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「黒い水」飲む羊、ここはウランのぼた山 秘密都市の今 via 朝日新聞

 「私書箱200号」という暗号で呼ばれた旧ソ連の秘密都市があった。中央アジア・キルギスにあるマイリ・スウ。2万人ほどが住む谷沿いの町では、第2次世界大戦の終戦翌年の1946年からウランを採掘、精錬した。 45年8月に広島、長崎に米軍が原爆を投下すると、危機感を抱いたソ連は原爆開発を本格化、49年に最初の核実験に成功した。 東西冷戦が本格化し、軍拡競争が続く中、核の超大国だったソ連は崩壊直後の92年にかけて、「5万5千発」もの核弾頭をつくった。可能にしたのは、各地の施設を結ぶ広大な核兵器製造ネットワークだった。旧ソ連が15の国に分裂した今、核保有国の地位を継承したロシア以外の国々には、核に関連する施設が放射能汚染とともに残る。 その一つがマイリ・スウだ。冷戦終結から30年。10月下旬、町を訪ねた。 夜明け前、ウズベク系の男性が柵の扉を開くと、150頭ほどの羊が飛び出し、河原で水をのみ始めた。川の名前も同じマイリ・スウ。「黒い水」という意味だというが、周囲には原油がしみ出す場所もある。この川のそばには、かつてウランの精錬所だった廃虚が残る。川の水は飲用には適さず、地元住民は数キロ先の水源に頼る。 家畜の羊を追う男性について草に覆われた斜面を上っていくと、放射能マークのついた標識が現れた。一帯はウラン鉱石の破片やウランを取り出した後の残渣(ざんさ)(残りかす)を埋めた「ぼた山」。土をかぶせているが放射線量が高い所が点在する。 山々と一体化したぼた山は大規模なものだけで23カ所、総量は200万立方メートル超、東京ドームの1・6倍を超える。含まれる放射性物質の量は1100兆ベクレルに及ぶと、国連欧州経済委員会はかつて報告書で指摘した。2006年、環境汚染問題に取り組む米NGOブラックスミス研究所(現ピュア・アース)は、「世界で最も汚染されている場所トップ10」として紹介した。 (略) ぼた山を一緒に歩いたドイツの技術者ユルゲン・ハルシュ博士は「水を大量に含むウラン残渣もある。地震などで液状化したら危険だ」と語った。 中央アジアは地殻変動が活発で巨大地震の可能性もある。これまで世界銀行や欧州連合(EU)などが細々と支援してきた。欧州復興開発銀行(EBRD)は、今後の対策に3千万ユーロ(約36億円)が必要と計算する。 68年ごろに採掘が中止されるまで、多くの鉱夫がウラン鉱石を1万トン、手作業で掘り出した。 「彼らはみんな若くして死んだよ。50とか55とかさ」。クルマナリと名乗る50代の男はそういった。 なぜ若くして死んだのか。 「ウラン鉱山の鉱夫だったおやじは言ってたよ。坑道から戻ると、切り子ガラスのコップの前に列ができている。コップに注がれたウォッカを飲み干してから、シャワーを浴びる手はずだが、キルギスでは(ムスリムで)酒を飲まない人も多いので、ウォッカは捨てられちゃう。そして、多くが早死にする」 ウオッカやウイスキー、赤ワインなどアルコール飲料が放射線障害に効く、という旧ソ連の迷信は、原爆投下直後の広島と長崎に入り、生き残った旧ソ連のスパイの体験に端を発するといわれる。この鉱山だけでなく、86年のチェルノブイリ原発事故後も、現場周辺ではウォッカが大量に飲まれた。アルコール飲料を飲むかどうかが生死を分ける。そんな迷信がここでも生きていた。 EUの援助でなされた06年のベルギーの研究機関の調査では、マイリ・スウの鉱山跡近くの住民の外部被曝(ひばく)線量は年間3ミリシーベルト程度、食べ物などからの被曝を合わせると年間22~39ミリシーベルトとされた。参考までに、日本人の平均被曝線量は東日本大震災前の調査をもとに年間5・98ミリシーベルトとする推定もある。 鉱山付近では、がんの発生率が健康な人の2倍とする疫学調査の結果もある。だが、それが放射性物質に起因するかどうかははっきりしていない。 (略) アイダルと出会った近くの建物には、巨大な壁画が残されている。 「H2O(水)」と「C6H6(ベンゼン)」、核や原子力を表すかのようなシンボルとともに、男女が化学実験を行っているような図柄だ。専門家によると、ベンゼンは鉱石からウランを抽出するための溶媒の象徴と考えられる。  アイダルのようなウランの谷に残された人々は、精錬所や坑道跡のそばで羊や馬を飼う。家畜はやがて食卓にのぼる。そこには、知られざる核の遺産とともに生きる日常がある。(キルギス西部マイリ・スウ=松尾一郎) 全文は「黒い水」飲む羊、ここはウランのぼた山 秘密都市の今

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世界のヒバクシャ via ヒロシマ平和センター

「世界のヒバクシャ」は、広島・長崎以後も世界中で続く放射線被害の実態について、当時のソ連や米国など15カ国、21地域を訪れて取材した連載です。まず「アメリカ」編から掲載、順次アップしていきます。 ウェブ版掲載にあたって ウェブ版『世界のヒバクシャ』は、1989年5月から翌年5月まで1年間、中国新聞に掲載された134回にわたる記事や特集記事を基に、1992 年に講談社インターナショナルから出版された英語版Exposure: Victims of Radiation Speak Out に準じて構成されたものである。 中国新聞に掲載されてからすでに20年以上がたつ。しかし、その内容は時代遅れとなるどころか、2011年3月に起きた東京電力福島第1原発の炉心溶融事故以降、より一層重要さを増している。著書ではほとんど使われなかった写真も新聞掲載時と同じように多数使用した。 プライバシー保護のために、記事では仮名を使ったケースもある。文中の年齢、為替レート、放射線の単位(例えばレムとシーベルト:1シーベルト=100レム)、ソ連などの国名とセミパラチンスクなどの都市名は、取材当時のままとした。 序文:ロバート・リフトン はじめに:尾形幸雄 第1章: アメリカ 第1部: 秘密の平原ハンフォード 第2部: スリーマイル島事故―10年の軌跡 第3部: ウラン採掘の村 第2章: ソ連 第1部: ソ連最大のセミパラチンスク核実験場 第2部: チェルノブイリ事故から3年 広がる後遺症 第3部: 国境超えた原発汚染―スウェーデン 第3章: 太平洋諸島・オセアニア 第1部: マーシャル諸島の「核」難民 第2部: 第5福竜丸の被災者たち 第3部: 汚れた楽園―仏領ポリネシア 第4部: … Continue reading

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ウラン採掘の段階から、世界の先住民族は核被害を受け続けている via 中村隆市ブログ 「風の便り」

原発とウラン、豪先住民女性の訴え(動画)(9月25日、TBS系テレビ放送)原発の燃料として日本にも輸出されているオーストラリアのウランをめぐり、先住民=アボリジニの女性が国連事務総長に手紙を送りました。そこには、先祖からの土地で採掘されるウランと、震災後の日本への思いが綴られていました。 世界で2,050回以上行われた核実験は、全て先住民族の土地で行われてきました。いろいろな被害を先住民に押し付けてきたと言えます。広島・長崎を起点とすれば、65年間、核の被害を先住民族に押しつけ、核を持つ国が豊かになり、今や私たちは、原子力発電を地球温暖化に対する切り札として推し進めようとしています。それら全ては、先住民族の住む土地のウラン鉱石を掘り出すところから始まって、それを使う事で回っています。つまり、先住民に被害を与え続けている、私たちは今や加害者の側に立っていると言うことです。 続きは ウラン採掘の段階から、世界の先住民族は核被害を受け続けている

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