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脱原発訴え23年、「北信濃ネットワーク」解散 via 信濃毎日新聞

一人の主婦の立場で脱原発を訴え続けた須坂市の故・坂田静子さん(1923~98年)が中心となって始め、県内で活動してきた市民団体「脱原発北信濃ネッ トワーク」(事務局・千曲市)が9月末で解散した。市民が抱く素朴な疑問を基に学び調べ、原発の危険性を会報などで全国に発信してきたが、会員やその家族 が高齢となり継続を断念。ただ3月の福島第1原発事故で原子力政策の行方に市民の関心が高まっており、今後は新たな草の根の活動を支えるつもりだ。

坂田さんは1977(昭和52)年、英国在住の長女からフランスの使用済み核燃料処理施設の放射能汚染を心配する手紙が届いたのを機に、原発に関心を 持った。長女の子どもが死産しており、関連を懸念。原発について1人で勉強を始め、ガリ版刷りで、危険性を訴える新聞「聞いてください」の発行を始めた。

続きは脱原発訴え23年、「北信濃ネットワーク」解散

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One Response

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  1. yukimiyamotodepaul says

    今こそ、活動の重要性が広く理解されてきたのかと思っていたら。。。とても残念。



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