Tag Archives: メルトダウン

なぜ福島原発事故の原因は「地震」ではなく「津波」とされたのか? via Harbor Business Online

田中優 今後想定される地震の規模は、東北地方太平洋沖地震をはるかに上回る!?  2001年の「東北地方太平洋沖地震」まで、日本には54基もの原発が動いていた。それが今の時点で稼働している原発は9基になっている。だいぶ減って、それだけ危険性が和らいだ気がするのだが、ところが人為的に原発を建設したのと同じように、危険性は去ってくれていない。   簡単に言うと、時折政府が発表するように、大地震の起こる危険性はちっとも減っていないからだ。マグニチュードで示される地震の大きさは、ちっとも皮膚感覚的には伝わらない。   人々を恐怖に陥れた「東北地方太平洋沖地震」はマグニチュード(M)9.1(ここでは国立天文台(2011)に基づくモーメント・マグニチュード(Mw)を用いる)とされるが、仮にそれが0.1~0.2違ったとして0.1で1.4倍、0.2で2倍、1違えば32倍増える。 (略) 4月21日、今後想定される津波のために、次に襲ってきそうな大地震を内閣府の有識者会議が発表した。それによると、なんと日本海溝沿いの巨大地震はMw9.1、千島海溝沿いはMw9.3という。実に「東北地方太平洋沖地震」を上回るものだ。   そして、「汚染水処理中の東京電力福島第1原発」では東日本大震災と同程度の高さ13.7mの津波が襲来し、敷地が3m以上浸水すると想定した。   こんなことが想定される日本では、原発など建てられない。マグニチュードは震源での大きさだが、地形によって揺れ方はまったく異なる。 「震度」というのは体感的なものから考えられていて、最大が「震度7」。しかしこれは、客観的な数値と言えない。「震度の最大7」とは「震度6強以上のもの」はすべて含まれてしまい、そこにはもはや震度での区別ができないのだ。 (略) 原発がどれだけ耐震性を上げようとも、日本を襲う地震には勝てない いちおう、日本の原発も耐震性を謳っている。主要な部分だけだが、東海地震が予想されている浜岡原発では、かつて「基準地震動」として450ガルだったものを600ガル、800ガル、1200ガルと耐震性能を上げてきている。   しかし2005年に建設された耐震性能の高い浜岡第三原発でも、その後に大きな変更工事はなされていない。ギネスに対応していないどころか「東北地方太平洋沖地震」の後にも変えられていないのだ。   変わったのは防潮堤の高さだけで、それがどれほど頼りないかは現地を見ればわかる。津波は表面の波だけではなく、底からの海水全体が動くので、とても対応できるはずがない。しかも耐震構造にしたとしても主要部分だけで、すべての部分に耐震性が施されるわけではない。地震動にも津波にも耐えられる保証はない。   4022ガルの場合は、重力の4倍もの加速度がかかって空に飛ぶのだから、それに耐震性ある建物など想定することもできない。もし原発がどんなに耐震性のある建築物だったとしても、日本を襲う地震には勝てないのだ。 (略) 他のものも同様で、福島の原発事故は「津波が原因」ということで定説化している。   しかし、これに異を唱える人物がいた。2013年10月4日、岡山市の長泉寺で、元東電技術者の木村俊雄さんによる講演会が行われた時のことだ。  木村さんは「福島第一原発の過渡現象記録装置のデータ解析を終えて、地震による原子炉停止直後に、本来自然循環するはずの炉内の水が止まっていた」という事実を示したうえで、「原発事故は津波が原因ではなく、地震の揺れによって壊れた」ということを示した。 「大学で、学問の形で原発を学んでも、『現場での実務』を知らなければ、福島第一原発事故の真実は見えてこない。メルトダウンは津波ではなく地震で引き起こされた」と木村さんは述べた。 (略) ところがデータは、その自然循環さえ残さずに冷却能力を失ったことを示し、「打つ手なし」の状況に陥っていた。津波によって電源が失われる前に、原発の小さな配管が破損して、それによって冷却できずメルトダウンしていくことが確定していたのだ。そのことは炉心から漏れ出した冷却水の放射能濃度からも、人が入れなくなった時点からも確かなことだったという。   つまるところ、原発事故を決定的にしたのは「津波」ではなく、「地震の揺れ」によるものだった。ところが原発は「津波原因説」によって“めったに発生しない事態”とされ、一部を改修することで大丈夫だとされ再稼働を始めてしまったのだ。本当の原因が地震にある以上、地震を防げない以上、再び事故を起こす危険性があることは明らかだというのに。 そのことが隠されたのは、再稼働を進めたい側にとって都合が悪かったからだ。そのために、木村さんはまるで“トンデモ論者”であるかのようなレッテルを貼られ、信用を失わされてしまった。   すでに見たように、日本の地震に勝てる建築物などあり得ない。しかも、日本の中に「地震が起こらない地点」を見つけようもない。地震に勝てる原発などあり得ないのだ。   福島原発事故を招いた「細かい配管の破損」は、おそらく「流量計測システムの測定用細管」と見られている。地震当時、発電を停止していた4号炉でも地震で破断していて、1号炉、2号炉とも冷却能力を失っているのだ。   その「流量計測の測定用細管」の耐震性のレベルは、なぜか「三段階のうちの一番弱いレベル」で足りるとされていた。これは明らかに設計上のミスだろう。しかも気づいたとしても、その管を安全側に補強することは困難だ。 … Continue reading

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「福島第一原発は津波が来る前に壊れていた」元東電社員“炉心専門家”が決意の実名告発 via 文春Online

事故検証結果は「津波が原因」。しかし、それは間違っていた…… (略) 「東京電力(株)福島第一原子力発電所の事故では地震の後に襲来した津波の影響により、非常用ディーゼル発電機・配電盤・バッテリーなど重要な設備が被害を受け、非常用を含めたすべての電源が使用できなくなり、原子炉を冷却する機能を喪失しました。この結果、炉心溶融とそれに続く水素爆発による原子炉建屋の破損などにつながり、環境への重大な放射性物質の放出に至りました。こうした事故の検証を通じて得られた教訓が、新規制基準に反映されています」 元東電社員が突き止めた本当の事故原因 要するに、「津波で電源を喪失し、冷却機能を失ってメルトダウンが起こり、重大事故が発生した」ということだ。 この点に関して、津波の規模が「予見可能だったか、想定外だったか」という議論がなされてきた。しかし双方とも「津波が事故原因」という点では一致し、多くの国民もそう理解している。 ところが、「津波が原因」ではなかったのだ。 福島第一原発は、津波の襲来前に、地震動で壊れたのであって、事故原因は「津波」ではなく「地震」だった――“執念”とも言える莫大な労力を費やして、そのことを明らかにしたのは、元東電「炉心専門家」の木村俊雄氏(55)だ。 木村氏は、東電学園高校を卒業後、1983年に東電に入社、最初の配属先が福島第一原発だった。新潟原子力建設所、柏崎刈羽原発を経て、1989年から再び福島第一原発へ。2000年に退社するまで、燃料管理班として原子炉の設計・管理業務を担当してきた“炉心屋”である。 東電社内でも数少ない炉心のエキスパートだった木村氏は、東電に未公開だった「炉心流量(炉心内の水の流れ)」に関するデータの開示を求め、膨大な関連データや資料を読み込み、事故原因は「津波」ではなく「地震」だったことを突き止めた。 「津波が来る前から、福島第一原発は危機的状況に陥っていた」 「事故を受けて、『国会事故調』『政府事故調』『民間事故調』『東電事故調』と4つもの事故調査委員会が設置され、それぞれ報告書を出しましたが、いずれも『事故原因の究明』として不十分なものでした。メルトダウンのような事故を検証するには、『炉心の状態』を示すデータが不可欠となるのに、4つの事故調は、いずれもこうしたデータにもとづいた検証を行っていないのです。 (略) 7基もの原発が稼働中の現在、このことは重大な意味をもつ。「津波が原因」なら、「津波対策を施せば、安全に再稼働できる」ことになるが、そうではないのだ。 木村俊雄氏が事故原因を徹底究明した「福島第一原発は津波の前に壊れた」の全文は、「文藝春秋」9月号に掲載されている。 全文は「福島第一原発は津波が来る前に壊れていた」元東電社員“炉心専門家”が決意の実名告発

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福島第一原発の燃料取り出し、BBC特派員が取材 via BBC Japan

(抜粋) 水素爆発を起こした3号機は外部の建物がほとんど壊れ、内部では炉心がメルトダウン。放射線レベルは人間が近づけない高さに達した。こうした中、原発内部に残された88トンもの燃料を遠隔操作のクレーンで取り出す作業が始まっている。 BBCのルーパート・ウィングフィールド=ヘイズ東京特派員が、燃料の取り出しや除去土壌の貯蔵作業を取材した。 全文とビデオは福島第一原発の燃料取り出し、BBC特派員が取材

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福島第一原発、プールから核燃料搬出 炉心溶融後初めて via 中日新聞

東京電力は十五日、福島第一原発3号機の原子炉建屋上部にある使用済み核燃料プールから、冷却保管中の核燃料の取り出しを始めた。事故から八年をへて、炉心溶融(メルトダウン)を起こした1~3号機でプールからの核燃料取り出しは初めて。現場は放射線量が高く人が長時間いることができない。ほとんどの作業が遠隔操作であるため、難航が予想される。 3号機プールには、使用済みと未使用の核燃料計五百六十六体を保管。使用済み核燃料は長期間、強い放射線と熱を発するため、水中で冷やしている。東電は四月中に未使用の七体を取り出し、六月下旬から作業を本格化させる方針。核燃料は敷地内の共用プールに移す。取り出しを終えるまでに約二年かかる見込み。 (略) 燃料取扱機で核燃料を一体(長さ四・五メートル、十五センチ四方、重さ約二百五十キロ)ずつ持ち上げ、水中に置いた専用容器(重さ約四十六トン)に七体入れる。一体を入れるのに二、三時間かけ、この日は午後八時まで作業する。一体目は、一時間半ほどで容器に入れることができた。 その後、容器をクレーンで三十メートル下の一階に下ろし、トレーラーで共用プールに運び出す予定。 3号機の核燃料取り出しは当初、二〇一四年末にも始める計画だったが、高線量が作業の壁となった。外部に放射性物質が飛び散らないよう、建屋上部にドーム型カバーを設置。東電は昨年十一月に取り出しを始める計画を示したものの、クレーンなどの機器に不具合が相次ぎ、点検や部品交換のため延期していた。 全文は福島第一原発、プールから核燃料搬出 炉心溶融後初めて

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NHKスペシャル「廃炉への道2019核燃料デブリとの闘いが始まった」原発事故の調査報道は続いている via Wedge Infinity

田部康喜 (コラムニスト)  NHKスペシャル「廃炉への道2019 核燃料デブリとの闘いが始まった」(3月16日、再放送予定・3月21日午前1時~)は、原発事故の廃炉に向けた側面から、調査報道を続けてきたシリーズの今年の報告である。デブリの正体を明らかにするとともに、廃炉作業に取り組んでいる従業員のほとんどが地元の人々であることを示して、彼らの志を伝える。 さらに、最も興味深いのは、デブリの本丸は原子炉格納容器ではなく、原子炉そのものに大量のデブリが存在する可能性が高いことを明らかにしたことである。 「廃炉への道」シリーズのなかでも、出色のドキュメンタリーである。再放送は深夜にわたるので、録画による視聴をお勧めしたい。 (略) 今回のシリーズは、継続してきた原発事故の調査報道の実績の上に、新たな問題を浮かび上がらせた。メディアが伝える「デブリ」という漠然とした言葉が、その正体を現した。 2号機の格納容器に対するロボットによる調査が、今回の白眉である。ロボットは、格納容器の横から管を貫通させて、そのなかを這うように進ませたうえで、下部に降ろされた。採取された金属の分析によって、原発の運転具合を調整する制御棒と、これを包むチャネルボックスであることがわかった。 つまり、核燃料ではなかったのである。専門家は、核燃料の融点が2000数百度であるのに対して、制御棒やチャネルボックスの融点は1500度程度で相対的に低いことから、後者が先に溶け落ちたと推定している。 となると、格納容器内のデブリの正体がそのようであるとすると、格納容器の上部にある原子炉こそ、核燃料などの高い放射線を放つデブリが存在する本丸である可能性が極めて高い。 (略) 周辺住民の帰還と同時進行する廃炉作業 ところが、原子炉内の状況を探るロボットなどの機器の開発と、作業手順は手探りの状態が続いている。原子炉にロボットなどを上部から降ろすには、オペレーション・フロア(オペフロ)に散乱する瓦礫を除去しなければならない。しかし、オペフロの放射線量は極めて高い。作業員が年間に許容される線量が、たった20分で達してしまう。 2号機は、1号機と3号機とは異なって、建屋の水素爆発が起こっていないので、ウランがオペフロに充満している。 (略) 富岡町には約900人が帰還している。地元の小中学校では、室内と校庭の計3カ所で生徒たちが放射線量を調べている。数値は国の基準を上回ることはない。一方で、放射線に対する回避行動などの授業も始まっている。 原発敷地内に林立している、汚染水を貯めたタンク計950基の問題も住民にのしかかっている。国の原子力規制委員会は、トリチウムを除去基準値以下にして、海に流すのが合理的である、としている。漁業者は風評被害を恐れる。原発事故によって、漁業が禁じられた水域の操業が徐々に認められ、魚の出荷もその種類が約200と事故前の水準に戻っている。 漁業者の小松諒平さんは「ようやく高い壁を乗り越えたと思ったら、(汚染水の海洋放出は)突き落とされるような思いだ」という。 全文はNHKスペシャル「廃炉への道2019核燃料デブリとの闘いが始まった」原発事故の調査報道は続いている

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福島廃炉見えぬ道筋(上)溶融燃料、実態つかめず 格納容器内、調査すら難航 via 日本経済新聞

[…] 内部の画像や放射線量のデータが得られたが、溶融燃料の分布や量、成分といった取り出しに不可欠な情報はつかめていない。最大の誤算はロボットによる原子炉格納容器内の調査が思うように進まないことだ。 1~3月に実施した1、2号機の調査では、溶融燃料が出す極めて強い放射線と落下した構造物などの障害物が妨げになった。これに対し3号機はロボットが水中を自由に動けたため、多くの場所を調査できた。水が放射線を遮蔽し、ロボットやカメラが故障しにくい利点があった。 廃炉は溶融燃料を取り出し、原子炉などを解体する流れだ。発生した溶融燃料は1~3号機で約880トンと推測されるが、いまだに確認できていない。日本原子力学会の宮野広・廃炉検討委員長は「ロボット調査で得られたのは表面的な画像情報だ」と指摘する。 宇宙から降り注ぐ素粒子「ミュー粒子」を使う調査は格納容器内部を透視できると期待された。しかし解像度が粗く、詳細な情報を得るのに向いていない。画像から放射線量の推計を試みたが、精度は低かった。担当者は「満足のいく結果ではなかった」と認める。 米スリーマイル島原発事故では、炉心のある原子炉圧力容器は破損せず、溶融燃料はその中にとどまり、大がかりな調査は不要だった。一方、福島第1原発の事故は深刻で、必要な技術を開発しながら手探りで進めなければならない。 […]       全文

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「官邸や自分に不利なことも正直に話す」 寺田学・元首相補佐官が語る東日本大震災の15日間 1/8 via The Huffington Post

2011年3月11日。寺田学氏は、菅直人首相(当時)の下、首相補佐官として東日本大震災を経験した。突然、福島県に乗り込んだ菅・元 首相。緊迫した状況で右往左往する政治家たち。「自分や官邸関係者には不利なこともありますが、それでも正直に記すことが被害に遭われた方や未来の方々へ の微かな誠意と思っております」と語る寺田氏の証言を8回にわたってハフィントンポスト日本版でお届けします。 (略) テレビからは仙台の津波の映像。黒い津波が田んぼを乗り越えていく生中継。「犠牲者が数名」との報道に、ある秘書官「これは数千のレベルになるので は」。海江田経産大臣が総理宛に入室するので、秘書官と同席。大臣から「福島第一原発が正常に冷却できていない」旨報告。私は「さっきの会見で『正常に停 止』と言ったばかりなのに『冷却?』何だろう」と、事の深刻さを今一つ理解していなかった。しかし、総理の異常な反応に事の重大さには即座に気付いた。総 理は何度も大臣に、事務方に聞く。語調は抑えめ。 総理「バッテリーがダメになっても、他のバッテリーがあるだろ」。 事務方「予備もダメです。全部津波で水没しました」。 総理「何で水没するんだ!?乾かしても使えないのか」。 事務方「一度海水に浸っているので、塩分でダメになっています」。 総理「大変なことだぞ、これは大変なことなんだぞ」。 執拗に質問を繰り返す総理。 以下、余談。 +++++++++++++++++++++ これ以降の数日間、様々な事務方(保安院)が説明者として現れたが、原子力発電所の構造に詳しい人、そして俯瞰的に説明する人は現れなかった。それもあって、総理は一層「何が起きているか」を知ろうと強く追求した。何人目かに、経産省安井部長が来て双方落ち着く。 (略) 全電源が喪失し冷却出来なくなった福島第一原発を抱えて最初に関与したのが「電源車」の確保。手配は東電、サポートは保安院という形になっていたと思う。官邸総理室としては、その流れをチェック、そして省庁横断的なサポートが必要な場合は官邸から指示をだした。 と にかく、福島第一原発に一台でも多く、一刻でも早く電源車を届ける必要があった。全国の発電所の何処に、何台電源車があり、福島第一まで何時間かかるの か、把握していた。陸上を走って向かう場合は、警察に連絡し高速の通行を許可するとともに先導をさせ(実際行われたかはわからない)、自衛隊のヘリによっ て空輸できないかも検討させた。東電からくるはずの電源車の仕様が防衛省に届いておらず、慌てて秘書官が東電側にせっついたのを記憶している。結局、大き すぎ重過ぎでヘリでは運べなかった。 (略) 細野補佐官と立ったまま打ち合わせ。今後の役割分担について。 細野「俺は電源車やるから、寺田君は避難区域策定をやってくれ」 寺田「いや、電源車は私やります。今やってる総理秘書官とは私の方が付き合い長いので」 細野「分かった。じゃ、俺はここに残るから、寺田君は上行ってくれ ものの数秒の立ち話で役割を割り振った。34歳3期目の私にとって、39歳4期目の細野さんがいてくれた事は、強さも弱さも含め有り難かった。 (略) 秘書官チームに、一刻も早くとの焦燥感が募る。 「8時間後までに電源が回復しないと大変な事になる」 そんな情報はあった。どこで計算されたものか正確に覚えていない。おそらく保安院だと思う。いつを基点に8時間なのかも覚えていない。ただ、とにかく急がなければ「大変なことになる」そんな認識があった。 「大 変な事」。口には出さなかったが、それが「メルトダウン」だというのは全員感じていたと思う。ただ、メルトダウンするとどうなるか、具体的には私は想像し ていない。秘書官らも同様だろう。メルトダウンは、今でこそ不幸な事に一般的な言葉となっているが、事故発生当時、専門家以外の一般の人には馴染みが無 い。シーベルトなんて単位を知ってる人も、ごく少数だっただろう。この時は。 電源車到着の一報が届く。何時だったかは忘れた。執務室と秘書官室を結ぶ扉を開けっ放しで作業をしていたので、到着の一報には、秘書官室にいる事務の方も含め喜んだ。 「なんとかなった。。。。。」恐怖感と切迫感からの一時の解放。期限とされた時間内だった気がする。 … Continue reading

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総理大臣官邸は「炉心溶融」の隠ぺいを指示したのか? 元内閣審議官が明かす舞台裏と真相 via Yahoo!ニュース

堀潤 | ジャーナリスト/NPO法人8bitNews代表 2016年7月2日 8時29分配信 「炉心溶融」の公表がなぜ事故から2ヶ月以上経ってからのことだったのか。先月、東京電力の第三者委員会が報告書を公表し、東京電力の広瀬直己社長は「当時の社長が炉心溶融という言葉を使わないよう指示していたのは隠蔽ととえられても仕方がない」と謝罪した。 一方で、報告書は「当時の清水正孝社長が、会見に臨んでいた武藤栄副社長に対し、東電の広報担当社員を通じて『炉心溶融』などと記載された手書きのメモを渡させ、「官邸からの指示により、これとこの言葉は使わないように」という旨の内容の耳打ちをさせた経緯があり、この事実からすれば、清水社長が官邸側から、対外的に「炉心溶融」を認めることについては、慎重な対応をするようにとの要請を受けたと理解していたものと推認される。」 と指摘し、「炉心溶融」の公表が遅れた原因の一つは、当時の総理大臣官邸からの指示だった可能性を示唆した。 ところが、報告書の公表を受け、菅直人元総理や枝野幸男元官房長官ら当時の政権幹部はこれを否定。先月30日、民進党として東京電力や第三者委員会に対し、代理人弁護士を通じて謝罪と撤回を求める抗議文書を送付する事態に発展している。 そもそも、第三者委員会は、官邸側からの指示とされるメモの存在について報告書の中で「清水社長や同行者らから徹底したヒアリングを行ったが、官邸の誰から具体的にどのような指示ないし要請を受けたかを解明するには至らなかった」と説明しており、 菅元総理や枝野官房長官など、当時の政権幹部らへの聞き取りを行って指摘をしているわけではない。 一体、総理大臣官邸と東京電力との間に当時どのようなやり取りがされていたのか? 8bitNewsでは、核心を知るキーマンの一人に独占インタビューした。原発事故当時の内閣審議官で、総理や官房長官らの様子を総理大臣官邸で広報担当者として直接見聞きしてきた、下村健一氏を取材。「炉心溶融」が東京電力で禁句として扱われるようになっていった過程が見えてきた。 官邸からの圧力は本当にあったのか?元TBS報道キャスターというジャーナリストの観察眼で内幕を目撃していた下村氏の証言から、「炉心溶融」隠ぺいの舞台裏を明らかにする。   ■「不都合でも隠すな、不確かなら喋るな」共有された総理大臣官邸のスタンス 下村氏はインタビューの中でまず、総理大臣官邸からの東京電力への直接的な隠ぺい指示の可能性を否定。伝言ゲームと忖度(そんたく)による東京電力と総理大臣官邸、そして原子力・安全保安院との間に生じていった「ズレ」を証言した。 (堀) 当時の情報発表の方針について、総理大臣官邸ではどのような認識で行っていたのかまず教えてください。 (下村) 当然あの時は、誰であっても一番怖いのは「炉心溶融」だというような大雑把な認識がありますから「炉心溶融なんですか、これは?」というのは当然、記者会見でも一番の焦点の質問の一つ、ですよね。だから答え方として、「(我々だって)わかったら説明したいよ」というのが官邸の(本音の)スタンスでした。 当時、事故直後ぐらいから、菅さんと枝野さんが我々広報の人間に向かっても言っていたのは、この2つの原則でいくからなというものでした。それは「不都合でも隠すな。不確かなら喋るな」。とにかくこの2つで行くからな、と。 つまり、今まで続けてきた原子力安全神話からすると不都合なことであっても、今までの国策から矛盾してしまうからといっても、「言わないでおこう、とすることはしない」というのが一つ目の原則ですね。不都合でも隠すな。そして、2番目が「不確かなら喋るな」。これはもう我々メディア側にいた人間にとっても、それはそうだよねと思いましたから、なんでですかとは誰も言わない。そうだよなと。(大混乱の)今こそ、一番確証を得られた事だけを喋るべきだなと思ってましたから。 で、炉心溶融に関しては、2番目の原則の方に当たったわけですね。「本当にわかりません」という東電の説明に対して、じゃあしょうがない、わかったらちゃんと発表しましょう、今は「その可能性もある」という事だけを正直に発表しましょうと、そういう事です。   ■官邸が求めたのは情報の「共有」、しかし、東京電力は情報公開には「了解」が必要と判断 「不確かなことは喋るな」という原則は、東京電力と総理大臣官邸の間にも様々なズレを生じさせていったようだ。 […] (堀) 官邸は情報発表に関して、事前の了解を得るよう東京電力に求めましたか? (下村) (第一原発の爆発の写真が、官邸の知らないうちに公開されたことについて)官邸は、こんな大事な時に情報が共有されていないってことが不快だった、わけです。多分、清水社長側はそれを言われた時に「その写真を出したことが不快だ」と官邸が思っていると勘違いしたのではないでしょうか。そこから、「ズレ」が始まってるんですよ。 とにかく官邸は、「不都合でも隠すな」というのが第一方針でしたから。前もって状況を把握さえしていれば、「この写真は出さないで」とは絶対言わなかったはずなんですね。だから、そこでまず第一ボタンの掛け違いが起きてしまった、ということですね。 この後、清水社長が本店に戻ってから「今後の東電のプレス発表は事前に官邸の了解を得るように」という指示をしている。ここで「了解」という言葉が登場するわけですよね。これは相当大きな分水嶺というか、分かれ道になってしまったと思うんです。官邸としては、「事前に知らせろ」「共有しろ」ということだったのですが、「了解」という言葉に伝言ゲームで変わってしまった、瞬間的に。「了解」というのは「いいですよ」ということですよね。いいか悪いかを官邸が決める、ということですよね。そんなことは、官邸は求めてないわけですよ。 例えば官房長官の記者会見で、記者から「東京電力が今こう言う発表しましたけど」と聞かれ、「えっ、私それ知りません」と官房長官が言う状況は、(一般論として)まずいわけですよ。ああいう中で、ちゃんと全体をコントロールしなきゃいけない時に、知ってる情報が(各プレーヤー間で)ばらばらだったらいかんっていうのは、もうこれは当たり前の話ですよね。だからそこを揃えようね、ということまでが官邸側からの要望だったんだけども、それが「事前に了解を得ろ」という指示に変わってしまった。これによって東電側は、「官邸から了解得ろと言われたから」と社長から言われれば、当然そこから下の人は、「あ、そうなんだ、じゃあ官邸がいいと言ったことしか出したらいけないんだ」という風に思いますよね。そこでズレていったんだと思います。   ■枝野官房長官は知らなかった「炉心溶融」に言及した保安院会見担当者の交代劇 報告書は、官邸からの指示を示唆する事柄として、3月12日の保安院審議官の交代劇についても指摘をしている。 […] この交代劇に関しては、一般でも「炉心溶融について言及した結果、審議官が交代させられた」国からの圧力を象徴するシーンだとして論じられることが度々あった。報告書ではこうした交代劇を見た東京電力側が、「炉心溶融」という言葉の取り扱いについて了解が必要だと判断する一つの要因になった可能性を指摘している。 圧力はあったのか?下村氏は舞台裏をこう証言した。 (堀) … Continue reading

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福島原発事故 「炉心溶融、使うな」東電社長が指示 via 毎日新聞

東京電力福島第1原発事故で、核燃料が溶け落ちる「炉心溶融(メルトダウン)」の公表が遅れた問題で、東電の第三者検証委員会(委員長・田中康久弁護士)は16日、清水正孝社長(当時)が「炉心溶融」の言葉を使わないよう指示したとする報告書をまとめ、東電に提出した。指示は電話などで広く社内で共有していたと認定。首相官邸の関与については「炉心溶融に慎重な対応をするように要請を受けたと(清水氏が)理解していたと推定される」と指摘した。  報告書によると、清水氏は事故発生から3日後の2011年3月14日午後8時40分ごろ、記者会見していた武藤栄副社長(当時)に対し、社員を経由して「炉心溶融」などと記載された手書きのメモを渡し、「官邸からの指示により、これとこの言葉は使わないように」と耳打ちした。当時、炉心溶融したかが焦点となっており、会見でも繰り返し質問が出ていた。 […]  しかし、清水氏の記憶はあいまいで、第三者委は当時の官邸にいた政治家には聞き取りを実施しておらず、「官邸の誰から具体的にどんな指示、要請を受けたかを解明するに至らなかった」としている。  東電は事故発生後、「炉心溶融」を判定する基準がないとして、原子炉の状態を「炉心損傷」などと言い換えていた。しかし今年2月、炉心溶融について「損傷割合が5%超」と定義する社内マニュアルがあったと発表。これに従えば事故3日後には炉心溶融と判定ができたが、認めたのは2カ月以上後だった。  マニュアルの存在を5年間、見逃していたことについて、報告書は「秘匿する理由はない」とし、意図的な隠蔽(いんぺい)はないと結論付けた。[…] 全文は 福島原発事故 「炉心溶融、使うな」東電社長が指示 関連記事:菅元首相「私は指示せず」=東電事故報告書に反論 via 時事通信 ( 「当時首相であった私自身が東電や旧原子力安全・保安院に『メルトダウン』や『炉心溶融』という表現を使わないよう指示したことは一度もない」などと反論するコメントを発表した。)

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やっぱりメルトダウンだった…東電幹部が「隠蔽」認める via 日刊ゲンダイ

 ようやく幹部が「隠蔽」を認めた。東電福島第1原発事故を巡り、東電が当時、原子炉内の核燃料が溶け落ちる「炉心溶融」(メルトダウン)の事実を認め ず、「炉心損傷」と説明し続けていた問題で、姉川尚史原子力・立地本部長が30日の会見で「炉心溶融に決まっているのに『溶融』という言葉を使わないのは 隠蔽だと思う」と発言した。 この問題で、東電の原子力部門トップが見解を明らかにしたのは初めて。 姉川氏は、2011年3月の事故直後に東電が1号機で確認した炉心損傷割合の数値を示し、「55%や70%炉心損傷した状態で注水できていない状況を考えれば、常識的な技術者は『そう(メルトダウン)です』」とも言い、「マニュアルがなくても分かる」と話した。 続きはやっぱりメルトダウンだった…東電幹部が「隠蔽」認める

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