対する基本的な考え方から始まり、東京電力福島第一原子力発電所事故による汚染や被ばくの概要、測定や健康相談を通した対策のあり方を確認しました。現地の方々の声を通して被ばくと健康は、科学的医学的問題であると同時に社会・人権問題であることが浮かび上がりました。 第3回の今回は、現在、福島県で行われている健康調査が新たな展開を見せ、国際的な原子力機関、核・原子力開発を進める各国の専門家、そして日本の原子力・放射線影響の研究者らが彼らにとって都合のいい見解をまとめようとしています。これらに対し、健康影響研究と疫学調査を精査することのできる第三者機関の設置と、検証可能な独立した研究調査の実施、そして必要とされる医療とケアについて、今後の実践へとつながる具体的なプログラムの構築に道筋をつけたいと考えています。多くの研究報告がなされている広島・長崎、スリーマイル島、チェルノブイリでも、健康影響の内容や規模、被ばくや汚染との関連において解明されていない事項があり、長期にわたる健康影響については、今後なされるべき研究項目は多岐に渡り、そして最終的な結論というものを未だ人類は持ち得ておりません。福島での研究調査もチェルノブイリをはじめ、世界の研究調査動向とつながっていく必要があるでしょう。行政や専門家による研究調査をいかに検証し、批判し、利用していくか、そしてそれらをいかに防護、医療、そしてケアに結び付けていくか、市民による測定、研究、調査、対策はどのようであるべきか、そしてさらには法的、倫理的、社会的な課題について、議論していく場にしていきたいと考えております。 市民科学者国際会議実行委員会 実行委員長 岩田渉 第三回 市民科学者国際会議 開催趣旨   ダウンロードは 第三回 市民科学者国際会議 … Continue reading

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市民科学者国際会議のご案内 The 3rd Citizen-Scientist International Symposium on Radiation Protection

The 3rd Citizen-Scientist International Symposium on Radiation Protection 第三回市民科学者国際会議 ~福島第一原発事故の放射線被ばくによる健康影響を科学的に究明し、対策を実現するために~ 開催日 2013 年 10 月 13 日 (日) ~ 10 月 14 日 (月・祝) Date 13th and 14th of October, 2013 会場 国立オリンピック記念青少年総合センター  国際交流棟 〒151-0052  東京都渋谷区代々木神園町 3-1 参宮橋駅 (小田急線)、代々木公園駅 (千代田線) … Continue reading

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双葉町には160年帰れない――放射能現地調査から/木村真三|特集 二年後の被災地にて 「新潮45」13年3月号 via 矢来町ぐるり

汚染状況はまだすべて明らかになっていないのに、、なぜ軽々しく「帰還」を言うのか。  土方学者 一昨年の震災からの二年間、私は福島県内の各地をホームステイしながら、現地での調査を続けてきました。 ニッカボッカ姿で住民の方々と一緒に土を掘り返し、除染作業を行ってきたからでしょう、いまでは「土方学者」と親しみを込めて呼ばれています。これを私は最大の褒め言葉だと思っているんです。 福島第一原子力発電所での事故以降、これまでに九〇〇〇人以上の内部被ばく調査を行なう傍ら、二本松市やいわき市の志田名地区における「放射能汚染地 図」の作成など、月のうち三分の二は福島県内で調査を行っています。残りの三分の一はライフワークであるチェルノブイリの調査でウクライナに滞在している ため、休みというものが全くない文字通り年中無休の日々を送ってきました。 (略) 地域の分断 さて、この二年間の日々を振り返る際、私の胸に繰り返し浮かぶ言葉があります。それは「分断」という言葉です。 原発事故によって、福島は幾重にもわたって引き裂かれました。原発の二〇キロ圏内、三〇キロ圏内と圏外、避難地区からの避難者と彼らを受け入れた地域の住民、さらにはそこから県外へ避難した人たち……。家族が離れ離れになった方々が大勢います。 しかし国の施策はただでさえ分断されてしまっている人々を、さらなる分断に追いやる「分断政策」になっているのではないか、と私は危惧しています。 象徴的なのが原発立地市町村の一つである双葉町の状況でしょう。 昨年一二月、双葉町では井戸川克隆町長と町議会の対立から、町長の不信任案が可決されました。今年一月に井戸川町長は辞職。ICPRが定める年間一 mSvを達成できない限り帰還は認められないとする井戸川町長に対し、中間貯蔵施設の受け入れや除染について原発立地八カ町村で足並みをそろえるべきだ、 という議会の主張がぶつかり合った結果でした。 そんななか、双葉町の「復興まちづくり委員会」の有識者委員である私は、同町への帰還可能時期の推定を依頼され、町の汚染状況を調査することになりまし た。そこでゲルマニウム半導体検出器という高性能な装置で計測すると、双葉町内には未だ酷い汚染地域が多くあることが分かってきたのです。 特にセシウムやプルトニウムを濃縮する地衣類は汚染度が高く、キログラムあたり、どれも五〇万ベクレル、高いもので三六〇万ベクレルという凄まじい数値が出ました。 地衣類の繁殖する場所は、小さな子供が好んで遊ぶ路地裏や日陰に多くあります。そのことを考慮すれば非常に危険であり、場所によっては毎時二〇μSvを 超える地域もある。同じ地域の墓地では六〇μSvを超える場所も存在しています。それが事故から一年七カ月経った時点での町の現実なのです。 双葉町の最も汚染度の高い地域を基準とすると、土壌に放射性物質が沈んでいくことによる自然減衰を考慮しない場合、一時間当たりの空間線量が〇・一μSvになる時期は約一六五年から一六九年後という試算になります。 このような高線量の地域を除染したところで、果たしてその推定年数を変えることができるのか。さらにセシウムだけではなく、ストロンチウムやプルトニウ ムは原発直近の町で濃度が高い可能性もあります。それらの危険性をきちんと証明する前に、「帰還可能」という決定を軽々しく言うべきではない、というのが 私の現地を調査しての結論でした。 一方で双葉町には福島市内や郡山市内よりも線量の低い地域があるのも事実です。では、汚染レベルが地域によって異なる中で、それを「いますぐに帰れる地域」「数年後に帰れる地域」「当分帰れない地域」に分けてもよいものなのでしょうか。 決断するのは最終的に双葉町の方々だとはいえ、こうした帰還のやり方は町の「分断」をより深めるに過ぎないと私は考えています。同じ地域の中に帰れる人 がいる一方で、帰ることのできない人がいる。そこに賠償金の金額の差が生まれ、住民同士のいがみ合いがさらに生じてしまうのだとすれば――。果たしてそれ は双葉町の人々の望むことなのでしょうか。私にはそうは思えません。 一部の有識者の中には「それでも帰りたい人たちを無理に引き止める必要はない」という意見もあります。しかし、実際に帰還を強く望んでいるのがお年寄であることの意味を、まず私たちは考えなければなりません。 (略) 放射能を調べるという作業は、世の中の見えなかった問題、隠されていた問題を焙り出す作業と切っても切れない関係にあります。だからこそ、研究者という立 場だけで物事を見ていると、必ず見落としが生じてしまう。だからまずは一人の市民としての視点を持ったうえで、どこから切りこんで行くかを研究者の目線で 考える必要がある。そして「分断政策」によって国の支援の規模が縮小されていく恐れがあるならば、そこから浮かび上がる様々な現実をしっかりと見なければ ならないし、伝えなければならない。 その意味で私にとって福島での活動は「研究」ではありません。あくまでも「調査」として人々の生活の中に分け入っていく。そこに暮らしている人、暮らさ ざるを得ない人、さらには県外に避難された方々も含めて、「研究」という視点で扱ってはならないのがこの原発事故の問題の本質なのです。 (略)  市民科学者を育てる そこで私は特定非営利活動法人「放射線衛生学研究所」を母体に、「市民科学者養成講座」と名付けた講座を各地で行っています。「市民科学者」とは高木仁 … Continue reading

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