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 アーサー・ビナード 新幹線と村正の刀 via 雑誌「うえの」

 新幹線と村正の刀

今年[2011年]の八月、ちょうどお盆の時期にラジオの仕事で青森へ行くことになった。

 ぞろぞろ流れてくる乗客の顔、顔、顔を眺めながら、青森からきたのか八戸からなのか、それとも盛岡か仙台からかしらと、とりとめもなく当て推量していた。すると、おそらく一号車のほうから、いちばん最後に降りただろうという四人家族が現れた。若い夫婦と息子二人で、上の子は小学二年くらいと見え、下の子は幼稚園の年長組か。母親、長男、次男、父親の順番で列をなして、先頭の母親の疲れの様子から推し量ると、長時間の乗車だったらしく、始発の新青森から乗ったのか……。
 お兄ちゃんはおとなしく、母親のあとにつづいて歩いているが、弟のほうは新幹線に興味がありすぎて、それが体中からにじみ出ている。白い車体をじろじろ見て、新幹線のすぐそばにいる自分にびっくりして、どうしても触らずにはいられず、左手を伸ばして新幹線の横っ腹をなでながら歩いているのだ。そしてぼくの少し手前まできたとき、母親はいきなり振り返り、次男をきっとにらみ「手!しない!」としかった。
 そんな日本語が成立するのかと、ぼくはひどく感心した。けれど、いわれた坊やはぱっと左手を引っ込め、神妙な表情に変わった。その拍子に、掌が一瞬こっちに向けられて、まっ黒に汚れていた。さらに、かわいい顔をよく見れば、すでに鼻先や口のまわりにも、黒いのがついているではないか。ま、子どもという生き物はいつも全身で、興味の対象に触れながら知っていく。子どもの「新幹線体験」には、座席の匂いをかいでみることも、床にあれこれ落として這い回ることも、車体をなでることもその手をなめたりすることも含まれ、そんな作業を経て「新幹線」を覚えるわけだ。

続きは 新幹線と村正の刀

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