被災地(のごく一部)を見てみた via おきく’s第3波フェミニズム

宮城県南三陸町、気仙沼、石巻の被災地を車で簡単に廻った。夏にも廻ったのと同じポイントなので少しは変わっているだろうと思ったが、ほとんど変化がなく驚いた。津波で建物がすっぽりなくなった地区、家の骨組みは残っているものの、サッシや戸、壁の部分はすっかりなくなった家々。ぐしゃぐしゃになった自動車の山。山間の一角に乗り上げている舟。海底の隆起によりなくなった海水浴場や、満々と水をたたえる河川。
 唯一大きく変わっていたのは、石巻の海岸に面した大きな工場を操業している日本製紙。夏には工場の建物も津波による被災のあとそのままだったが、今回は改築してきれいになり、大きな数本の煙突からは煙が出ていた。ものの本によれば、日本製紙は被災のため工場を閉鎖してしまうのではないかと住民は恐れていたが再開したため安堵した、という。
 あるひとによれば、被災者たちは義援金等小金が入ったが、それではどうにもならずやりきれなくてパチンコや酒に使っているひとも多いという。地域の飲屋街はにぎわっているという。
 そういうなかで操業再開した大工場。もともと大きな産業のない港町。被災の打撃によってさらに大企業依存が深まらないといいのだが。

続きは 被災地(のごく一部)を見てみた

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