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村西とおるの反原発活動観 山本太郎に「反モチ運動」を提案 via Newsポストセブン

伝説のAV王・村西とおる監督に聞く混迷の時代をサバイバルする生き方。第二回目は「福島第一原発の事故から考える」です。(取材・構成=ノンフィクションライター神田憲行)
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私は福島県いわき市出身なので、福島第一原発があるあたりのことはよく知っているんです。高校生のころは映画『フラガール』で有名な常磐ハワイアンセンターの建設現場でアルバイトをしていました。今も姉が被災したのでこちらで一緒に生活しています。
原発がなさけないことになってしまいましたが、あのあたりはもともと出稼ぎの町だったのです。海では魚は獲れず、土地も肥えていないからなにを作っても旨くない。それでみんな汽車で七時間かけて東京に出稼ぎにいったものです。上野の駅に降りたときにはススで体中が真っ黒になりながらね。
出稼ぎ先の事故でお父さんが死んで電報が来ても、カネがないから遺体を引き取りにいけない。労災なんてない時代でしたから、死んだら終わりですよ。遺骨だけ送られてくるだけ。非常に哀しい町でした。

続きは 村西とおるの反原発活動観 山本太郎に「反モチ運動」を提案

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One Response

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  1. yukimiyamotodepaul says

    原発に関しては、原発前の貧困と比べて原発のお陰で豊かになった、ので、原発を責められない、という説を良く聞きます。上記のような「貧困か原発か」といった二者択一的解決策には陥らないようにしないと、と思いつつ、反原発運動は、地元の経済的困窮の解消とセットで(あるいは視野にいれて)推進されるべきだと改めて痛感。



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