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『はだしのゲン』こそ“原爆を擬似的に体験できる装置”! 忘れないために書き留めらた真実とは via おたぽる

(抜粋)

平和主義者の父親が近所から疎まれる様子や、食べるものがなくひもじい様子が丁寧に描かれている。そんなゲン一家に、どっぷり感情移入した頃に、原爆は投下されるのだ。父、姉、弟は家の下敷きになり、生きたまま焼かれていく。

「ギギギ あ…あんちゃん…」

と叫びながら死んでいく弟の姿は、壮絶だ。

原爆が落ちた後のエピソードは、作者が実際に見聞きしたものが多いからだろう、マンガのスタイルが、フィクションマンガのスタイルより、実録マンガに似ているな〜と思った。

わかりやすく言うと、「週刊少年ジャンプ」よりは「漫画実話ナックルズ」に掲載されてそうな描き方なのだ。

ひとつひとつのエピソードが、とてもリアルである。ただし、そのエピソードが必ずしもストーリーにからんでいるワケではない。単発のエピソードの集合になっている部分も多い。

手の皮が剥けて垂れ下がり、お化けのような姿になって歩く人。無数のガラスが突き刺さり泣き叫ぶ親子。元気だったのに急に血便を出して死んでいく兵隊さん。川の中で腐って膨れて異臭を放つ大量の死体。爆風で数メートルも飛ばされた電車と、中で死んでいる死体。死体にたかる大量のウジ虫。そして湧いた大量のハエの群れ。

実際に見た人間が描く原爆投下後の広島の現実は強烈で、それゆえひとコマひとコマの描写が胸に突き刺さる。30年以上経った今でも、このインパクトはハッキリと覚えていた。

(略)

店内に入ると、齢80歳以上のお婆さんと、昔ながらの常連さんがいらっしゃった。お婆さんにゆっくりお話を伺った。

原爆で吹き飛ばされた街には、すぐに人が集まってきて数日でドヤ街ができたそうだ。とにかく人手はいくらでも必要で、活気もあったという。原爆症もあったし、苦しんでいる人も多かったが、生きていくにはそれどころじゃなかった。とにかくドヤ街には、全国から人が集まってきたので、喧嘩も絶えなかった。

「とにかく関東の人が怖かった。荒っぽくてね。刃傷事件を起こすのはいつもあっちの人だったね」

と、広島ヤクザが大暴れする『仁義なき戦い』なんかとはちょっとイメージが違う話も耳にした。

食料がない時代だったため、食堂で出す食材はアメリカ軍のゴミ箱から拾ってくることが多かったという。豚の頭などを、となりの韓国人のドヤの主から調理法を聞いて料理していたという。

実際にその目で見て、その耳で聞いた人が語るエピソードはとても力強い。どんな些細なことでも、匂い立つようなリアリティがあり、聞いていてとてもドキドキした。しかし、その感動とは裏腹に、広島にドンという名のドヤがあったことも、そこに人が生きていたことも、もうほとんど忘れられていることに焦燥感を感じた。

原爆が落ちた痛みも、きっとそのうち忘れてしまうだろう。それは寂しいけれど、生きている社会ならば仕方がないことではある。

しかし書き留めることで、忘却に歯止めをかけることはできる。

『はだしのゲン』を読めば、誰でも広島に何が起こったのかを追体験することができる。大勢が住む街のど真ん中に、核兵器が落とされるとどうなるのかが、嫌でもわかる。

“原爆を擬似的に体験できる装置”

それがはだしのゲンという作品の本質だと思う。

作中には、作者の願い、祈り、呪いが目一杯こめられている。ここまで強烈な思いが詰まった作品はめったにない。少々考え方が違ったりしても、読まなければもったいないよな〜と思う。

全文は『はだしのゲン』こそ“原爆を擬似的に体験できる装置”! 忘れないために書き留めらた真実とは

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