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『ミドルタウン 米原発事故経験者は:世界の街から』 via 東京新聞

 赤茶けた小さな新聞の切り抜きの束は、すべて地元紙に載った乳幼児の死亡記事だった。米東部ペンシルベニア州ミドルタウンで、スリーマイル島原発事故が起きた一九七九年から八三年まで計百五十枚。多いか少ないかは判断しかねるが、原発近くに住み、当時世界最悪といわれた事故を経験したヘレン・ホッカーさん(84)にとっては無視できない数だ。

 その後も近所の親類や知人が次々に甲状腺がんなどで亡くなり、八六年には当時四十歳だった最愛の長女を胸腺がんで失った。

 「とても尋常とは思えない」と、州都ハリスバーグや首都ワシントンでたびたび危険を訴えた。行政側の対応はなしのつぶてだったが、原子力規制委員会(NRC)のあるメンバーがホッカーさんの同僚に「運動を絶対にやめるな。事故はまた起こるから」と、ささやいたのが忘れられない。

 その通り八六年にはチェルノブイリ事故が起き、今は福島第一原発の悲惨な事故の映像が毎日テレビから流れてくる。だが、のどかな街で福島とスリーマイル島の悪夢を重ね合わせる人は少ない。

 「近所には、いまでも私たちが訴えることを信じようとしない人がいる。特に若い人たちはね」とヘレンさん。
 事故を経験していないからだろうが、経験してからでは遅い。 (岩田仲弘)

『ミドルタウン 米原発事故経験者は:世界の街から』

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